27話 同調訓練
「……あの、エリスさん」
「なあに?」
俺は話すべきかどうか迷ったが、トーマが言って欲しいと思っているような気がして伝えることにした。
「実は俺の中にトーマがいたんです……いや、今も一緒にいるっていうか……。その事で、話しておかないといけない事があるんです。山賊と戦っていた時、意識が飛んだ時があって、その時にトーマと会ったんです」
「トーマと会ったの?」
「あれは夢だったのかもしれません。最初、トーマは、俺にも敵意を向けてきました。薬を奪われた怒りでからでしょう、最初は落ち着いて話もできませんでした。でも「エリスさんに薬は渡した。そのおかげでエリスさんは元気になったよ」って伝えたんです。そうしたらトーマは気持ちが落ち着いたのか、怒りが消えて、「良かった」って言っていました」
「……トーマが?」
「はい。エリスさんが元気になって一番喜んでるのはトーマです。彼は自分の願いが叶ってきっと喜んでくれている。だからお願いします。自分をこれ以上責めるのは止めてください。トーマは絶対、そんな事は望んではいないはずですから」
「……」
俺がそう言った時、リンがエリスさんの膝の上にするりと座った。そしてエリスさんの顔を見上げる。
「……リンリン?」
エリスさんがリンを見る。そこには心配そうにエリスさんを見つめるリンの顔があった。そして、彼女の顔を優しく撫でる。
『エリス、ドコカ痛イノ?辛ソウダヨ?痛クナイヨウニ、リンガ撫デテアゲルネ!』
リンの言葉を伝える。リンはエリスさんの表情を見てどこか具合が悪いのではないか、と心配していたらしい。
『オ薬モアルヨ!リン、オ薬、見ツケルノ上手ナノ!ゲンキダケッテ言ウ茸!コレヲ食ベタラ、エリスモキット良クナルカラ!』
「リンリン……」
リンの言葉を聞きエリスさんがリンを抱きしめる。その頬に再び涙が伝う。
「リンリンもあなたも優しい、優しすぎるよ……」
リンもエリスを抱きしめ返す。そして少しの沈黙の後、エリスさんが顔を上げてリンに微笑む。
「ありがとうね、リンリン。もう大丈夫。撫でてもらったから、痛いのが治ったわ。本当にありがとう」
良くなったと聞きリンも笑顔になる。
「色々、迷惑かけてしまったみたい。ごめんなさい。部屋に戻るわね」
「いえ、こちらこそ」
そう言って、部屋を出ようとするエリスさんが振り返った。
「一つ、聞いてもいい?」
「何ですか?」
「あなたの本当の名前、教えてくれる?」
「え、俺の名前ですか?シノハラ・ミナト。姓がシノハラで、名前がミナトです」
「ミナト、ね。分かったわ。色々ありがとうね、ミンミン」
「ミっ!?」
エリスさんがにっこり笑う。いやいやミンミンて(汗)……もう、すぐにあだ名をつけるんだから……。でも俺、38歳なんだよ。流石にミンミンって言われるとなぁ……。
「じゃあ、私、部屋に戻るわ。今日は遅くにごめんなさい。明日からまた元気に頑張るわ!ミンミンも早く休んでね」
「あの、実は俺も一応、大人なのでミンミンはちょっと……」
「そうなの?うーん、じゃあ妥協してミー君。これでいいかしら?」
「はい。出来ればそっちのほうがまだいい……かな?」
「分かったわ。今日は色々ごめんなさいね。ミー君とリンリンのおかげで元気が出たわ。それじゃ、おやすみなさい」
そう言ってエリスさんは部屋に戻って行った。
エリスさんは20歳くらいにしか見えない。不老ってすごいな。いやいや、俺も15歳の肉体だから他人の事は言えないか。俺の事もそのうち、ちゃんと同い年だって話した方がいいかもしれない。
『エリス、イタイノ治ッテ良カッタネ!』
「うん、でも、また痛くなるかもしれないから……その時はまた撫でてあげてね」
『ワカッタ!痛イノ治ルマデ、ナデナデスル!』
リンとそんな話をしながらも、俺はエリスさんに申し訳ない気持ちで一杯だった。トーマが死んだのも、この体に俺の魂が入ったのも俺のせいではないけれど……。
俺がこの村にいる限り、俺を見る度に、息子トーマを失った痛みが、エリスさんを苦しめてしまうのではないか。その考えが頭をもたげる。
……ただその一方で、この村の危機が迫っているのに、俺だけ逃げ出したくはないと思っている俺がいる。少しくらい役に立ってからこの村を去りたい。リンもそれを望んでいる。
明日からどうしたらいいのか……とりあえず村を出るにしても、もっと腕を磨かないといけない。それには、まず同調をきちんとモノにしないとだよな。
布団の中で思案に
きっと何かあるはずだ。スキルを活かし、なおかつリンも守る方法。それには……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……で、それがお前の結論なのか?」
翌日の練習場、グラントさんの困惑とも呆れともとれる表情を見ながら、俺は頷いた。肩には肩車されたリンがちょこんと座っている。
「話は分かった。お前のスキルを活かすには、そうするしかないんだな?」
「はい。戦闘センスは、俺よりリンの方があるんです。俺のスキルとリンの戦闘能力、両方をうまく引き出すにはこれが一番良いと思っています」
そう言いながら俺は木刀を構えた。
昨日、同調スキルの有効活用について考えた末に、ある結論に至った。有効範囲1メートルの中でリンと連携を取るための手段。俺を活かし、なおかつリンを突っ込ませないで戦うには「これ」が最善だと思ったのだ。
「リンを肩車して、トーマが操られる……か。ふうん、トーマはなかなか面白い事を思いつくね」
オスカーは笑いながらも、俺の思いつきに感心し、そしてグラントさんにも助言してくれた。
「何だって試してみるのが大事なんです。ひよっとしたらこれで、トーマの戦闘能力の低さとリンの機動力の乏しさを互いに補いあえるかもしれませんよ。もし失敗したとしても、トーマのいい経験になりますし」
しばらく腕組みをして考えていたグラントさんだったが
「そうだな。まぁ、やるだけやってみろ。オスカー、相手をしてやれ」
そう言ってこの挑戦を認めてくれた。あとは実践あるのみだ。
「さあ、スキルの効果を見せてくれトーマ!」
対戦相手のオスカーが木剣を構える。
「よし、同調発動!リンいくぞ!」
『分カッタ!』
「始め」の掛け声とともに、俺はオスカーに挑みかかった。
リンが俺を操作しオスカーに攻撃を仕掛ける。俺は、いやリンに操作された俺は木刀を振り下ろすがその攻撃は空を切った。剣先をかわし体勢を立て直したオスカーが反撃にでる。その攻撃を俺は受け……きれずにくらってしまう。
攻撃を受けた左腕に痛みが走る。その後も攻撃を仕掛けるとかわされ、向こうの攻撃にもなかなかついて行けず、剣をまじえるごとに生傷がどんどん増えていく。
『ミナト、大丈夫?』
「ああ!まだまだ!これくらい全然平気だ!」
リンは同調をまだうまく使いこなせない。攻撃は当たらず、逆に反撃は食らってしまう。
でも、これは最初から想定していた事だ。
なにせ同調を使った訓練は初めての事。最初から上手くいくなんて楽観的なことは考えていない。今も反撃もままならず何度も攻撃を受けている。だが、それでも昨日までの俺とは違い、目をそらすことはなく剣の動きをきちんと見据えられている(まぁ、強制的にだけど)。それに反撃に移る動作も反応も、リンの方が俺よりずっと早い。
何度も打ち込まれるのは以前と同じだけど、時間の経過とともに少しづつオスカーの攻撃をかわす回数が増えて来る。さらに打ち合ううちに徐々にオスカーの動きについていけるようになってきていた。
リンは戦いの中で俺の操作方法を少しずつモノにしているのが肌感覚で分かる。たったの一戦、しかも戦いの中でだ。睨んだとおり、リンは戦闘のセンスがかなりある。
何よりすごいのは、リンのバランス感覚だ。俺の両手は木刀を持っているので、リンの体を支える事はできない。剣を振ったり、かわしたり、激しく動いているのにリンは一度も振り落とされない。そして俺自身も訓練中にバランスを崩して転ぶことはなかった。リンが俺の身体を上手く制御してくれているからだろう。リンって本当にすごい!
「よし、一旦休憩!」
そのかけ声で動きを止め、同調を解除した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます