31話 シャサイ②

「初代領主ハロルド・バーグマンの娘、エリス・バーグマン。それがアンタの本当の名前だろぉ?」 

 

 は?ちょっと待て、エリスさんが領主の娘!?そんなの初耳だぞ!?


 そうだ、トーマの記憶!記憶にあるかも!?


 ……ダメだ、思い出せない。と言う事は、トーマも知らないって事なのか……!?


 エリスさんは黙ったまま何も答えない。


「この腕輪は魔物の爆発的発生モンスターインパクトの発生源であるダンジョンから手に入れた貴重なお宝らしいな?アンタの親父おやじは死ぬ前にこう言ったらしぜ?「風殺の腕輪は決して持ち出してはならない。それがエリスの為だ」ってな。くーっ、泣かせるじゃねぇか。娘の事を最後の最後まで心配していたそうだぜ!」


 わざとらしく涙をぬぐうフリをするシャサイ。それを見たエリスさんが、首を振りながら否定する。


「……随分とバーグマン家の内情に詳しいようだけど、おあいにく様。私はたまたまエリス様と名前が一緒だっただけ。バーグマン家とは縁もゆかりもないわ」


「そうかい?ヴィランが言っていたぜ?生前、ハロルドの体には目の形をした刻印があったと。それは二人の子供にも伝わっている。その刻印を持つものは間違いなくバーグマン家の血を引く人間。そして、その刻印はアンタにもあったってな」


 エリスさんの父は魔物の爆発的発生モンスターインパクトを止めたと言っていた。それがバーグマン領初代領主のハロルド=バーグマンで、その娘がエリス=バーグマンと言う事か……。確かにシャサイの話はエリスさんが俺に語った内容と一致する。やっぱりエリスさんは領主の娘?なら何でこの村に?


 いや、それよりヴィランの奴、まさかエリスさんの刻印を見たのか!?体のどこにあったんだその刻印は!?


 ……周りがざわざわしてきた。ふと辺りを見回すと、騒ぎを聞きつけた村人たちが集まってきている。村人たちはエリスやグラントが負傷している様子を見て明らかに動揺していた。


「さてここからが本題だ。俺が欲しいのは、お前に流れるバーグマン家の血だ。お前の父親が施したネノ鉱山の封印を解くにはさぁ、エリス、お前の血が必要なんだってよぉ!」


 シャサイは村人にも聞こえる程の大きな声で話す。


「……封印を解くですって!?それがどういう事か、あなたにはその意味が分かっているの!?」


「さぁな、俺にはとんと分からねぇ。教えてくれよ、ここにいる全員が分かるようにでかい声でなぁ!」 


「……!」


 ニヤニヤ笑う奴を睨めつけるがエリスさんは答えない。


「くくくっ、まぁ今回は、挨拶に来ただけだからな。このくらいにしといてやるぜ。エリス、アンタに言っとくぜ。10日後の日暮れまでにネノ鉱山に一人で来い。もし来なかった場合、この村の奴らを一人残らず殺す。分かったな?」


 なんだって!?と村人たちがざわざわと騒ぎ出す。だが、シャサイが一瞥すると、口をつぐみ、シンと静まり返った。


「あー、お前らにも言っておく。逃げ出すことは出来ねぇぜ。山道に手下を配置してっから逃げるのは不可能だ。誰か一人でも逃げようとすればその時点で村の連中は全員殺す。抵抗したいならしてもいいぜ?俺に勝てると思うならな。ただその時点でここに居る全員命はないと思え。よく考えるこったな」


 シャサイはまたニタァと不快な笑みを浮かべた。


 村の人達を人質にエリスさんをネノ鉱山に来させる魂胆か!もし行かなければ確実にこの村人を殺しつくすと言っている。村一番の剣の使い手であるグラントさん負傷させ、エリスさんの魔法も効かない……ということはあいつにかなう人がこの村にいないということだ。


くそっ、俺はどうすればいいんだ!?


「……それなら、今、私を連れて行けばいいじゃない。なぜ、10日までという猶予があるの?」


 エリスさんが立ち上がりながら問う。


「そいつは言えねえな。まあ、先方の都合ってやつだ。俺は報酬さえもらえりゃあ、何だっていいが、その前にお前らの実力ってやつを見たくなってな、だが、見るだけの価値もなかったぜぇ」


 ギャハハハと笑いながら


「そうそう、そのヴィランとかいう奴、お前を鉱山に連れてくるって言ったら怒り狂ってなぁ「エリスは俺の女だ、お前には渡さん!」って斬りかかってきてよぉ。まぁ正当防衛ってやつだ。俺は年増は興味ないでなぁ。だが、そんな健気な恋心、泣けるよなぁ。あいつも愛しのエリスちゃんに弔われて、うれしさで昇天しちゃっただろうぜ~!」


「あなたって人は……!」


「ヒャハハ!そう怖い顔すんなって。おっと、俺もそろそろ戻らねぇとな。期限は後10日、確かに伝えたぜ。それまでせいぜい楽しめや。じゃあな」

 

 散々、勝手な事を言い続けたあとシャサイは村を去っていった。


 シャサイが去った後も、そこにいた全員が口もきけず、呆然と立ち尽くしていた。エリスさんはシャサイが消えた方向をじっと見つづけ動かない。その顔は腫れて、口元には血がにじんでいる。


 ふと、俺は自分の体が自由に動く事に気付いた。


 俺は何もできなかった。エリスさんが殴られているというのに動けなかった。リンが動こうとしなかったからだ。


 俺はリンを降ろして、思わず聞いてしまった。


「リン!何でエリスさんを助けなかったんだ!」


 ビクッと体を震わせ、俺を見上げるリンのには怯えの表情があった。


『……ゴメンナサイ』


「ごめんじゃないんだよ!なんで、あの時動いてくれなかったんだ!」

 

 消え入るようなリンの声。これじゃあ、いつまでたっても誰も助けられないじゃないか!そんな気持ちをリンにぶつけてしまうのを抑えきれなかった。


「俺は……俺はエリスさんを助けたかったのに……!なのに……!」


「やめなさい!リンリンは少しも悪くないわ!」


 エリスさんの鋭い声に振り返る。その顔は明らかに怒っていた。


「誰が助けてって言ったの?あなたが立ち向かっても、シャサイには絶対に勝てなかった。だからリンリンは動かなかったのよ!」


「でも、リンと同調すれば俺でも……!」


「あの時、リンリンはとても正しい判断をしたわ。そもそも実力差がありすぎるのよ。そんな相手に戦いを挑むのは無謀なの。リンリンはあなたに逆らってもあなたを守ろうとしたのよ。なのにマスターのあなたが状況を正確に判断できなくてどうするの!?」


リンが俺を守るために……?


「……そうなのか、リン?」


『ゴメンネ、ミナト……戦オウトシタケド、危機探知ガ通用シナクテ……アイツスゴク強イ。ミナト大怪我サセタクナカッタ……エリスモ助ケタカッタケド……リンガ一番大事ナノハ、ミナトダカラ……』


「危機探知が通用しなかった……そうだったのか……俺のために……ごめん!ごめんよ、リン!」


 シクシクと泣いているリンを抱き上げ謝った。


 以前、リンが言っていた。危機探知は相手がどこに攻撃するか察知できるスキルだが、相手との相手との実力差があると効かないって。 


「リンリンは、あなたを守ってくれたのよ。こんなにマスターの事を考えてくれる従魔なんて、なかなかいないんだからね。大事にしてあげないと、ね?」


 ポンと俺の肩をエリスさんが叩く、その表情はいつものエリスさんだった。


「リン、俺が間違ってた。俺の事を考えて行動してくれたのに……俺が馬鹿だった本当にごめん!」


『ミナト……』


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