ぐうたら備忘録

円谷丸子

第1話 父のお土産センス


 私の父は仕事柄出張が多いのだが、その度に訳のわからないお土産を買ってくる。

 そもそも、お土産なんてものは観光気分を相手にお裾分けするために買うようなものなのだから、奇を衒う必要なんてないと私は考えている。北海道に行ったときには「白い恋人」がいいし、京都に行ったときには「八ツ橋」がいいのだ。

 「ベタだなァ」なんて言ってくる相手には、「じゃあお前にはやらんッ」と一蹴するくらいの心構えでいるぐらいが人間ちょうどいいのである。

 

 しかし、生来頑固な父は何度そう言っても理解しようとはしなかった。

 

 北海道に出張している父が、飼っていたトイプードルほどの大きさの木彫りのクマを郵送してきたときには腹を抱えて笑った。何に使うのか、愛でるのか、と私と妹は大笑して盛り上がった。

 しかし母からすれば父のこの奇行は許し難いものらしく、「こんなものを置く場所なんてうちにはないよッ!まったく、無駄遣いして!」とピシャリと叱り、それを玄関の隅に追いやってしまった。

 しばらくの間、我が家の小さな番犬は散歩に行くたびに鮭を咥えたクマに向かって威嚇していたのを覚えている。

 

 こんな調子の父のお土産のセンスであるが、一応その土地ならではのものを買ってきてはくれていた。木彫りのクマ然り金閣寺ジグソーパズル然り、定番から大きく外れてはいるがどこで買ったお土産かはわかるものばかりだったのである。

 

 だが、そんなセンスに慣れきった私たちの度肝を抜かすお土産を父が買ってきたことがあった。

 

 数年前、父が仕事で一週間ほどオーストラリアへ行くことになった。

 いつもは密かに父の奇妙なお土産を楽しみにしていた私だが、海外となれば話は別である。オーストラリアなんて滅多に行くことができないんだから、と定番の「Tim Tam」などのお菓子や「T2」の紅茶を買ってくるようにと何度も念を押したのだが、父は「あぁ、お菓子とお茶な」といつも通り気の抜けた返事をするだけで、まったく本当にわかっているのかと多少の苛立ちを覚えつつ父を見送った。

 

 父が帰ってくる前日の夕食時、「ねえお兄ちゃん、実際のところ何を買ってくると思う?」と妹が切り出した。

「なんだろうな、コアラのでっかいぬいぐるみとかかな」と私が言うと、「いや、お父さんは多分カンガルーの方が好きだよ。カンガルー関連だと思うな」と妹は言い、「わかってないねあんたたち、あの人はお皿とか買ってくるよ、ほら、アボリジニの民芸品とかの」と母は言った。

 当然のように誰も父を信用していない。

 しかしさすがは長年連れ添った母である。独特の色使いで謎の模様が描かれた皿を持つ父の姿が鮮明に思い浮かんでしまい、もうそうとしか思えなくなってしまった。

 

 翌日の夕方、ついに父が帰ってきた。

 スーツケースとパンパンに膨らんだリュックサックからは、愉快なお土産の匂いがぷんぷん漂っている。仕事の労いはそこそこに、妹が訊ねた。

「お父さん、お土産買ってきてくれた?」

 

 よくぞ聞いてくれたとばかりに食いつく私。そんな私たちを見ながら「あぁ、スーツケースに入ってるから取ってこい」と言い放つ父。スーツケースを開けに走る妹。苦笑いの母。

 あの時の私たちは、世界一しょうもない幸せに満ちていた。


「まじ〜〜〜!?」と言いながら妹が戻ってきた。手には「Tim Tam」の袋と見たことのないパッケージのポテトチップスや飴、「T2」の紅茶の箱。

 嘘だろ、頼んでた通りのお土産だ…!私と母は目を丸くした。

「ねえお母さん、食べていい?」と妹が大騒ぎしている中、父が私に向かって

「スーツケースにもう一つお土産あるから取ってこい」と言った。


 私は心の中で「キターーーーーー!!」と叫んだ。

 こんなの、変なお土産確定演出じゃないか!!


 妹が開けっぱなしにしていたスーツケースには、父らしく几帳面に服が畳んで入れられていた。パッと見た感じ、お土産らしきものはない。一枚ずつ服を出していくと、底に何やら茶色いものが見えた。




 ブーメランだ。木製の、長さ50センチほどの、謎の波線や模様が描かれた、ブーメラン。




 唖然である。

 思考が追いつかなかった。

 木彫りのクマも相当だが、あれはまだ微かに北海道の香りは残っていた。鮭も咥えていたし。

 しかし、ブーメランである。もちろん、ブーメランがオーストラリア発祥のものであるということは知っている。が、あまりに馴染みがなさすぎるのだ。はっきり言ってブーメランはブーメランなのだ。それ以上でもそれ以下でもなく、日本人にとってはオーストラリア土産でもなんでもない。ただのブーメランなのだ。

 ただ父が木製のどでかいブーメランを買ってきただけなのである。

 

 木製のどでかいブーメランを持ってリビングへ現れた私を一目見るなり、妹は「Tim Tam」など放り投げて大笑いしていた。床をバシバシ叩きながら、ヒーヒーと虫の息である。

 母は呆れた顔をしつつも、「ほらね」と言いたげであった。

 あぁ、そういえばアボリジニがなんだとか予想していたなァ。と思ったが、突っ込む元気もなかった。


 結局、ブーメランは私の机に飾られることになった。

 ゴム製であればまだ投げて遊んだりもできただろうが、木製である。こんなものを投げて遊んでは死人が出る。飾るしか使い道はない。

 まったく、厄介なものを買ってきたものだと思いながら、木製のどでかいブーメランを撫でる私であった。

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