転校先で美少女に好かれてしまった結果

鈴木一矢

第1話



「前島、戻って来てるって」


 氷が溶けて味も色も薄くなったアイスコーヒーを飲みながら、中学の同級生木村きむらが言った。

 前島塔子まえじまとうこ、その名前を聞いたのは久々だったが、彼女のことを忘れたことは一度たりともない。俺にとっての黒歴史を象徴する存在だからだ。


「そっか」


 興味のないようなふりをして答えるも、頭の中は前島のことでいっぱいだ。俺が彼女と出会ったのはいまから十五年前、中学二年生の頃だ。


 ※ ※


 警察官として働く父親の県内転勤の影響で、中二の俺、高田清二たかだせいじはこの町に引っ越してきた。栃木県T町、一見すると自然豊かな場所だが、実際は過疎化が問題視されている田舎町だ。同県の県庁所在地に住んでいた自分としては、この町の景色はとても新鮮に映った。

 山々に囲まれ、車で少し行けば綺麗な沢がある。漫画や小説に出てくるような田舎町。そこにちょっとした都会から引っ越してきた自分。そんなシチュエーションにワクワクしている自分を見た両親は、どこかホッとしていた様子だった。


 二学期初日、8月が終わったからといって急に涼しくなるわけもなく、残暑とも言えない暑さの中で担任の荒川あらかわ先生に連れられて教室までの廊下を歩いていた。

 小太りのおばさんだったが、物腰も柔らかくどこか愛嬌のある先生で、上品な装いのハンカチで汗を拭いながら緊張する自分に話しかけてくれていた。


「うちはやんちゃな子も少ないからすぐに仲良くなれると思うよ〜。転校生が来るって言ったらみんなそわそわしちゃって〜」


 当たり障りのない話に相槌を打っていると、二年二組の教室の前に着いていた。俺を扉の前に待機させ、先生だけ中に入っていく。

 荒川先生が俺を迎え入れるためのお膳立てをしてくれている声がする。同時にこれからクラスメイトになる同級生たちの楽しそうな声。わかる、転校生ってテンション上がるよな。自分も前の学校にいた時はそうだった。そしてその度に、転校生側になってチヤホヤされてみたいという願望を抱いていた。


「それじゃあ高田君、どうぞ〜」


 先生の声を聞き、教室の扉を開ける。教壇まで歩く俺をみんなが注目している。先生が差し出しているチョークを受け取り黒板に名前を書いている間も、後ろからみんなの視線を感じていた。


「結構普通だね」

「え? 私結構タイプかも」


 自分をタイプと言ってくれている女子の声が聞こえた瞬間、字が曲がった。同時にニヤケそうになる口元に力を入れ、あくまでクールに、かと言ってとっつきにくくならないような雰囲気で、俺はここで初めて正面を向き、クラスメイトたちを見回しながら言う。


「U市から来ました、高田清二です。趣味はスボーツで、特に球技が好きなので気軽に誘ってください。漫画とか小説を読むのも好きなので、なんか面白い本あるよーって人は教えてくれたら嬉しいです。」


 温かい拍手が教室に響き渡り、それが全て自分に向けられているものだと改めて実感することにより、俺の承認欲求は満たされていた。

 そんな俺を一際濃厚な眼差しで見つめていたのが、窓際の一番後ろにいた前島塔子だった。彼女の視線にはすぐに気がついた。なんだか他のみんなよりも、俺を「視ていた」気がしたから。同時に自分自身も、そんな熱烈な視線を贈ってくれる彼女のことが気になった。それもそのはずで、前島はかなりの美人だった。夏休み終わりで男女問わず小麦色の肌が多い中、彼女の肌は透き通るように白くて、真っ黒で艶のあるセミロングヘアは見ているだけで吸い込まれそうで、鼻は高く唇は薄め、目は切れ長。そんな綺麗な女の子が、微笑みながら俺を見ていた。

 席に移動し、周りを見通しながらも本心では、彼女のことをもっと見ていたかった。あの視線は俺の勘違いか、それとも俺に気があるのか。だとしたら運命では? そんな風に思っていた。


 休み時間になると、男女問わずみんなが俺の席に集まってきた。そこに彼女の姿はなかったが、気にしすぎてもキモいのでみんから来る質問をうまいこと捌き、自分が無害でフレンドリーであることをアピールした。

 どうやらこの学年に転校生が来たことは初だったようで、他クラスの人たちも廊下から俺の様子を伺っていた。しばらくは転校生補正で主人公になれるだろう、その間に友達はもちろん、いい感じの女の子なんかを作れれば……そう思いながらチラッと、窓際の席に視線を移した。

 彼女は相変わらず、俺のことを見ていた。一瞬目があった気がしてドキッとしたが、すぐにクラスメイトに声をかけられ目線をそっちに戻す。休み時間だというのに一席に座っている彼女を見て、友達の少ない子なのかもと、なんとなく思った。


 転校初日は慌ただしく過ぎていき、気がつけば放課後になっていた。


「一緒に帰ろうぜ!」


 そう声をかけてくれたのが木村だった。休み時間も真っ先に俺のところに来てはいろんな話をしてくれた。俺を囲んでいた他のクラスメイトの紹介だったり、どの部活がおすすめかーだったり。みんなの反応を見るに、誰でも慕われているいい奴なんだなとわかった。


「悪い、職員室でまだ手続きとかあってさ。明日は一緒に帰ろうぜ」


 貰わないといけない書類があるらしく先生に呼ばれていた俺は、そう言って木村の誘いを断り職員室へと向かった。

 職員室のある二階の廊下を歩いていると、ひぐらしの鳴き声と校庭からは運動部の声、一階からは吹奏楽部の楽器の音が聞こえていた。

 校舎はHの形になっていて、職員室に辿り着くために渡り廊下を通る必要がある。その渡り廊下の手前にある女子トイレから、スッと……誰かが出てきた。トイレから人が出てくることなんて珍しいことじゃない、だけど俺の足は止まってしまった。彼女だ。俺を熱い視線で見つめていた、綺麗な女の子。そんな彼女が、全身ずぶ濡れでトイレから出てきたのだ。


「だ、大丈夫!?」


 思わず駆け寄ると、彼女は気まずそうに言った。


「あっ、えっと、高田君……だよね? 私、前島塔子」

「い、いや自己紹介とかいまどうでもいいから! あー、どうしよ……あー……そ、そうだ!」


 俺は着ていたワイシャツを脱ぐと、彼女にそれを被せた。


「それで拭いていいから! そんな汗臭くはないと思うし!」

「え、でも」

「いいから! そのまま廊下うろつくわけにはいかないでしょ?」


 正直、かっこつけていた。タオルなんて持ち歩いてなかったので、自分の服を彼女に差し出すという行為。良い男風だと、当時の俺は思っていた。

 前島は少し申し訳なさそうに、控えめに俺のワイシャツを使って髪を、肌を拭いていた。濡れた彼女の制服が透けて肌着が見えていたが、凝視しないように、でも少しだけチラ見をしながら、彼女の様子を伺う。


「ありがと」

「もういいの?」

「うん、だいぶ拭けたから。えっと、これ、洗って返すね?」

「い、いや大丈夫びっくら ほら!」


 俺はワイシャツを彼女から受け取ると、廊下の窓を開けてワイシャツを振り回しながら言った。


「夕方でもこんなに晴れてんならさ、こうやればすぐに乾くから!」


 前島はそんな俺を一瞬ぽかんとした顔で見ると、すぐに微笑んで言った。


「ふふっ、高田君って面白いんだね」


 俺を見つめていた時と同じその表情に、胸が高鳴るのを感じた。けど、正直そんな場合ではなかった。前島のこの状況は、誰がどう見てもいじめだ。


「誰に、やられたの?」

「……わかんない。トイレ入ってたら、上からバシャーって。でも慣れてるから」


 慣れてる? こんな酷いいじめが日常茶飯事なのか? たしかに、どこの学校にもいじめの一つや二つは存在する。前の学校でだって、ちょっとした無視やスルーは特に女子の間であった。けどこんなドラマなんかで見るようないじめを目の当たりにしたのは初めてだった。


「俺、いまから職員室行くしよかったら」

「先生には、言わないで」


 告げ口したと知られたら、いじめが悪化するとのことだった。たしかに、無責任に新参者の俺が先生にどうこうなんてしないほうがいいというのは明白だった。でもほっとけないとは思ったし、この時点で彼女に少しでもよく思われたいと感じていた俺は、前島に言った。


「辛いこととかあったら、いつでも話聞くから。転校してきたばっかの奴に言われても困るとは思うけど、逆に新参者だからこそというかさ」

「高田君……」

「お、俺そろそろ行かなきゃ。じゃっ、気をつけて!」


 口から出た臭い台詞がなんだか凄く恥ずかしくて、急いでるわけでもないのにその場を後にし職員室で書類を貰った。肌着姿で手にワイシャツを持つ俺を見て、荒川先生は不思議な顔をしていた。


 翌日、昨日よりは俺を囲むクラスメイトも減り、授業間の休み時間は自然と木村のグループにいることが多くなった。その間もたまに前島の方を見ると、相変わらず彼女は一人で、俺を見つめていた。そんな彼女に隙を見て俺も微笑み返すと、彼女は恥ずかしそうに目を逸らして、その姿がとても可愛かった。

 事件が起きたのは、昼休みに男子で交友を深めようとサッカーをし、教室に戻ってきたタイミングでのことだ。


「きゃあっ!!」


 俺が教室に戻るや否や、前島が椅子から転がり落ちていた。よく見ると、指が血まみれだ。


「前島!」


 俺は思わず彼女に駆け寄りその手に優しく触れ、傷の様子を見た。酷い切り傷だ。見ると、床には剃刀の刃や、カッターの刃が落ちていた。


「これ……」


 前島が机を指さす。見ると、机の中には床に転がっているのと同じ物騒なものが大量に入っていた。俺はすぐに振り返りクラスメイトたちを見た。こんなことをしたのは誰だと、威嚇するかのように。

 みんな、冷たく軽蔑するような視線で、前島を見ていた。女子だけじゃない、木村も、さっきまで一緒にサッカーをしていた男子たちも、みんながみんな、興味のないような冷ややかな表情をしている。前島は、クラス全体にいじめられているのか?


「痛いよ、清二君……」


 前島が辛そうに、下の名前で俺を呼んだ。俺はすぐにまた前島の方を向き、彼女立たせる。


「保健室行こう」


 こんな状態じゃ、くらいの保健委員なんて頼れない。彼女の味方は俺だけだ。


「おい、高田……」


 俺に声をかける木村を一瞥し、前島を保健室に連れて行くために教室を出た。すぐに、クラスメートたちがなにかこそこそ話しているのが聞こえたが、それを無視して前島と廊下を歩いた。昼休みが終わりかけた時間ということもあり、他クラスの生徒たちも廊下にいたが、みんながみんな、前島を連れて歩く俺を見て、引いたような顔をしていた。


 保健の先生が留守だったこともあり、消毒と絆創膏の場所を前島から教えてもらい俺が治療をしてあげた。血はもう止まってはいたけど、傷は痛々しい。


「痛くない?」

「少し……ふふ、ごめんね? 指って神経がたくさん通ってるから、大袈裟に血が出ちゃうんだ」

「怪我したことに変わりはないだろ?えっと、こんな感じかな?」


 不器用な俺が貼った絆創膏は早速少し皺が出てしまっていた。


「教室、帰りたくないな」


 前島が言う。そりゃそうだ、あんなことがあった後じゃ。


「サボっちゃおう、二人で」

「清二君も一緒にいてくれるの?」

「当たり前だろ。まぁ、先生が来たら流石に戻るけどさ」

「ふふ、そうだね。じゃあ少しの間、二人っきりだ」


 保健室で女子と二人きり、そんなシチュエーションにドキドキしながらも、俺はクールぶりながら彼女の心配をした。


「指以外は? 大丈夫?」

「えっと……」


 少し言い淀みながら、前島は軽くスカートをたくし上げた。一瞬驚いたが、よく見ると太ももにも傷の痕のようなものがあった。


「清二君が転校してくる前のやつだけど」


 最低だ。こんな痕になるような、なぜそんな残酷なことができるんだろう。俺の中でクラスメイトたちの印象は地に落ちていた。あの様子じゃ、みんなで彼女を虐めているか、見て見ぬ振りをしているかのどちらかだ。そんなの許されるわけがない。


「大丈夫。俺がさ、守るよ。なにができるかはまだわかんないけど、いろいろ考えて、その」

「清二君は、どうしてそんなに優しくしてくれるの?」

「俺さ、親父が警察官なんだ。だからその、できるだけそれに恥じない人間でいようって。だからほっとけないっていうか……あとは、その」


 前島の顔を見る。キョトンとた目で俺を見つめている。


「な、なんでもない」

「ふふ、なにそれ。でもありがとう。じゃあ安心だね。怪我しても、清二君が守ってくれるんだもん」

「いやいや、怪我させないように頑張るよ」


 二人で笑いながら、無意識に彼女の手を握っていた。

 保健の先生が戻ってきたのは、午後の授業が終わってからだった。一応先生が傷を見るということで俺は一人、放課後の教室に荷物を取りに戻った。木村が、俺を待っていた。


「なあ」


 そう声を掛ける木村に俺は早足で近づき言った。


「誰が主犯か知らないけどさ、あれはやりすぎだろ。昨日だってトイレで水かけられたって。最低だぞ?」


 俺の怒りを俯きながら聞く木村にだんだん腹が立ってきた。


「なんとか言えよ。言っとくけど、俺はこんなくだらないことに加担するつもりはないし、前島のこと守ってやるって」


「前島は誰にも虐められてないよ」


 なにを言ってんだと思った。誰がどう見たってあれは


「自作自演なんだよ、あれ」

「……は?」

「入学した時も同じようなことがあってさ、みんな心配したんだ。でも誰が虐めたかってのが一向にわかんない。なのに毎日のようにいじめは起きる。んで、部活終わりに吹奏楽部のやつが見たんだよ」

「なにを?」

「前島が、自分の上履きに画鋲入れるとこ」


 木村の表情は、嘘をついているようには見えなかった。それならどうして


「自分のことを知らない高田が来て、また構ってもらえるって思ったんだろうな。俺たちも最初はあんなに可愛いからさ、助けてやらなきゃってなってたんだけど、どんどん不気味に感じてきたんだ。あいつ凄く嬉しそうだったろ? 心配された時さ」


 俺の言葉一つ一つに嬉しそうに答えていた前島の顔が浮かぶ。そしてまるで、見てと言わんばかりに傷跡を見せつけてきたことも。


「言っておくべきだったよな。けどまさか転校してきてすぐにこうなるとは思わなかったというか、俺たちにはバレてるわけだからやるわけないよなとか話しててさ」


 教壇で挨拶をしている俺のことを見ていたあの視線の意味がいまでは違う意味だと感じる。彼女がずっと俺を見ていたのは、自身の欲求を満たすため。そのためにトイレで水を被り俺の前に現れ、今日は俺が戻ってくるタイミングを見計らい手をズタズタにして……


「頭おかしいじゃんか」

「……だろ? だからもう前島にはっ」


 木村が息を呑んだ。言葉をつまらせ、俺の後ろ、教室の扉を凝視している。なにが、誰がいるかわかっていた。それでも、振り返らずにはいられなかった。

 前島がまったく変わらない微笑みで、俺を見つめていた。目を細めて、とろんとした顔で俺を見ている。


「清二君、一緒に帰ろ?」


 恐ろしくてたまらなかった。


「ご、ごめん。今日は木村と帰るって約束してたから」


 俺と木村はそそくさと荷物をまとめると、前島と目を合わせないようにその横を通って教室を出た。


「約束したもんね〜」


 前島のそんな言葉が聞こえだが、俺はそれを無視して帰路についた。


 翌日からも、前島はなにかと俺にアピールするかのようにいじめの自作自演を始めた。下駄箱で俺を待ち伏せて画鋲の刺さった足を見せる。体育の時間になると落書きされた体操着を俺に泣きつきながら差し出してくる。給食の時間には突然叫んだかと思うと、俺に口の中を見せてきて


「みへみへ、虫がはいっへは〜♪」


 虫とおかずがぐちゃぐちゃに詰め込まれた口内の様子はトラウマものだ。それでも俺は徹頭徹尾無視を貫いた。それでもめげずに毎日、前島は俺にアピールを続けた。その様子にクラスメイトたちも


「あんなに続けてるの初めて見た」


 と不思議がっていて、俺がたった二日間で前島とどれだけ仲を深めたのか、みんな気になっていた。俺にとっては完全に黒歴史、臭い台詞も大量に吐いた。どうか勘弁してくれと笑いながら、みんなに前島をネタにすることで俺は転校して早々前島の被害に遭った気の毒な奴、というポジションでうまいことクラスでの輪に溶け込むことができた。そんな俺を見る前島の表情は、どんどん暗くなっていった。暗く沈んだ表情で、俺を見ている。ずっと、ずっと。


 転校してから一ヶ月ほど経った日の夜、テレビのチャンネル権限を持つ父が選んだスポーツ特番を見ていると


 ピンポーーーーンッ


 インターホンが鳴った。


「こんな時間に誰かしら」


 皿洗いをしていた母がそそくさと水に濡れた手をシャツで拭いながら玄関の方に向かう。

 「歴史に残るホームラン集」で往年の選手がカンッとバッドを降ったその時


「きゃあああああああああああ!!」


 母の叫び声がした。父は立ち上がり玄関に向かう。俺も後を追う。

 玄関で腰を抜かす母の前に、前島が立っていた。いや、本当に前島だろうか。美しかった彼女の顔は血まみれで、無数の深い深い切り傷があった。制服も手も同じく血で真っ赤で、その手には包丁が握られている。呼吸は荒く、視線は宙を彷徨う。そんな彼女は俺を見つけるなり笑顔になって言った


「清二君、うちに強盗が入ってきてね、私こんなんになっちゃった。ね? 大変でしょ?」

 微笑みながら、前島は気を失った。

 父はすぐに救急車と自身が勤める警察署に連絡をとり、俺は前島について父に話した。

 その後、前島の家からは彼女の両親の死体が見つかったそうだ。凶器は前島が持っていた包丁。彼女の自作自演だった。

 ミュンヒハウゼン症候群、後にその存在を知った。同情や注目を集めるために怪我や病気、さらには境遇などを作為的に演出する。自己虐待の精神病。その後、前島は精神病院へ移されたという。それ以降、彼女と会うことはなかった。


 ※ ※


 カフェを出て木村と別れた俺は、車で中学校へと向かっていた。過疎化により子供の数が減り、近々別の中学校と合併予定の母校を眺めながら、タバコに火をつける。

 前島があれからどうなったのかは、誰も知らない。けど木村曰く、彼女の実家に誰かが入っていくのを見た人がいたそうだ。前島が両親を刺し殺した自宅は、買い手も見つからず長年放置されていた。そこにここ数日、誰かが住み始めたのだと。おそらく前島なのではないかと。

 部活動を終えた生徒たちが帰路についているのが見える。あの頃と制服のデザインは変わってないようで、とても懐かしく感じた。これ以上ここにいては不審者かと思われてまうと、タバコを地面に落とし踏むと、俺は顔を上げた。

 道路の奥、曲がり角の手前から、誰かが出てきた。中学校の制服を着ている。生徒か? いや、違う。フラフラとした足取りで、こちらに向かってきながら、俺を見ている。目を凝らす。痩せ細った体、棒のような手足、ガサガサのロングヘア、傷跡だらけで原型のない顔、あの頃の面影は何一つなくともわかる、前島塔子だ。

 歳をとった彼女がなぜか中学時代の制服を着て、俺の記憶から歪んで這い出たような姿で、こちら向かってきている。前島はあの頃のように微笑み、微笑み……


「あははははははははははははははは!」


 前島が大きく口を開けて笑いながら俺の方に走ってくる。我に返り車に乗り込むとエンジンをかけアクセルを踏みその場をあとにしようとする。Uターンすることはできないが前島は歩道を走っているし横を通り過ぎてしまえば問題ない。そう思い車を走らせたその時


 グシャッ!


 なにが起こったか、すぐにわかった。前島が、車の前に飛び出した。急ブレーキをかけるももう遅い。


 バンッ!


 ボンネットに、細い手が這い出てきた。轢かれた衝撃か爪は剥がれ、擦り傷だらけの手、そしてゆっくりと、前島が現れた。見るに耐えない醜い顔だ。彼女は俺を見て言った


「守ってくれるって約束したもんね」

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