26話 恩寵と呪い
「エリスよ。今、いいかしら?」
母さんの声だ。俺は急いで部屋の戸を開け、部屋に入ってもらう。ひとまず椅子を用意し、座ってもらった。
「体調は良くなりましたか?昼間、俺が余計な事を言ってしまったせいで、すみません」
そういうと母さんは首を振った。
「違うの……あなたのせいじゃないの。スキルを見ている途中だったのに……私の方こそごめんなさいね……」
俺のせいじゃない?でも目は少し赤く、表情も少しやつれているように感じる。俺のせいじゃないと言っているが、本当だろうか?
母さんは俺をじっと見つめている。そうやって、まっすぐに見る母さんの瞳は、とても綺麗だがそれと共に複雑な感情も入り混じっているように見えた。
「単刀直入に聞くわ。あなたは本当はトーマじゃない、そうよね?」
「えっ!?」
思いもしなかった母さんからの問い。心拍数が跳ね上がり、呼吸が乱れる。
「な、何でそう思ったんです?」
違う、これじゃ否定になっていない。ごまかせていない。突然の事態に冷や汗が出てくる。確かに俺はトーマじゃない。でもなんでいまさら……?
「夢を見たの」
「夢?」
「女神パナケイア様。あなたなら知っているはずよね?そのパナケイア様が夢に出てきたの。あなたが村に来る前の晩の事よ」
パナケイアさんが!?でもどうして……。
「夢の中で、パナケイア様はこう言ったわ。間もなくお前の
おいおい、じゃあ俺がトーマじゃないって教えたのはパナケイアさんなのかよ!?でもそれなら母さんは最初から俺の正体を知っていた事になる。それならなんで……?
「俺がトーマじゃないって分かっていたのに、どうして今まで、トーマに接するようにしてくれたんですか?」
そう聞くと母さんはうつむいて、床を見つめた。
「信じたくなかったから……。夢の通りにあなたが薬を持ってきて……でも顔を見たら確かにトーマなの。ほくろの位置も、五歳の時に木から落ちて大怪我をした時の傷も、トーマだったの……。だから、私はこう思った。ひょっとしたらこの子は本物のトーマじゃないか?あれはただの夢。今は記憶がないけどこの子は本当にトーマなんだって、そう思いたかったの……」
「エリスさん……」
母さん……いや、エリスさんは、はらはらと涙をこぼす。
「ごめんなさい。泣かないようにしようと思ったんだけど、小さなトーマの事を思い出してしまって……あなたは私の何も悪くないのに」
「いえ、俺の方こそエリスさんやオスカーさんを騙していた事になるから……責められても仕方ないと思っています。本当にすみませんでした!」
「違うわ!あなたが薬を持ってきてくれなかったら、私は死んでいた。感謝こそすれ、責める事なんて絶対にないわ」
それにね、とエリスさんが続ける。
「あなたが固有スキルを持っている、と知ってしまったから……あなたがトーマのままでいてもらうわけにはいかないと思ったの」
「固有スキル……これにどんな意味があると言うんですか?」
「固有スキルはね、別名「神の恩寵」と呼ばれるスキルなの。ギフトスキルとも呼ばれていて神から与えられた特別なものと聞いたことがある。そのスキルを持つものは「果たすべき使命」を神から与えられているという事よ」
困惑している俺の手をエリスさんがぎゅっと握る。
「……あなたはトーマとして生きるのではなく、あなたとして、自身の使命を果さなければならないわ」
固有スキルは神の恩寵……?そうだったのか、知らなかった。パナケイアさん何も教えてくれなかったからなぁ。
「俺、まだ選定者になって、間もないので、何が使命か、何をすればいいのか全然わからなかったんです。でもこの村に来て、ヴィランの圧政に苦しんでいる人たちをみたら、俺も何か役に立ちたいと思った。だから、今は自分の使命より、この村の事を考えたいと思っているんです」
俺は自分の今の気持ちをエリスさんに伝える。エリスさんは微笑んでくれたがその後、首を振った。
「ありがとう。でもこの村の事は気にしなくていいわ。あなたは巻き込まれただけなのだから。自分の命を危険にさらすような事はしないでほしいの。あなたはトーマに成り代わって私に薬を届けてくれた。それで充分。もし、村に危機が迫っても、責任を負う事はないわ。その時はお願いだからこの村を離れて頂戴ね」
「え……?」
「私はもう二度と、トーマを失いたくないの……」
祈るような目で見つめられて、俺は何も言うことができなかった。
「トーマが死んでしまったのは、私の
「そんな事……!」
俺はトーマの死が、エリスさんの
「いいえ聞いて。私は……いえ、私の一族は呪われてしまっているの」
「呪い……ですか?」
「そう。昔、私の父が魔族と契約したためにね」
呪い……。それはファンタジーとかゲームではおなじみのワードだ。身体に異変が出たり、行動に制約を科せられたり。そんな物騒なもの普通なら避ける。魔族というワードもいかにも不穏という気がする。どうやらこの世界には明確に呪いというものが存在しているらしい。
でも、エリスさんの
「父が冒険者だった頃、父の故郷で魔物の異常発生、通称「
「それが魔族と契約する事?」
「ええ。魔族を召喚し契約する事で己の望みを叶える。それしか、故郷を救う方法はなかったから……。その契約により父の魔力は増大し、さらに不老の力をも手にしたの。その結果、苦戦しながらも
「英雄ですか。でもそういう契約って、望みを叶える代わりに何かを出さないといけないとか条件があるんじゃ……」
「察しがいいわね。そう。絶大な力と引きかえに父が魔族に差し出したのは己の寿命。本来、生きられるはずだった寿命は三分の二が奪われた。でも父は故郷を救うためにはそれでもいいと思っていたらしいわ」
「三分の二って、それじゃ100歳の寿命なら33か34歳までしか生きられないってことですか?」
「そう。でも父は魔術師の中でもとりわけ体内魔力が高ったから、長生きして50歳まで生きたけど。でも本当に問題だったのはその呪いは父だけでは収まらなかった事。その呪いは子供である私や、私の兄にも発現したの」
「エリスさんにもですか?それが分かっていてエリスさんのお父さんは呪いを受けいれたんですか?」
いくら差し迫った事情とはいえ家族まで巻き込むのはどうかと思う。それにしてもエリスさんにお兄さんがいたなんて初めて聞いたな。
「父はその事を知らなかった。その後、産まれた兄や私に刻まれた呪いを見てずっと苦悩していたみたい。だから、私が病に倒れたのは、病気じゃなくて寿命だったからなの。そして、不老の力のせいで、私の姿は若いままで止まってしまっている……私、いくつに見える?これでも38歳なのよ」
「えっ!?」
いたずらっぽく、でもどこか寂しげにエリスさんが微笑む。
なんと、前世の俺と同い年だったとは……!全然そう見えないけど、でも考えてみればトーマとオスカーの母親だし、そのくらいでもおかしくないな。
「トーマは私を病気だと思っていたのね。あの子は止めるのも聞かずに薬を求めて村を出て行ってしまった……。だから、トーマは私のせいで……私がトーマの命を奪ってしまったようなものなの」
「エリスさん……」
「あなたは私の命を救ってくれた。のみならず、私の呪いまで解除してくれた。それは本当に感謝しているの。だからこそ……あなたは、ここにいない方がいい。これは私たちの村の問題だから。それに山賊達の事なら大丈夫。私には魔法があるんだから」
エリスさんは笑って言った。でも、その笑顔は無理しているように見えた。
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