32話 演技
俺はなんて事を言ってしまったんだ。俺には前世、反面教師の上司や先輩がいたのに、あいつらと同じように自分の怒りを弱いものにぶつけようとした。大馬鹿野郎だ!
「リン!俺を殴ってくれ!俺は自分が情けない!」
リンがあわてて首を振る。
『ソンナ事、デキナイヨ!リンハモウ大丈夫ダカラ!』
その言った時だった。
「ハハハ!従魔にマスターは殴れんだろ?リン、俺が代わりにお見舞いしてやろうか?何、手加減するから大丈夫だ」
笑いながらシャドーボクシングのような仕草をするグラントさんにそう言われた。俺は慌てて後ろに飛びすさる。
『ミナトハリンガ守ルノ!ミナトヲ殴ッタラダメ!リンハモウ許シテルカラ!』
雰囲気を察したリンが俺にしがみついたまま、いやいやするように首を振る。慌ててリンの言葉をグラントさんとエリスさんに伝えた。
「少しお前の根性を叩き直してやろうと思ったんだが、まあ、リンがそう言うならいいか!」
「ふふ、二人とも仲良くね!」
二人の言葉に、リンと俺はコクリと頷く。
そうだよ。人間ばかりのこの村でリンが頼れるのは俺なのに、その俺がリンを守らなくてどうするんだ。俺がしっかりしないとな。
周りを見ると、オスカーとグラントさんをはじめ致命傷を負った人はいないようだ。ただ命に別状はないが、腫れ上がった傷は痛々しい。見るとシャサイに倒された人たちも村人たちに助けられ、手当てを受けている。
「……奴はわざと手加減したようだな。今日は挨拶にきたと言っていたし、自分の実力を見せるだけに留めたのだろう。それにしても……」
と、グラントさんはエリスさんの顔を見て、ニッと笑って言った。
「ひでぇ顔になったな。風魔法に頼りすぎて、いざ風魔法を封じられると何もできんとは、元冒険者とは思えんぜ?」
「な、なんて事を言うんですかグラントさ……」
俺がグラントさんに反論しかけると靴に何かが当たった。エリスさんが自分の靴を当てたのだ。
「そう見えた?ならあの演技は成功ね!」
エリスさんが笑顔で言う。
え、演技って……?
「風魔法を連発して、動揺したように装っただけ。これでシャサイの目には無力な女に映ったでしょう?作戦通りね!」
え?あれって演技……だったの?シャサイの実力を測ったため?だったらかなり危ない橋だったんじゃないか?
「シャサイの実力は分かったわ。風魔法は攻撃だけにあらず!よ。風殺の腕輪を着けているからって風魔法を舐めているのね。まだまだ風魔法は奥深いの。シャサイはそれを知らない……」
「何か、裏があるような事を言っていたな。その腕輪の事といい、バックには黒幕がいるようだ。で、どうするんだ?」
「あら、行くわよ。せっかくご招待いただけたんですもの」
「しかし、ヤツは一人で来い、と言っていたぞ。大丈夫か?」
「当り前じゃない。暴風のエリスの二つ名は伊達じゃないのよ!あれぐらいの相手なら、山賊団ごとまとめて相手をしてやるわ。シャサイの話しぶりからすると約束の日には黒幕も来るかもしれない。どうせならまとめて潰したほうが効率的でしょ?」
「……やっぱり、恐ろしい女だな」
「それは褒めているのかしら?」
「無論だ、と言わないと酷い目に合いそうだからな」
「そういうこと」
二人で声を上げて笑う。
「さて、そういう事だ、みんな」
グラントさんが村人の方に向き直る。
いつの間にか周りに人が集まっていた。それはそうか、あんな状況の後でエリスさんとグラントさんが談笑しているんだ。何事かと思ったんだろう。
「先程、やってきたシャサイと言う男は、俺やエリスの実力はこんなものか、とさぞいい気分で帰って行っただろう。だが、あれは演技だ。シャサイも山賊もどうと言う事はない。そして思惑通り山賊達のバックにいる黒幕も引っ張り出せた。これを倒せば、俺達が夢見てきた真の平和が村に訪れるんだ」
それを聞いて村人たちはざわめきだす。心配する声、疑問を口に出したり、期待する声もあがる。そして村人の一人がエリスさんに話しかけた。
「エリスさんは、今日来た男に本当に勝てるんですか?奴は逆らうと村を滅ぼすって言ってましたよね?もし勝てなかったらこの村は……」
その村人の疑問に、エリスさんはにっこりと微笑んだ。
「そうね、じゃあちょっと見ててね」
そう言うと、エリスの周りにだけ強い風が吹き始めた。砂埃が舞い上がり、村人達は思わず腕で顔を覆う。
「これは私を守る風。これで私には武器も魔法も届かない。そして……」
次の瞬間、そこに居たはずのエリスの姿はかき消えていた。後に残ったのは砂埃だけ。
「いないぞ!?」「いったいどこに?」「まさか移動魔法?」
口々に喋る村人たち、と
「こっちよ!」
後ろの方で声がした。みんなが一斉に振り向くと、そこにはエリスが立っていた。
「私の風魔法は人の目を攪乱したり、自分の素早さを向上させ、瞬時に攻撃をする事もできるの。ここでは披露できないけど、秘密の風魔法もあるのよ」
村人からは感嘆のため息が漏れる。
すごいな!風魔法ってあんなこともできるのか!なるほど、相手に魔法をかけるんじゃなくて、自分を強化するのであれば魔法が効かなくても関係ないもんな!
しかし、他の村人がまた違う質問をぶつける
「さっきの男はエリスの事を領主の娘だと言っていたけど、本当なのかい?それともただのエリスなのかい?」
「全くのでたらめよ。私はただのエリス。元冒険者で、アゼルの妻で、オスカーとトーマの母。それだけよ」
すると、別の男が進み出てきた。こう言ったらなんだけど、何だか陰湿そうな雰囲気の男だ。
「ちょっといいか?聞きたいことがある」
「何かしら?」
「エリス、あんたは領主の娘じゃない。ただのエリスだって言ったよな?」
「ええ、その通りよ」
「でもヴィランはあんたに刻印とやらがあるって言ってたんだよな?それはどうなんだ?だから、シャサイはあんた一人でネノ鉱山まで来いと言ったんだよな。もし、ヴィランの言うことが正しいならあんたの身体には刻印があるんだろう?」
「そうね。でも私の身体に刻印はないわ」
「おい、エリスの言っていることが、信じられないっていうのか!?」
グラントさんが声を荒げる。しかし、男は構わず続ける。
「そういう事じゃねえよ!ただこのままだとエリスが領主の娘なのか、別人なのか分からねぇって言ってるんだ。俺以外にもそう思っているやつがいると思うぜ」
男が周りを見回しながら言う。
「それなら、どうすれば信じてもらえるのかしら?」
エリスの言葉に、男はやや目をそらしながら
「あ、あんたが本当の事を言っているかどうか確かめるのは簡単さ。要は体に刻印がないか調べればいいって事よ。そうすれば誰もがエリスの言っている事を信じるハズさ!」
「つまり、私の身体に刻印があるか確かめたい、と言うわけね?」
「俺は本当だと信じているぜ!でもきちんと証明してくれないと……なあ?みんな」
男は周りに同意を求めるが、男たちはみんな目をそらしている。しかし、反対の声は上がらない。
ば、ばっかじゃねーの!こいつら弱みに付け込んでエリスさんを辱しめるつもりか!
頭に来た俺は、思わずその男につかみかかろうとした。するとどこからか伸びてきた太い腕に肩をガッとつかまれた。
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