斬THE斬
堕乱茶乃
第1話 夜の蜘蛛は親でも殺せ
「今晩はハンバーグに決まりだな!」
朦朧とした意識の中、
鮮やかな青い尾が上機嫌に揺れている。
湿った木材とカビの香り、男たちの声で目が覚めた。
後頭部に鈍い痛みが走り、意識が鮮明になる。
──しくじった。
男が四人、一人は見覚えがある。
昨日、屠畜場を荒らしたチンケな
蛍光色の、下品な言葉が記された趣味の悪いヘルメットが印象に残っている。
どうやら手に入れた食材に合う酒を探しに出かけた所、コイツらの報復を受けたようだ。
スーパーピッグ。昨日の一件の礼として受け取った物で、本来富裕層の手に渡る物だ。
なかなか手に入らない代物なので完全に浮ついていた。得物はキャンプに置いて来てしまっている。
「このチビ、どうやって殺すか。」
所々に錆のある古い折り畳み式のベンチに、背もたれを前にして座り、巨漢が酒を喇叭飲みしながら喋り出した。
夜雲の胴ほどに太い腕には無数の刺青が彫られている。
銘柄は
夜雲の鋭い眼光に男は臆する様子は無かった。
・・・コイツがこの中の親玉か。
「
ニ連式チェーンソード・・・奥のテーブルにあるアレだな。センスの良さは酒だけだったか。
あんな物は派手さを求めるチンピラが脅しの道具に使うだけで実用性など無い。
深くフードを被り俯く夜雲は冷淡な笑みを浮かべ、鼻で笑った。
夜雲の嘲笑に呼応する様に淀川と呼ばれる男が立ち上がる。
「コイツ笑ってやがんよ。」淀川が同じ様に笑い返す。
「いつまでその舐めた態度取れるんだろうなァ?」
夜雲のフードを乱暴に掴み、力任せに引き上げる。彼は夜雲の頬を殴りつけ、反動でフードが脱げる。
「オイオイオイ・・・この野郎、女じゃねーか!」
淀川の叫びで周りがざわつき、ヘルメットの男は怯えたように一歩後退した。
「そんなの知らなかったんですよ!」と弁解する姿が情けなく、夜雲は心の中で冷笑した。
オマエ達の仲間は女の私に殺られたんだ。
弁明しようとするヘルメットの男とは裏腹に、淀川の笑い声が響いた。
「へへ、良いじゃねェか。」この反応は大概想像できる。
この荒廃した世界に秩序はとうの昔に消え去った。
女子供は弄ばれ、力無き者に待つ未来は地獄しか無い。
この世界では力が全てなのだ。
淀川のグローブのように分厚い2つの拳が夜雲のローブ、衣服を纏めて容易く破く。
小柄な夜雲からはおよそイメージのし難い、大きい胸が露わになった。
三下共が下品に、興奮の笑いを響かせる。
女を攫った時の恒例行事なのだろう。反吐が出る。
赤と黒のツートンカラーが特徴のブレイズヘアーを乱暴に右手掴まれながら他の三人によって拘束を解かれ、夜雲の細い両腕を左手に掴まれ、後背位の体制になる。
「貴様の粗末なイチモツなど、私の膣圧でへし折ってやる。」夜雲は冷えた口調で挑発したが、淀川の興奮を煽るだけだった。
「楽しませてくれるじゃねェか。」淀川は粗雑に夜雲を押さえつけられ、三下の野次の中、挿入された。
削ッ? 三下の野次が止む。
ハサミで何かが切れる様な音が接合部から聞こえた。
淀川の悲鳴が部屋を包み、倒れ、抑えた股間が赤黒く染まる。
冷静に立ち上がる夜雲の股間からも同じ様にポタポタと溢れ
──ボトッ。
目を瞑りたくなる惨たらしいさま、夜雲 清水には隠し札があった。
【パニッシュメント】だ。懲らしめ鋏とも言う。
このハンカガイにはまだ馴染みはないようだが強姦対策のカプセル状の道具だ。
膣に忍び込ませ、知らずに挿入しようとした者にはハサミが作動し、痛烈な罰が下る。
男たちは混乱し、恐怖に包まれていた。その瞬間こそ、私の行動の合図だった。
淀川の絶叫が響く中、私の体は自動的に行動を開始する。
ブツを蹴り上げると、ヘルメットをかぶった男の顔面に命中。
彼のイヤフォンが外れ、音楽プレイヤーが地面に落ち、荒々しい音楽とシャウトが部屋中に反響する。
ひび割れた画面にはロックバンド「
混乱はさらに深まり、男たちの目線を潜るように破れたローブを羽織り、私は奥のテーブル目掛けて疾走した。
手にした得物のスターターを引くと、モーターの回転音が轟く。
その耳障りな音に、ようやくチンピラたちは事態を理解した。
彼らの混乱した目を冷たく視線で捕らえ、「さァ、次は誰だ?」と低く呟いた。
両腕で支える二連式チェーンソードは、私の背丈ほどの得物。音楽に合わせと飛び跳ね、力強く振るう。
最初の男が「撃 テ ェ」という言葉を残しながら、頭部をドラムの音に合わせて破裂するように三つに爆ける。
残った胴体はリズムに合わせて倒れたようだった。
一人の男が銃を構えるも、私の動きが彼の引き金よりも素早く動いた。
男の腕は巻き寿司の如く輪切りになり床に散らばった。
余力で放たれた銃弾は天井に虚しく穴を開ける。
音楽がサビに入り、私は思わず顔がほころぶ。
下品な武器だと思っていたが、存外使い心地は悪くない。
男たちの屍を乗り越えるように振り返る。
辺りを見渡すと、残るは四肢が欠損した死体のみ。
あのヘルメットはまた逃げ出したらしい。
薄情な奴だと思いつつ、私は興味を失った。
弱い者いじめの精神は私にはない。
チェーンソードを今なお痛みに呻く淀川という鞘に収め、スイッチを切り、身支度を整える。
「二連式チェーンソード、なかなかの代物だ。」
無論、ホトケと化した淀川から返事はない。
音楽プレーヤーから流行りのラブソングが流れ始め、私はそれを踏みつぶす。
血まみれの現場を一度振り返り、散らばる死体に一瞬、今晩の晩御飯──ラプトルの作るスーパーピッグのハンバーグが頭をよぎり、静かにその場を後にした。
キャンプに戻ると、待ちくたびれた様子のトカゲ頭のラプトルがこちらに気付き、ハンバーグのタネを焼き始めた。
肉の焼ける香ばしい匂いが、私の空腹を一層刺激する。
「ヨグ、遅かったじゃん。」彼の声には明らかに苛立ちが混じっていた。
すっかり待たせてしまったようだ。
キャンプのランタンの薄灯に照らされ、彼の顔は黒曜石のように黒光りしている。
「まぁまぁまぁ、落ち着けよ。」私は笑いながら、今日の戦利品を腰に手を当て自慢げに掲げた。
「あら!絶望招来だ!夜影の警告!」男は興奮気味に古臭いキャッチコピーを口にする。
彼の表情は薄明かりのせいで判別できないが、視界の端で尾が激しく揺れているのが見えた。チョロい奴。
「こんな小さなハンカガイでも売ってるんだな。高かったろ。」
「すまない、ラプトル、待たせたな。」私は折りたたみの簡易なテーブルに絶望招来を置き、ちょっとした勝利感に浸る。
「こいつとは縁があって手に入れたんだ。今晩は飲むぞ~!」
酒を片手に、私は二連式チェーンソードがいかに素晴らしい代物だったかをラプトルに意気揚々と語り始めた。その興奮が私の中から溢れ出してくる。
彼は軽く相槌打ちながら聞いていたが、尾の動きから興味津々なのが伝わる。結局、一晩で一升の酒を空けてしまった。
酒と満足感で顔が赤らむ中、キャンプファイヤーの焔を見ると、今日の激闘が遠い夢のように思えた。
私たちの周りには静かな夜が訪れ、火の粉だけが舞い上がっていた。
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