別離

夢月七海

別離



 ……いきなり、変な話をするんだけど。まあ、信じてもらわなくてもいいよ。ぼくも君の立場だったら、信じないだろうから。

 小さいころから、ぼくの目には、影がある人とない人とが見えた。


 影。比喩じゃなくて、足元にできる、影のことだね。

 例えば、今日みたいに晴れているときに、外の繁華街を歩いたら、ぼくの目には、九割くらいの人の足元に、影がないように見えるんだ。


 最初は、それに気づいていても、特に気にしていなかった。どんな人に影が見えるのかとか、その法則も分かっていなくて。

 ただ、家族とか、よく会う友達には影があるなぁと思っていた。そんなある日、隣に住んでいた当時の親友が、引っ越したんだ。


 引っ越しの日、彼の家の前にはトラックが止まっていて、ぼくもそれを見かけて外へ出た。そこで、荷物の出し入れを手伝っていた彼と、少し話したんだよね。

 「遠くに引っ越すんだ」と、彼は寂しそうに言った。僕は、「引っ越し」という言葉を知らなくて、彼がたまに行く旅行のことだと勘違いした。「またな」って、彼から手をしっかり握られても、きょとんとしていた。


 ただ、その時、彼の足元にいつも見ているはずの影が見えなかった。ぼくのは見えていたから、天気のせいじゃない。可笑しいと思ったけれど、その違和感はうまく言葉にできずに、ぼくは彼と別れた。

 それから何日もたっても、彼が帰ってこないから、母親に聞いてみたところ、初めて「引っ越し」の本当の意味を知ったよ。びっくりしたと同時に、じゃあ、どうして彼には影が見えなかったのか? と不思議に思ったね。


 それから、幼稚園の卒園式とか、色んな別れを経験して、ぼくは気付いたんだ。影が見えない人とは、ぼくは二度と会えないのだと。

 事実に気付いてから、ぼくは少しニヒルな性格になったと思うよ。みんなが泣きながら、「また会おうね」って約束してくれても、足元に影がないから、もう二度と会えないと分かってしまい、あまり悲しいとも感じない。


 ああ、でも、この体質で良かったこともあるよ。ぼくが営業部でいい成績を残せているのも、これのお陰なんだ。

 取引先の相手と会った時、足元に影がないと、脈なしだと分かるから、何を言っても駄目だと、さっぱり諦められる。逆に、手厳しい意見や態度を返されても、影があったら、まだチャンスがあると食い下がれる。そうやって、すごく効率よく立ち振る舞えるんだ。


 ……うん。君は察しがいいから、どうしてぼくが急にこんな話をしたのか、わかっただろうね。

 先週、見ちゃったんだ。君がぼくの知らない男の人と、仲良く手を組んで歩いているのを。


 今日のデートの日まで、君にこのことをどう切り出そうか、ぼくはどうすればいいのか、すごく悩んだよ。でも、君と待ち合わせ場所で会った瞬間、「ああ」って、全てを悟った。

 君の足元に、影はなかった。君は、ぼくではなく、あの男の人を選ぶんだね。


 うん。いいよ。この体質のお陰で、もうぼくはどんな別れに対しても、悲しいとは思わなくなったから。

 じゃあ、さようなら。お幸せに。

















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別離 夢月七海 @yumetuki-773

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