エピローグ

翌月、事故の処理と身辺の整理が終わると、ネズミ車の自然停止についての理由を「不明」としたまま、村山崇はNEZDACを去った。


新海翔太は、大学でいつもと変わらぬ講義を続けていた。


「さて、日本のエネルギー不足はますます深刻になっているけど、何か、画期的な発電を思いついた人はいないかな?」


翔太の質問に、数人の学生が発言を行った。常温核融合、小水力発電、太陽電池による家庭電力の自給などが提案された。そして、満を持していたかのように、最前列のショートカットの女子学生が発言を行った。


「ネズミ力発電というのはどうでしょうか」


学生の間に、爆笑とざわめきが起こった。翔太は、表情を変えずに、続きをうながした。


「ネズミは、すごい勢いで増えるし、一生懸命回し車を回すので、結構実用性があると思うんですが...」


学生がどっと笑った。翔太は、それがおさまるのを待ってから、女子学生に質問した。


「それは、思っているよりも実用性があるかもしれないね。でも、ひとつだけ、ネズミ力発電には大きな欠点があるんだ。分かるかな」


女子学生は、しばらく考え込んだあと、嬉しそうに手をひとつ打った。


「分かりました先生。ネズミ力発電の一番の欠点は、ネズミが可哀想なことです!」


学生たちは爆笑した。翔太は、それがおさまるのを待ってから、女子学生の方を見ていった。


「正解だ」


翔太は微笑んだ。


その夜、翔太は研究室で一人、コーヒーを飲みながら窓の外を眺めていた。NEZDACの事件から半年が過ぎていた。事件の真相は徹底的に隠蔽され、公には単なる実験施設の事故として処理された。翔太と村山の名前が表に出ることはなかった。


翔太は深い溜息をついた。あの日、村山が最後に見せた表情が忘れられなかった。ネズミを抱きしめ、涙を流す村山の姿。それは、新エネルギー開発に命を懸けた科学者の姿であると同時に、ネズミを愛する一人の人間の姿でもあった。


翔太は立ち上がると、机の引き出しから一枚の手紙を取り出した。それは、不在中に大学を訪ねてきた村山からの手紙だった。翔太は手紙を開き、再び目を通した。


「新海へ


今日は君に会えなくて残念だった。あの日、君のおかげで最悪の事態を避けられたと思っている。私は、ネズミ達の命を無駄にしたくなかった。だからこそ、あの実験を成功させたかった。でも、結局は彼らを苦しめることしかできなかった。


私は今、山奥で小さな動物病院を開いている。ここでは、野生動物の治療も行っている。ネズミも時々やってくる。彼らを見るたびに、あの日のことを思い出す。でも、今は彼らを助けることができる。それだけで十分だ。


翔太、感謝している。君はきっと未来のエネルギーを見つけだろう。そう信じている。


村山崇」

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加速(制御不能なー) 高倉晃平 @takakurak

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