28話 同調訓練②

「いやー、初日なのに随分二人の息が合っていたと思うよ。いい感じだったね!」


 休憩の声がかかり、手を止めたオスカーの額には汗が流れていた。初日に手合わせした時は、涼しい顔で汗一つかいていなかったのだから、同調の訓練は初めてにしては上々の結果だったんじゃないか?


『ミナト、体は大丈夫?』


「ああ大丈夫。まだまだ平気、平気!」

 

 リンが俺を心配してくれる。確かに何度も打ち込まれて、身体はめちゃくちゃ痛い。本当は喋り出すと息が荒くなっていて、全然平気じゃなかった。


 でもリンを心配させてもいけないし、なにより一人で訓練していた時より全然マシだ。


「二人ともお疲れ様。一息入れるといいよ」


 リンを下ろし近くの木陰で並んで座っていると、オスカーがお茶の入った水筒を持ってきてくれた。あ〜、冷たいお茶が体に染み渡る〜!


「訓練も大事だけどあまり怪我だらけになると、母さんが心配するから程々にね?」


「ありがとう兄さん。エリ……母さんも元気になったみたいだし、良かったですよ」


 今朝、エリスさんはいつも通りの明るい笑顔で、俺たちを起こしに来た。それからパンと牛乳とフルーツの朝食を皆でとった。


 エリスさんは、昨晩の事はおくびにも出さなかった。なので俺もあの話題にはあえて触れないようにした。だからオスカーはこの事を知らない。


「見回り中、母さんの事が気になって全然仕事にならなかったよ。また倒れたらどうしようって。でも今朝は朝ごはんもちゃんと食べてたから、安心したよ」


 やっぱり、オスカーもかなり気にかけていたようだ。それはそうだよな、ほんの少し前までエリスさんは死と隣り合わせの状態で、そのエリスさんをずっと看病していたのがオスカーだったのだから。


「でも、ヴィランや山賊達がいつ戻ってくるかわからない。これから、いつ戦いになってもおかしくない……僕たちも、母さんにおんぶに抱っこにならないように、できる事をしなくちゃね」


 そう言うとオスカーはまた木剣片手にグラントさんの元へ向かっていった。村の誰よりも熱心に取り組む姿は俺も見習わないといけないな。


「さて、それじゃ一休みしたし、俺たちも訓練を再開しようか?」


『ウン。デモ、ミナトハ大丈夫ナノ?』


 立ち上がった俺に、リンが心配そうに聞いてくる。


「え?ああ、身体からだの事?大丈夫だよ。少し痛い所はあるけど、大した怪我じゃないし、それに訓練すればするほど息が合ってきて、上手く動けるから、一人で訓練してた時と違ってすごく楽しいんだ。俺のってこんなに動けたんだって、びっくりしたよ」


『ウウン。ソウジャナクッテ、リンニ操ラレテ平気ナノ?ッテ事』


 へ?リンに操られる事?……あ、ひょっとして従魔にマスターが操られるのはイヤじゃないかって事か?


「別に嫌じゃないさ。だって、俺が訓練したって多分こんなには動けないし。俺が一人でやるより、リンに操ってもらった方がずっといいんだよ。リンが俺を操るのが嫌ならしょうがないけど……。どう?リンはやっぱり一人で戦った方が戦いやすい?」


 そう聞くとリンはぶんぶんと首を振った


『最初ハ上手ク行カナッタ。デモ、ミナトノ体ヲ自分ノ体ノ一部ダト思ッテ、ヤッタラ動キガ、スゴク良クナッタノ!」


「へぇ、俺の体をリンの一部だと思うのかぁ」


「リンハ足ガ思ッタヨウニ動カナイカラ……。ミナトノ体ガ、マルデ自分ノ体ミタイ二思エテキテ動イテイルト楽シインダヨ!』


 リンも同調して俺を操作する事に楽しさを覚えてくれているのかな。そう思ったら、ちょっとほっとした。まあ、手の内にいれるまではまだまだかかりそう。シンクロ率はまだ10%程度といったところか。


『ミナトハ不思議。リンハ「人間ハ高慢デ、従魔ヲゴミノヨウニ扱ウ。従ワナイト殴ッタリ、殺シタリ平気デスル」ッテ聞イタノニ、ミナトモ、エリスモ全然違ウ……ミンナ優シイ』


 リンがつぶやくように言う。


「うん。テイマーの中にはきっと従魔を粗雑に扱う連中もいると思う。でも少なくとも俺はリンに対して、そんなふうに扱おうとは思っていないよ。エリスさんもオスカーもきっと同じさ。だからリンは安心して俺を操ってほしいんだ。頼めるかい?」


 そう言うとリンが手を回し、ギュッと抱きついてきた。


『ミナトハ、本当二変ワッテル……』


「前に言っただろう?俺はこの世界の人間じゃなかった。だからこの世界の常識が分からないんだ。自分ではごく一般的な人間だと思っているけどさ」


 俺の言葉にリンはうれしそうに微笑んだ。その後、「デモ……」と一旦言葉を切る。


『ミナトハ、リンノ事ヲスゴク大事二シテクレルヨネ?ソレハトッテモ嬉シイ。デモ、ミナトハ自分ノ事ハ軽ク見テイル。自分ノ事モ大事二シテ』


「それはリンも同じだよ。リンも自分をもっと大事にしよう。昨日の訓練でも俺の事をずっと気にしてたしさ。まぁ、頼りにならないのは分かってるんだけど、度が過ぎるとまたグラントさんに怒られちゃうんだよね〜」


 ちょっとおどけて見せる。そして俺たちは顔を見合わせて笑った。その時、ちょうど休憩終わりの声がかかる。 


「さぁて、それじゃ訓練をはじめますか。リン、また頼むよ」


『ウン!』


 リンを肩車し、俺達もグラントさんの所へと走る。


 とにかく戦力になれるように、今は努力あるのみだ。エリスさんの事あるけど、とりあえず、村が平和になるまではこの村に居たい。


 それが結果的に、この村を戦いに駆り立ててしまった原因を作った俺の責任だと思うから……。




  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



『右!』


『受ケテ!左脇、スキガアルヨ、ソコヲ突ク!』


 右方向からの斬撃を受け止め、返す刀で左側に反撃を試みる。剣をかわしながら間合いを詰め、数合打ち合う。


 木剣と木刀がぶつかり合う音が響く。今日の対戦相手は村の青年だ。オスカー程の実力ではないが、防衛隊では中の上程度の腕前だ。


『正面カラ突キガ来ルヨ!半歩ズラシテ、受ケ流シ!』


 正面からくる突きをいなしつつ、半歩横に動く。


 勢いを殺せず体勢を崩した隙を見逃さず、相手の胴に木刀を打ち込んだ。


「うっ……!」


「よし、そこまで!」


 グラントさんの声がかかった。


「リン、終わったよ」


 声をかけるのと同時に、ふっと力が抜ける。


 リンが同調を解いたのだ。対戦相手に近寄り、座り込んでいた相手に手を貸す。


「大丈夫ですか?」


「ああ、ありがとう。イテテテ……数日で一気に強くなったじゃないかトーマ。それにしても従魔を肩車しているのに、こんなに動けるなんて、スゲェなぁ」


 むしろ俺を操るリンの戦闘センスがすごいんだけどね。それにしても、訓練に参加してからこの5日間でめきめきと力がついてきたのが分かる。


「本当に、トーマ一人で戦うのとは雲泥の差だな。最初はふざけているのかと思ったが、なかなかどうして二人の欠点を補いあっている、素晴らしい上達っぷりだ」


 グラントさんが、まんざらではない表情をして俺たちを褒めてくれた。


「いや、これもリンのおかげです」


「確かにそうだが、お前も得たものがあるだろう?」


「はい、リンが操ってくれているおかげで、自分でもどう動けばいいか何となく分かってきた気がします」


 同調発動時、俺の体は基本的にリンの指示通りにしか動けないのでその間、俺はやることがない。なので自分と対戦相手がどう動くかをじっくり観察する事が出来た。


 さらにリンに動作の時に、どう動くか念話で伝えてもらうように頼んだ。リンは瞬時に俺の体を動かすので、言葉の伝達は難しいと言っていたが、できる限り伝えてくれた。


 それは俺にもプラスになる。操るのは俺の体。つまり、「こういう時はこう動く、この攻撃はこう対処する」という対処法を俺の身体からだを使ってリンが教えてくれるのだ。この調子で訓練を重ねていけば、俺が一人で戦う時にもきっと役に立つはずだ。


 「トーマもリンも、だいぶモノになってきて楽しみだな。近く俺と試合をしよう。何、こういうのは勝ち負けじゃない。強い相手と戦う事で一気に伸びることもあるんだ。何事も経験だからな」


 グラントさんがニッと笑って俺に言う。そ、そうだろうか?実力差ありすぎじゃないかな?俺は冷や汗をかきながら、そういうものですか……とあいまいに返事をしておいた。


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