29話 侵入者
「おっと、もうじき昼だな。今日の訓練はここまでにしよう」
グラントさんが解散を告げ、集まった20名程度の参加者は各々家路へつく。村の防衛力強化のために見回りや柵などを作ったりする人もいるので、いつも参加する人数はこれくらいである。
「トーマ、いい感じだったよ!動きがどんどん良くなってきた。これならきっとすぐに剣の腕も上達する。この調子で頑張ろう!」
オスカーが笑顔で話しかけてきた。
「リンが頑張ってくれたおかげです。俺もはやく兄さんやグラントさんに追いつけるように努力しないといけませんね」
「うんうん、でも焦りは禁物だよ。休息もしっかりとるようにね。あ、そうそう。僕はこれから他の人と防衛隊の仕事の打ち合わせがあるからトーマ達は先に帰っていて。そう母さんにも伝えておいてよ」
オスカーはまだやることがあるらしく、この場に残るらしい。彼の他にも数名の村人が、午後からの仕事の伝達でもあるのか、居残っていた。
「分かりました。兄さんの分のお昼ごはんは用意しておくので、帰ってきたらしっかり食べて下さい。最近の兄さんは少し、忙しすぎるから……」
「ははは、これくらい大丈夫!村が平和になるまでは頑張らないと。話が終わったらすぐ戻るよ」
そう言ってオスカーは笑顔で手を振る。その姿を見て、俺とリンは一足先に屋敷へ戻った。
「お帰りなさい。二人ともお疲れ様!」
屋敷に帰るとエリスさんが明るい声で出迎えてくれた。俺がトーマではないと分かってからも、変わらず接してくれている。あの夜の事は本当にあったんだろうか、夢でも見ていたんじゃないか?と思えるような自然な笑顔。本当にその笑顔がまぶしくて無茶苦茶可愛いと思ってしまう。
でも、いまの俺はトーマの姿をしている。彼女にも葛藤があるはずだ。下手な言葉は苦しめるだけ。この思いはそっと胸にしまっておくしかない訳だ。うん、平常心平常心。
「今日の訓練ではグラントさんに褒められたんですよ。ねえリン?」
そう言うとリンが笑顔で何度も頷く。
「すごいじゃない!オスカーから聞いてたけど、日に日に上達しているんですってね。素晴らしいわ!」
エリスさんはほめながら、リンの頭を撫でてくれる。リンもえへへと嬉しそうにしている。
「兄さんは防衛隊の人たちと話があるそうで、もう少ししたら戻ってくるそうです」
「そうなの……オスカー最近頑張りすぎよね……心配だわ」
「俺もそう思って、オスカーに言ったんですけど、村が平和になるまで頑張りたいって……」
エリスさんはぽつりと、やっぱり気にしているのね……と小さな声でつぶやいた。
「え?何か言いました?」
「ううん、何でもないのよ。さあ、お昼ご飯にしましょう。と、いっても昨日、あなたがたくさん作ってくれた美味しい煮込み料理の残りなんだけど、本当にどうしてこんなにおいしく作れるのかしら?」
「はは、なんででしょうね?愛情をたくさん込めたからでしょうかね?」
「まぁ……」
エリスさんが何か言いかけた時だった。
突然、玄関の戸が激しくたたかれ、助けを求める声が響いた。
「エリスさん、大変です!助けてください!エリスさん!」
思わずエリスさんと顔を見合わせる。急いで戸を開けると外には若い男が立っていた、訓練に参加していた人だ。慌てて走ってきたのだろう。息をするのもやっとという感じだった。
「敵が、敵が来たんです!……助けてください!オスカーさんが……!」
「落ち着いて。いったい何があったの?」
エリスさんが男を落ち着かせると、話を聞きだす。
それによると、訓練場にふらりと冒険者風の男が現れたらしい。現在ミサーク村では山賊達の侵入に備えて検問はかなり厳しく行われている。出入りの行商でもない限り、よそ者はこの村には入ってくる事はないはずだ。もし来るなら、検問所で
この男は何者なんだ?見覚えがない。まさか侵入者か?訝しんだオスカー達は男を取り囲み、尋ねようとした。
「この村にエリスって名前の女がいるだろう。連れてこい」
その男はそうオスカー達に告げた。
「あなたは一体誰なんです?この村になんの用ですか?」
オスカーが尋ねた。それと同時に嫌な予感がしたのだろう。オスカーは村人の一人に、グラントさんを呼ぶように頼み、時間稼ぎしようと試みた。だが、男は聞く耳を持たず近くにあった訓練用の木剣を拾い上げ
「もう一度だけ聞いてやる。エリスって女はどこだ?それとも俺の問いに答える気はねぇか?なら、お前の体に聞くまでだ」
と、剣先をオスカーに向けたのだ。
危険を察知し、やむを得ず、剣を構えたオスカーだったが、あのオスカーがたった一合、剣を交えただけで男の目の前に崩れ落ちてしまった。
「分かったか?こいつを殺されたくなければ、すぐに女を連れてこい」
オスカーを人質にとった男は容赦なく言い放つ。そして、その中の一人が急ぎエリスさんを呼びに来たようだ。
「先にグラントさんの所に寄って訓練場に向かってもらいました……!でもあの男は強かった!あの男の前では俺たちが束になっても敵いません。グラントさんでも勝てるかどうか……!」
そんな馬鹿な!あのグラントさんより強い敵なのか!?
「エリスさん!すぐに向かいましょう!」
エリスさんは少し考え込んで、口を開いた。
「相手はただの侵入者ではないようね。分かったわ、支度をしてすぐに向かうわ」
そう言うと、すぐに皮製の防具に身を包み、俺が見た事のない杖を持ってきた。その杖は木製で杖の先端には大きなガラス玉のようなものが埋め込まれていた。
「エリスさん、俺も行きます!リンと一緒に……!」
言いかけた俺に、エリスさんは首を横に振った。
「たった一人で乗り込んでくるっていう事は、相手は相当腕に自信があるっていう事よ。オスカーですらあっという間に人質に取られてしまった。これはどういう事か分かる?今度の敵は山賊達とはわけが違うわ。今度はあなたとリンリンを守っている余裕がないかもしれないの。だから、あなた達はここで待っていて」
と、厳しく言い放った。いつもの優しい表情は消え失せている。おそらくエリスさんも手強い相手だと思っているのだろう。だが俺もここで引き下がるわけにはいかない。
「敵を倒しに行くんじゃない。兄さんを、オスカーを助けに行くんです!俺は隙を見てオスカーを救います。大丈夫、無茶はしませんしエリスさんにも迷惑はかけません。お願いします、手伝わせてください!」
俺は必死に説得した。リンもエリスさんを見て力強く頷く。
人質がいてはエリスさんも動きにくいはず。俺はまだ戦力にはならないけどそれくらいは出来るかも知れない、何よりエリスさんの力になりたかった。
「……分かった。でも無理はしないと約束して。例えオスカーを見捨てる事になっても、自分の身を守ることを考えて頂戴」
それだけ言うとエリスさんは、疾風のように訓練場へ走って行く。俺たちも後を追った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エリスさんは風魔法で自分の体を軽くするとか、速度をあげるとかそんな事をしているのだろう。あっという間に姿が見えなくなる。
あれがエリスさんの本気か!
一方、俺は同調を使いリンに走るのを任せた。リンは疲労が無いように、余力を残す走り方をしてくれる。俺より俺の
エリスさんに後れを取りながらも訓練場に着いた俺たちの目に飛び込んできたのは、俺の想像よりもひどい有様だった。
うつ伏せやあおむけに倒れている村人達。そして、訓練場に立つ麻袋を担いだ男と、その足元で右腕を庇い、片膝をつくグラントさんの姿があった。
「これは一体……!?」
「おっと、ようやくおでましか?待ちくたびれたぜぇ」
エリスさんの全身を舐めるかのように見ながら、男は言った。
「エリス!コイツは強い……油断するな!」
グラントさんが叫ぶ。
おそらく右腕を負傷したのであろう。腕をおさえる彼の足元に木剣が転がっている。てことはこの男があのグラントさんを……!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます