第3話 毒毒チェイス

ラウドネスニークのボス、オウタムは産まれて初めて神に祈った。

 幼少の頃から祖父に鍛えられ、「神はいない」最後に頼れるのは自分だけだと教えられて育った。

 祖父の教え通り敵対組織との抗争でも、兄に裏切られてウォーハンマーで顎を砕かれたときも、私はいつだって自らの運命を切り開いてきた。

 邪魔者は生かしたままバラバラに刻み、幾千の断末魔を響かせてきた。

 私が私自身の神なのだ。しかし、今回は違った。

 目の前は炎と煙に包まれ、俺が築き上げてきたものが崩壊していた。

 部下が次々と焼かれ、家族と呼んでいた者たちが黒い炭と化した。

 燃料と肉が焦げる匂いが辺り一面に充満し、周囲の温度が異常に上昇する。

 砕けかけたガスマスクの金具が外れ、露わになったチタン製の顎が冷たい光を反射する。

 爆発音が至る所で轟き、殺したはずの二人組の影が近づいて来る。


あいつらは、悪魔だ。



 数時間前────


 どんよりと濁ったセクターの空とは打って変わり、荒野のど真ん中の夜空はVD(ヴィジョンドライヴ)の加工された映像のように、まるで作り物のような美しい空が無限に広がる。

 俺と夜雲はその空を静かに眺めた。

 昼間の灼熱とは対照的に、夜になると少し肌寒くなってきていた。

 慣れた手つきで折りたたみのテーブルとベンチ二脚を組み立て、一息つくことにした。

作戦決行までまだ時間がある。

「少し時間に余裕があるからさ、お話でもしない?」バックパックからスキットルを取り出し、空に向かって乾杯の仕草をした。

 「ラプトル。」名前を呼ばれ彼女に顔を向ける。

「私にもくれ。」彼女は持参したステンレス製のマグカップを突き出して要求してきた。

 スキットルの中身は「ベルゼブルの小便」と呼ばれる強いバーボンだったが、ラプトルは面白半分で少女のカップに薄めたものを注いでやった。

 夜雲が小さな口でひと口飲むのを見守りながら、俺は彼女が咽せるのを期待していたが、驚くべきことに彼女は平然とした顔で「いい酒だな。染み渡るよ」と言った。

 ほう、この子は結構酒に強いんだなと感心しながら、スキットルの中身を半分ほどカップに注ぎ、「哀れなサスカッチ悪党に」と乾杯した。

 

「それで?」

 唐突な質問に対し、両手でカップを持つ夜雲は首を傾げた。貸したジャケットに身を包み、袖が余っている。酒の影響か、いつもより表情が柔らかい。

「家族はいるのかい?」少し距離の縮め方が早かったかと思ったが、酒の勢いで尋ねてみた。

「…お師匠と姉弟子がいた。血は繋がっていないが、家族だった。」

「姉弟子が‘いた’」という過去形が気になるが、何かあったのだろう。それについて詳しく尋ねることはしなかった。

「私が赤子の頃、桶で川から流れてきたらしい。幸運にもお師匠が拾ってくださった。」

「へェ、この時代に親切な人間がいるもんだな。」

 彼女の話を肴にして、俺は酒をたしなむ。強烈なアルコールの中に、デビルオークの風味が感じられる。

「俺も似たようなもんだよ。」

「育ての親と兄弟。今はほとんど誰とも会ってないし、連絡も取ってないけどな!」アハハと自虐的に笑った。

「この前の技はお師匠から教わったのかい?」

昨日の彼女が俺を投げ飛ばしたときの手振りを真似しながら尋ねると、彼女はうなずいた。

「お師匠は技を磨くことしか興味がなかったから、私も詳しくは知らない。ただ、鍛えてもらったおかげで今の私があるんだ。」彼女は誇らしげに語った。

「そうか、良いお師匠さんなんだな。」

「それならいい土産話を持って帰らないとだね。」俺が注いだ酒を飲み干し、夜雲は「そうだな」と頷いた。酒が効いたか俺のコミュニケーション能力のおかげか彼女の表情は今までの冷たい雰囲気は消え、普通の女の子だった。

 

「ヨグ、観ろよ。」顎で方角を指し、バックパックから双眼鏡を取り出して夜雲に手渡した。彼女は双眼鏡を持ち上げ、南の方向を確認する。約八十キロ先に武装を施したトレーラーが二台、物騒な外観に改造されたバイクが二台、こちらに向かってくるのを見つけた。

「まずはフェイズ1だな。」二人の間に緊張感が走る。


 時速240キロで砂埃を巻き起こしながら、トゲトゲしい装飾が施されたトレーラーが黒煙を吐き出して列の後方を走っている。

 ガスマスクを装着したラウドネスニークの団員たちは、トレーラー脇に設置された巨大なスピーカーから轟く音楽に合わせて身体を前後に振っていた。

 そんな風景を横目に、俺はバイクを巧みに操りながらタンカーの後方に近づいた。

 見張り台の男は全くこちらの存在に気付いていない。古びた機関銃も、無防備に俯いている。

 狩られる側になったことを理解していない、哀れな獲物だ。

 夜雲が一瞬でタンカーの手すりに飛び乗り、無音で見張り台の男の背後に回り込む。その動きの美しさに一瞬感心しながらも、俺も次の行動に移る。


 私は高く跳躍し、タンカーの手すりに掴んで軽快に上がった。

見張り台の男はまだこちらに気付いていない。

刀を握りしめ、そっと男の背後に忍び寄る。

 風のように見張り台に近づき、男の肩を軽く叩く。

驚く男が振り向くその瞬間を待って、一気に刀を振り抜いた。

「こいつ少し借りるぞ。」男の俯いた機関銃を刀で差して言いながら、視線を前方のトレーラーに移す。

 男の口から驚きの声が漏れる暇もなく、両断された彼の上半身が臓物を溢しながら放り落ちる。下半身は力を失い、崩れ落ち、私は配置についた。

 間も無くラプトルが前方のバイク2台を片づけ、トレーラーのチンピラたちがようやく私たちの襲撃に気付き、音楽が戦闘用BGMに変わる。前方のトレーラーの男が機関銃を準備し、板挟みとなったラプトル目掛けて狙いを定める。

 その瞬間、私も見張り台の男目掛け銃を乱射し、男が蜂の巣になる。

 隣まで付けてきたラプトルがこちらを見て親指を立てる。

私は少し戸惑ったが微笑み返し同じようにポーズをとった。

ハッと笑う彼はアクセルを捻り速度を上げる。

 私はまだやることが残っている。刀を再び握りしめ走る。跳躍し助手席側の窓を破り運転席に侵入した。

 

「ほォ、ヨグのやつやるなぁ!」

 感心する間もなく、アクセルを全開にして、一気に前方のトレーラーへと距離を詰める。

 サイドミラーには後ろのトレーラーが減速し、フロントガラスが鮮血で真っ赤に染まっているのが映る。

 あの子のやり方はシンプルで分かりやすいな。

彼女の手際の良さを軽く冗談のように思いながら、俺はリボルバーを取り出し、トレーラーとタンカーを結ぶ金具に狙いを定めて引き金を引いた。

 見事に命中し金具が外れ、タンカーはスピードを落とし始める。

 軽く口笛を吹きながら、俺はトレーラーの手すりに接近し、そのまま勢いで飛び乗った。

 トレーラーのルーフに向かって突き進む最中、甲板に向けて三丁の拳銃で足元を乱射。

飛び散る金属片と共に悲鳴が上がるが、中を覗けば既に死んでいる男たちの姿があるだけだ。

 窓から二人の屍体を引き摺り出し、放り捨ててから軽快に車に乗り込み、Uターンを決めて勢いそのままに夜雲の元へと車を走らせた。

 

 ラプトルが操縦するトレーラーが私の元へ戻ってきた。彼の黒い頭が窓から顔を出し、「お嬢さん、どちらまで?」と問いかけてきた。

「タンカーの中は女、子どもでいっぱいだ。例の毒の影響か意識はないが、息はしている、無事だ。」

男の軽口を無視して、現状を説明した。

「そうか。」と彼は頷き、リボルバーに弾を込めながら答えた。「それなら、帰りにハンカガイまで送り届けてやろうな。」彼の笑顔は、まるで私の考えを見透かしてるかのようだった。

「それじゃあ次は──」ラプトルが北の方角を黄色い目で指す。

 「フェイズ2だな。」私は彼と同じ方に目を向け、ニヤリと笑い返した。

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斬THE斬 堕乱茶乃 @sametsuki8

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