30話 シャサイ

「あなたは一体何者なの?なぜ村人を傷つけたの?」


「そりゃあ、おめぇ、こいつらの剣技がどんなもんか、ちいっと見ただけさ。ほんのお遊びだ。なんせ俺は片手しか使ってないんだからなぁ!そうそう、自己紹介がまだだな。俺はシャサイ、山賊団のボスだ。覚えておけ」


「ボス?山賊団のボスはアンガスのはずよ?」


 そうだ、確か山賊団のボスはたしかアンガスとかいったはずだ。たしかで脳筋で熊のような大男だって聞いてたんだけど……全然違うじゃん!


「山賊団のボスの座ってのは実力がある者が就くもんだ。ほれ、お前らに手土産を持って来たんだぜぇ。ありがたく受け取りな!」


 そう言って男は、持っていた麻袋を放り投げた。どうもスイカのような大きい何かが入っているようだ。それが俺の足元に転がってくる。


 見ると、どす黒いような赤い色が付着したた麻袋だった。


「なんだ、これ……?」


「開けては駄目よ!」


 エリスさんが麻袋にふれようとした俺をするどく制する。


「なぜですか?」


「あなたが見ていけないものが入っているからよ」


「見てはいけないもの?」


『アノ袋……血ノ匂イ……。多分、何カノ頭』


 リンが念話で俺に伝えた。


「げっ、頭!?」


 思わず叫んであとずさる。


「おっと、兄ちゃん当たりだぜぇ。この中には頭が二つ入ってる。さて、それは誰と誰でしょう?」


 俺の方を見てへらへらと笑みを浮かべるシャサイ。


「一人は、山賊団のアンガス……ね?」


「正解。ひとつはアンガス、そしてもう一つ。お前たちが涙を流して喜ぶんじゃねえか、と思って持ってきてやったんだぜぇ。確かめてみたらどうだ?」


 『血ノ匂ガ強クテ、難シイケド、ヴィランノ匂イ……カスカニスル……』


 リンが念話で伝えてくる。


「まさか……ヴィランの首なのか!?」


 エリスさんが麻袋に近づき中身を確かめる。その表情がみるみる怒りに染まっていく。


「私たちがそんなものを持ってこられて、喜ぶはずないでしょう!私に会いに来た目的はそれだけ?こんな事をして何が目的なの!」


 全身に怒りをたぎらせたエリスさんが杖を構え戦闘態勢をとる。


「おーおー、おっかないねぇ。せっかく喜ぶと思ったのによぉ」


「私達はヴィランには確かにたくさん苦しめられた。でも罰を与えるのはあなたではなくミサーク村の人々でなければならない。あなたがしたのはただの人殺しよ。その報い、受けなさい!」


「ほう?やるのかい?俺と」


 そう言うと、シャサイは人質にしたはずのオスカーやグラントさんをその場に残し、一人、訓練場の中央に歩き出す。エリスさんを警戒している様子は微塵(みじん)もない


 何故だ?オスカーやグラントさんからも離れ、あれじゃまるで自分を狙ってみろと言わんばかりじゃないか。


「さあ、撃って見ろ。あんたの得意な魔法をな!」


 不敵な笑みを浮かべ挑発するようにシャサイが言う。


 エリスさんが何かをつぶやいた次の瞬間。


風の刃エアカッター!!」


 魔法が発動し、放たれた無数の風の刃がシャサイを襲う。あの夜襲をかけてきた山賊を屠った威力の魔法だ!


 だが、シャサイは構えようともせず、相変わらずニヤニヤ笑いながらその場に立っている。


 このままだと山賊達と同じようにこいつも真っ二つだ!


 だが、風の刃エアカッターがシャサイに命中するその直前、それはシャサイの目の前でふっとかき消えてしまった。


 「!?」


 エリスさんが再び詠唱を始める。先程より大きなカッターというよりギロチンのような風の刃が成形され、シャサイに向かう。


 しかし、巨大な刃もシャサイに届く直前にかき消えてしまった。


「ん-?効かねぇなあ。お前の魔法はこんなモンか?」



 魔法は確かに復活したはずだ。威力も申し分ないはず。なのに魔法はシャサイに届かない。


 エリスさんの表情に焦りの色が浮かぶ。


「もう終わりかい?じゃあ、こっちから行くぜ」


 シャサイは何のためらいもなく、不快な笑みを浮かべてエリスさんに近づく。


「くっ、まだよ!」


 エリスさんはまた魔法を唱える。


「……トルネード!!」


 突如、強い風が吹き始め土や石を巻き込む風の渦が立ちのぼる。これは竜巻!?こんな魔法も出来るのか!


 渦をみると巻き込まれた木片が、内部で切り刻まれているようだ。こんなのに巻き込まれたらただではすまない。渦はまるで意思を持つかのように、シャサイに近づきその身体を飲み込んだ。


 小石や木の破片が巻き込まれた竜巻だ。渦に巻き込まれるだけで、肉が削られ相当なダメージがあるはず!


「エリスさん、やりましたか!?すごい魔法ですね!」


 しかし、俺の声に彼女は振り向かない。シャサイがいる竜巻をみつめたままだ。わずかに聞こえた声は、どうして……?と言うか細い声だった。


「なっ!?」


 目の前の竜巻の中でシャサイは高らかに笑っていた。


「オラァ!!」


 叫ぶシャサイの声と同時に竜巻が消滅し、風に蹂躙されていた石や木片なども土埃と一緒に我に返ったように落下する。風が収まり中心にはシャサイが攻撃をうける前と同じ姿でたたずんでいた。ダメージを受けた様子はない。


「弱い、弱いねぇ!剣も魔法も!俺にかすり傷すらつけられねぇ!」


 心底楽しそうな表情を浮かべて、シャサイがエリスさんのもとへ歩く。


「エリスさん!逃げて!」


 俺は叫んだが、エリスさんは呆然としたまま動かない。


 シャサイがニタァと笑った次の瞬間、エリスさんの顔を張り飛ばした。大きな音があたりに響く。


「きゃぁああ!!」


 叫び声と共に倒れ込んだエリスさんを見て、怒りがこみ上げ沸騰した。


「エリスさん!!てめえ、よくもエリスさんを!許さん!」


 咄嗟にマジックバックから木刀を取り出した。

 

「リン!行くぞ、エリスさんを助けるんだ!」


 リンに声をかけ、木刀を構える。


「二人とも来ないで!」


 エリスさんの押しとどめる声。エリスさんの頬は腫れていた。口からも出血している。さっきの一撃で口の中が切れたんだ。


 構うものか!エリスさんが危ないんだ、俺が助けないと!


 シャサイに突進しようとした瞬間、俺の身体が突然動かなくなった。


「リン!どうした、どうして動かない!?」


 同調の効果によって俺はリンに操られている。そのリンが動こうとしないのだ。


「ああん?来ねえのか?カウンターくれてやろうと思ったのによぉ」


 へらへらと笑いながらシャサイが言う。そしてエリスの方を向き


「本当ならこれからお楽しみタイム、といきたいところだが、生憎、俺は若いオンナが好きでなぁ。あんたはちょっとトウが立ちすぎてんだ。残念だったな」


 エリスさんはキッとシャサイを睨みつける。だがシャサイに全く気にするそぶりはない。


 エリスさんはトーマの母親だが見た目は20歳前後に見えるはず。あいつ、まさかロリコンか!?


「ところで、あんたも気になっただろう?何でアタシの魔法が効かないの~!何で~!ってな」


 シャサイが倒れたままのエリスさんを見下ろし、小馬鹿にするように続ける。


「種明かししてやろうか?アンタにも見覚えがあるんじゃねぇのかい?」


 シャサイが右腕に巻いてあった布を破り捨てる。すると鈍い金色に近い、見事な彫刻が施された腕輪があらわになった。


「それは……!」


 エリスさんの目は見ひらかれ驚愕の表情に変わった。


「……風殺の腕輪!?どうしてあなたがそれを持っているの!それはバーグマン家の家宝のはずよ!?」


「やはり知っていたか。へへへ、そりゃそうだよな、自分の家の家宝ぐらい見た事あるよなぁ。初代バークマン領主、ハロルド=バークマンの娘、エリス=バークマンさんよぉ!」  

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