第30話 お姉さんの夏コミの新刊は……
「うっひーー、やっぱり凄い人だなあ」
いよいよ夏コミの日になり、佳織姉さんのサークル本目当てに、朝一番で、並び始める。
朝から強い陽射しが照り付けて、汗がガンガン出るが、よくもまあこんな暑い中、並んでいられると、感心してしまう。
(佳織姉さん、今頃会場に居るのかな?)
牛歩の如く、ゆっくりと進む列を歩きながら、そんな事を考える。
何か手伝える事はないかと聞いたが、大丈夫問題ないと、即答されてしまい、佳織姉さんがくれた小遣いで会場まで来て、こうして一般参加者の列に並んで、会うことにしたのであった。
「まっ、何とかやってるんだろうな」
コミケに参加するのは一度や二度じゃないし、スタッフもいるみたいなので、俺が手を煩わせる間でも無いんだろう。
「えっと、佳織姉さんのブースは……何処だ?」
カタログの会場地図を見ながら、人混みを掻き分けて、佳織姉さんのサークルブースを探し回る。
シャッター前らしいので、すぐわかると言っていたが、こんな広い会場で人がたくさん居る中を探すのは思った以上に骨が折れる行為であった。
「えーと……あ、この列かな? うっひゃあ……すげえ行列」
ようやく佳織姉さんのサークルの列の最後尾に並ぶことが出来たが、朝一に来たってのに、もうこんなに行列が出来ており、佳織姉さんの人気の高さを改めて思い知らされてしまった。
これ、買うのにどんだけ時間かかるんだ?
一時間くらいかかるんじゃないかと思ったが、この暑い中、一時間以上並ぶのはかなりの骨で、耐えられるか不安であった。
「うひい……大変だろうなあ、売り子さんたちも」
佳織姉さんの他に居るであろう売り子さんたちも、こんな大勢のオタク達を相手に、炎天下で接客しないといけないと考えると、その苦労は計り知れないものがあるんじゃないか。
考えれば考えるほど、佳織姉さんから小遣い貰って、ヒモ、ニート状態の俺が恥ずかしくなってくる。
やっぱり、バイトくらいはしたほうが……何て、考えている内に列は進んでいき、間もなく売り子さんの所に入っていった。
「いらっしゃいませ」
「あ、サマーセット一個ください」
「はい。三千円になります」
佳織姉さんの新刊一冊と、カレンダー、イラスト入りのマグッカップなどは入ったセットを一個注文すると、売り子のお姉さんは手際よく紙袋に入れて、俺に渡し、三千円を渡す。
もちろん、このお金は佳織姉さんから貰った小遣いなのだが、こうやって買ってあげることで、少しでも彼女に返してるのだと言い聞かせていた。
(佳織姉さんは……)
奥の方をのぞいてみると、佳織姉さんは他のスタッフと一緒に段ボール箱を開けて、新刊を売り子さんの前に積んでいた。
忙しそうだな……何か差し入れでもと思ったけど、帰ってからで良いか。
「んにしても、どうするかな……」
佳織姉さんの新刊を買った後、会場をさ迷いながら、どうするか考える。
正直、同人には興味があまりないので、他の同人誌を買う気もないし、行く当てもない。
佳織姉さんは今夜は終わった後、サークルのスタッフと打ち上げする予定なので、遅くなると聞いた。
だから、今日は一人で過ごすことになるのか。
一応、夕飯は好きなの食べて良いって、金は貰っているけど、頑張っている彼女のために何かしてあげたい……。
「ってのは考えすぎかな」
そう思いながら、結局、今日は帰ることにし、佳織姉さんの新刊を早くよむことにした。
「えっと、これが新刊か……どんな内容なんだろう?」
家に帰り、佳織姉さんの新刊を開いて読んでみると、どうもオリジナルの漫画らしく、美形の高校生の男子とその彼女とおぼしき、女の子が手を繋いでる所から始まっていた。
何だか少女マンガでも見ている気分だが、次第に雲行きが怪しくなってきた。
「ん?」
何ページかめくると、主人公の男子高校生の遠い親戚らしいお姉さんが家にやってきて、主人公君に言い寄ってくる。
そして、キレイな親戚のお姉さんの誘惑に耐えきれなくなって遂に……
「ぶっ! こ、これエロ漫画じゃねえか!」
ようやく気付いたが、こんなエロ漫画も描いていたのか、あの人は。
つか、このお姉さん、どことなく佳織姉さんに似ている気が……おっとりとしていて、絵が上手な綺麗な親戚のお姉さんとか、まんまだし。しかも、この主人公の彼女って、もしかして……米沢さん?
何となく雰囲気とか髪型が似ているが、まさか、米沢さんから俺を寝取るみたいな感じの話なの?
「さ、最後どうなるんだ……?」
ドキドキしながら、ページを捲って、最終ページまで行くと、そのお姉さんが主人公と関係を持ったことを彼女にバラした所で終了してしまう。
こ、これヤバくない?
絶対修羅場になると思うんだが、この同人誌を米沢さんが見たらどう思うか。
つか、どうしてこんな気になる所で終わらせたんだ? 続刊前提で描いているのか?
「いや、大丈夫だ。彼女、オタク趣味とか全くなさそうだし」
そうだよ、米沢さんは真面目で健全な女子だったし、漫画もあまり読まないとか、前に言ってたので、この同人が彼女の目に止まる事はないだろう。
それでも、何て物を描くのだと、頭を抱えてしまうが、この同人の意味するところが何なのか、考える。
まさか、俺を米沢さんから強奪してやるぞって、宣言しているのか?
未だに元カノと誤解しているみたいだが、彼女とは本当に何もないって、どうすれば理解してくれるのだろう?
「は、はい。あ、佳織姉さん?」
スマホの着信が鳴ったので出てみると、佳織姉さんからで、
『うん。今日は来てくれてありがとー。私、これから打ち上げあるんで、遅くなるよ。もしかしたら、泊まりもあるかもしれないから、宜しくね」
「はい。あの、今日の同人のことなんですけど……」
『ん? ああ、読んでくれた?』
「もしかして、あの同人のお姉さんって……」
佳織姉さんがモデルなのか? そう聞き出そうとしたが、
『私の最高傑作だよ。ごめん、感想は後で聞かせてね』
「は、はい。それじゃ」
流石にこの場では感想は言いにくいので、ここで話を切り上げることにし、いったん、電話を切る。
だが、この同人誌の内容が頭から離れず、ベッドに入る時も、この同人を時折見ながら、悶々とした夜を過ごしていったのであった。
受験に失敗してニートになりそうだった俺、人気イラストレーターのお姉さんのヒモになってしまう @beru1898
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