33話 ジーン
「いい加減におし!」
訓練場に怒号が響き渡った。
俺を押しとどめた声の主は、背が高くて恰幅が良い女性。声も遠くまで響き渡り、そのひとにピッタリの声だった。
その人はツカツカと男に歩み寄る。
「アンタ!黙って聞いてりゃなんだい!自分の欲望丸出しで、エリスがかわいそうだと思わないのかい!?」
そのあまりの剣幕に男が怯む。
「いや、俺は……シャサイの言った事が本当なら、みんな殺されちまうから……」
「だからって、アンタにエリスを辱める権利なんてどこにもないよ!エリスは村を守ろうとアイツに立ち向かった。なのに、アンタたちは何だい!?大の男が揃いも揃って、何もできずに遠巻きにただ眺めてるだけだったじゃないか!情けないね、それでもミサーク村の男なのかい!?ネノ鉱山で培った鉱夫の矜持はどこにいったんだい!?」
その声にいたたまれなくなったのか男達が顔を伏せる(ようやっと記憶が見つかった。あの人はジーンさんと言うんだ)
「し、しかしだな、あいつが言ってたろ!領主の娘なら刻印があるって!それがあるかないか、証明できればエリスの言う事だって信用できるじゃないか!」
こいつまだ言うか。どんだけ性根が腐ってるんだ。
「ふぅん、だからアンタはエリスの身体を確かめたいってわけかい?」
「そ、そうだ!決してやましい気持ちからじゃないぞ!俺はエリスの為に……!」
「そうかい。なら刻印は私が確認する。アンタたちのような男共には指一本だってふれさせないよ!」
そう言うとエリスさんの前に立つ。その顔は男に詰め寄った時と同じ人かと疑う程、穏やかだ。
「エリス、ごめんよ。あの男がうるさくてね。答えてくれるかい?」
「ええ、もちろんよジーン」
エリスさんが笑顔で応じる。
「アンタの身体には刻印はないんだね?」
「ないわ。確かめてくれてもいいわよ」
そう答えたエリスさんの顔を見つめるジーンさん。
「こ、言葉だけで信用できるか!実際に確かめないことには認めんぞ!」
まだ喚く男をキッ睨みつけるジーンさん、どうやらどうしても実際に確認しないと納得できないらしい。
「ジーン、エリス、もし確認したいなら私の家を使って。それなら誰にものぞかれないでしょ?」
別の女の人が名乗り出る。そして、ジーンさんとエリスさんは頷きあった。
「分かった。みんな!私が村を代表して確かめるよ。それでいいね!?」
有無を言わせぬ、を言った感じで村人を一瞥すると二人は近くの家に入って行った。
それから少しの間を置き……、
「エリスには刻印はないよ!このジーンが証人だ!」
二人が戻ってきたあと、ジーンさんが高らかに宣言した。
「な、何だよ!?アンタ一人が確認しても……」
男が言いかけた時だった
「私は信じるわ!」「私もよ!」「エリスに刻印なんてないわ!」
声を上げたのは村の女性達。みんな、エリスさんを守ろうとしてくれてるんだ。
その行動に思わず拍手してしまった。
すると、それが呼び水になったのか村の女性たちが拍手をしだし、バツが悪くなった男たちも追随するように拍手しだした。
「ありがとう、ジーン」
エリスさんがジーンさんの手を取り、お礼を言う。
「本当にこのアホ共は……ごめんよ、エリス。許してやっておくれ、アイツは後でキッチリ絞めておくからさ。グラント!アンタもきちんと男共をまとめといておくれよ!でも、もし次にこんな事があったら、今度は承知しないからね!」
そう言ってグラントさんの背中をバシッと叩くジーンさん。
「すまない……俺の不徳の致すところだ。アゼルさんにも合わせる顔がない」
気落ちしているように見えるグラントさんに
「そんな事ないわ!グラントは村の為に良くやってくれているわよ!」
と、慌ててとりなすエリスさん。俺も続けて
「グラントさん程、村の為に働いてくれて、村を守ろうとしてくれる、気概のある男の人はそうそういないですよ!男の中の男だと思います。いや~、奥さんが羨ましい!!」
「そうかい……?照れるねぇ」
急にジーンさんは赤くなって、照れだした。
物おじしない気風の良いこの女性は、グラントさんの奥さんだったことを、俺はついさっき思い出したのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それにしても、エリス。ひどい顔になっちまったね。痛々しくて見てられないよ。早く冷やさないといけないね」
ジーンさんはエリスさんを気遣うように言う。
「あ、俺、ポーションを持っています!」
マジックバッグからポーションを取りだす。
「丁度いいじゃないかトーマ。さ、早くエリスに使っておあげ」
「でも、私だけポーションを使うわけには……他の人も怪我をしているし」
躊躇するエリスさんにジーンさんが笑いかける。
「ほらほら、そんな事気にすることはないよ。みんな動けないほどの怪我じゃないんだ。そうだろう?グラント」
「ああ、怪我人たちには、村の備蓄の傷薬を配るさ。ポーションはエリス、君が飲むといい」
グラントさんとジーンさんに促され、エリスさんは、俺が渡したポーションを、ありがとうと言って受ける。ポーションを使用すると、あっという間に傷は治った。
「うんうん、これで元通り。綺麗な顔になったね」
笑顔で頷くジーンさん。
「ジーン、みんな、本当にありがとう……」
「なに、お礼を言われるようなことはしていないさ。私はね、あんたが領主の娘だろうがどうかなんてどうでもいいんだよ。今まであんたはこの村の為に尽くしてしてくれた。そのことを本当に感謝しているんだよ。五年前のブラックビーの襲撃の時は、旦那まで失わせてしまった。今回の事もそう。一人で立ち向かったあんたにあんな事を言う人間もいるし……私は村の人間として、申し訳ない気持ちで一杯なんだよ」
「ううん、私もあの人も冒険者として、やれることをやっただけだから」
気丈にもそんな風に言うエリスさんの手をとって、ジーンさんはきっぱりと言った。
「村の事も大事だけど、私はね、あんたにも幸せになってほしいんだよ。こんな私たちの為に、いつも命をかけて戦ってくれる……シャサイはあんたが行かなければ、この村を滅ぼすって言ったね、それが何だって言うんだい。滅ぼされなくてもアイツのような奴に、また支配されるなんてまっぴらだよ!それなら戦って死んだ方がマシさね!それがミサーク村の意地ってもんさ!」
ジーンさんの言葉にグラントさんも同意する。
「そうだな。やっと、村を取り戻せたんだ。ミサーク村は我々の村だ。あいつらの好きにさせるわけにはいかない。エリス一人に責は負わせん。そうだろう、みんな!山賊団なんかに二度とこの村を支配されないよう我々の団結力を見せつけてやろうじゃないか!!」
「おおー!!」
グラントさんが気炎を上げるとみんなが大声で呼応した。
「さて、とりあえず今夜、ここに来ていない村人にも今日の出来事を周知しなくちゃいけないね、各家への連絡は私がしておくよ。いいかい?グラント」
「ああ、ただ、10日という期限がある上、それを信用していいかも分からない。仮に本当だとしても村人にも命がけの戦いを覚悟をしてもらわなくてはならない。できれば街から応援を呼びたいが町へ通じる山道はシャサイの手下が見張っていてそれをかいくぐるのは難しい。ミサーク大森林を通るのは危険が大きい。ということは我々だけで乗り越えねばならない。みんな不安だろうし混乱するかもしれん。しかし、いつかは戦う日がくると分かっていたからな」
10日の中で俺たちは何ができるだろう?しかしもう後戻りはできない。やるしかないんだ。そう自分に言い聞かせ、俺も戦いの決意を固めたのだった。
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