第2話 蝿とネオンとリボルバー

 セクター18115010、人呼んでは今宵も曇天だ。昨日も、その前の日も、そのまた前の日も、いつだって曇天。

 環境汚染から目を背けるように、街は光で溢れている。

 俺はいつものように、薄暗い酒場の割れて吹き抜けになった窓の側の席に座り、ネオン街の人工的な風景を眺めていた。

 光る塗料で描かれたチンピラの落書き、30分3000クレジットの看板、廃れたスーパーラット駆除業者の広告。どれも統一性がなく、自らを主張するように光を放っている。

 

 目の前を蝿がゆらゆらと飛び、逆らえない本能により目で追っていた。

 その時、黒いローブを纏った人物が現れた。女だ。

 背丈からしてまだ子供のようだが、編み込まれた前髪から、鋭い眼光がこちらを覗いている。

背中には長い刀を背負っていた。

「黒いトカゲ頭の、お前がラプトルか?」と少女が訪ねてきた。

チッ、邪魔が入った。狙いを定めていた獲物を諦め、答える。

「そうだが、君は?」

「お前に興味がある。報酬のいい仕事があるんだが、一緒にどうだ?」こっちの質問は無視かよ。

 思わず目を細めた。

 蛇の如く長い腕を伸ばし、少女の頭に手のひらをポンと置く。

「断るよ。復讐ごっこは見飽きた。監督と脚本家を呼んでくれ─」

 その瞬間、力強く投げられ俺は宙を舞う。

時が止まったようだった。

テーブルに叩きつけられ、彼女が帯刀していた刀の刃先が喉に当たる。「私に触るな。」

 刃は黒曜石のように黒光りし、俺の顔が反射していた。

 カチッ。俺も咄嗟に対応した。少女の後頭部に銃口が当たる。繊細な動きを可能にする、長く鮮やかな青い尻尾忍ばせ、リボルバーを構えた。

しばしの膠着状態の中、彼女からの殺気を感じる。

この状況でコイツ、やる気か?

「いや、ハッ、すごいね君。」降参、と手のひらを顔まで上げ、反射的に握ってしまったリボルバーの撃鉄を戻し、三つ目のホルスターに納めてみせた。

 彼女はムッとした表情が浮かべ、ため息を吐く。刀を納めると出口へと振り返る。

「すまない、邪魔をしたな。」

出て行こうとする彼女に慌てて声をかけた。

「いやァごめんよあんな言い方してさ。さっきの話、聞かせてくれないか?」

警戒した少女がこちらをじっと見つめ、ほんの少しの間沈黙する。

 やがて、背負っていたバックパックを降ろし、クシャクシャの黒い紙束を突き出してきた。

少女が突き出したのは【黒山羊便】と傭兵たちに呼ばれるもので、依頼内容が記されている。黒い依頼書は殺人依頼だ。

危険度も高いが、その分報酬も高い。

 少女から渡された用紙の皺を伸ばし、内容を把握する。

「OK、やるよ、俺も君に興味が湧いた。」

 あの身のこなし。あの度胸。

 不意打ちだとしてもあぁ投げ倒されることはなかなか無い。

こう見えても100キロ近い体重があるんだ。

オマケにあの状況下で本気で俺を切ろうとしていた。

ハッキリ言ってイカれてる。 

 ただの復讐ごっこのお嬢さんじゃないことを確信した俺は、その仕事とやらを引き受けることにした。


 翌朝、少女と共にモーターバイクで目的地へと向かう。道中が砂漠だと分かっていたので、オフロードバイク、【ディアボロス666】を選んだ。

一方、彼女は背丈の都合からか、座高の低い派手なファイアーパターンのアメリカンバイクに乗っている。

 それもどこかでピッキングして盗んだものだった。盗んだのは俺もそうなんだが。

「イカしたバイクを選んできたのは良いが、砂漠だぞ?走れるのか?」

 内心不安に思いながらも、アビエーター型のサングラスを掛け、満足そうな彼女を見て伝える勇気はなかった。

案の定、出発地点を少し過ぎたところで後ろにいたはずの彼女の姿が消えていた。

元の地点に戻ると、あのバイクは砂漠の砂に半分沈んでいた。

「マジに復讐ごっこの素人なの?」声にならない声で呟いた。

彼女は困惑と恥のせいか、俺を見ず、昨日の荒さも感じなかった。俺自身も居た堪れない気持ちだった。

仕方なく、彼女を俺のバイクの後ろに乗せ、再び砂漠の道を進み始めた。

 サンケンシティの町並みが遠ざかり、乾いた風が俺の顔を打つ。


気まずい沈黙に耐えられず、質問する。

「君、名前は?昨日の技はジュウジュツ?それともスモウか?どこで覚えたの?」

 暗い表情のまま、彼女は黙っている。

「・・・今はチームだろォ?。なんでもいいから、話してくれよ〜!!」駄々を捏ねるように大袈裟に声を荒げた。

「・・・名は夜雲だ。」彼女はそれだけを答えた。

「ヘェ、ヨグモかァ〜!カッコいいね!じゃあ、ヨグだ!」

青い尾が揺れる。この、止まれッ。自らの尻尾に軽く威嚇した。

内心、安直なニックネームだとは思ったが、夜雲が否定しないなら問題ない。

 目的地に着くまで、古い映画の話を一方的にヨグに語った。女が殺し屋になる話だ。

 

 今回の仕事は「ラウドネスニーク」と名乗るサスカッチ悪党の壊滅だった。

 ラウドネスニークはサンケンシティで恐れられているギャング集団。

 旧時代の建物を要塞化し、周囲は砂漠と荒野で覆われている。ヤツらは神経麻痺を起こす毒を使い、弱者を攫ってバラバラにして売り払っている。

 この世界じゃ珍しいことではない。それでも、許せるものではないが。

 サスカッチを殺すのは大歓迎だ。悪いやつを殺せばスッキリするし、救われる命も多い。

 この謎の多いお嬢ちゃん、夜雲の運命を見届けたい。アクセルを捻り、その思いを胸に砂漠の風を感じながら進む。

 エンジンの轟音が耳をつんざき、乾いた砂埃が舞い上がる。風が顔を撫で、その冷たい鋭さを感じた。

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