A・I・L・I・S ~アイリスちゃんマジ天使!~

英 悠樹

A・I・L・I・S

「ガアアアアアアアアアアッ!」


 うっそうと茂る森の中、咆哮が響き渡る。目の前には狼のような獣。

 狼のよう、と言っても、その大きさはまるで違う。

 体高は2メートル、体長は5メートル近くあるだろう。

 魔獣。ミラージュ・ビーストと呼ばれる存在である。


 向かい合う霧崎拓也は剣を構える。

 剣──と言っても2メートルほどもある大剣。

 何より、彼は生身では無かった。

 彼が纏うのは、ミラージュ・アーマーと呼ばれるパワードスーツ。

 体高4メートルほどのそれに乗り込み、ミラージュ・ビーストと対峙する彼の耳元のインカムから涼やかな声が流れた。


「マスター、行きます!」


 次の瞬間、ミラージュ・ビーストの真横にある茂みから、もう一体のミラージュ・アーマーが飛び込んできた。


 一閃!


 振り払われた剣が、ミラージュ・ビーストの胴を両断する。敵は、悲鳴すら上げられずに絶命した。


「よくやってくれた、アイリス」


 拓也からの感謝の言葉を受け、目の前にやってきたミラージュ・アーマーの胸部ハッチが開く。

 そこから現れたのは美しい少女。銀の髪はさらさらと風になびき、瞳は深い蒼を湛えている。何より白磁のように滑らかな肌。まるで人間では無いような美しさ。

 いや、それも当たり前だ。彼女の正式名称は──


 Artificial

 Intelligence for

 Learning and

 Intelligence

 Support


 通称、アイリスと呼ばれるAIを搭載したアンドロイドなのである。

 アイリスは拓也に向け、にこやかな笑みを浮かべる。


「マスター、もっと褒めてくれていいんですよ。はい、唱えてください、A.M.T.!」

「A.M.T.?」

「アイリスちゃんマジ天使!です」

「ええ……」


 こいつのAI調整した奴、マジ頭おかしい。そう思いながら嘆息する拓也であった。





 時に西暦2078年。世界を襲った恐るべき事態、時空震。それにより、世界各地に異世界につながる穴、ゲートホールが出現する。そこから、巨大な獣が湧き出した。幻想世界の獣という意味で、ミラージュ・ビーストと呼ばれることになる獣たちが。


 彼らは人間に襲い掛かった。ゲートホールが開いて1年後には、犠牲者の数は3万人を超えたのである。


 幸いだったのは、彼らに対しては、既存の武器が効いたこと。最低でも重機関銃クラスの火力が必要ではあったが。対抗するための特殊部隊が各国に組織され、定期的にパトロールすることにより、犠牲者の数は劇的に減少した。


 それでも、犠牲者の数をゼロにできるわけでは無い。根本的な解決のためにはゲートホールを閉じる、あるいは、向こう側の世界に行き、ミラージュ・ビーストがこちらの世界に来ないような対策を施すことが必要だった。


 しかし、ゲートホールを閉じることは現実的な対策足りえない。したがい、向こう側の世界に渡り、対策を施すことが必要と考えられるようになったのである。


 だが、大きな問題が二つあった。


 一つは、ゲートホールが非常に不安定な存在で、現れては消え、また別の場所に現れると言うことを繰り返していたこと。どこに現れるかわからなくては調査もままならない。パターン分析し、90%の確率で次の出現場所を予想することができるようになるまで数年を要したのである。


 もう一つは、こちら側の人間も動物も無機物も、ゲートホールをくぐって、向こう側の世界に行くことができなかったこと。ミラージュ・ビーストは、自由に向こうとこちらを行き来しているにもかかわらず。


 それが、ミラージュ・ビーストの発する特殊な精神波によるものだということが解明されるまで、さらに数年がかかった。仮に、「魔力」と定義された、その精神波は、ミラージュ・ビーストの中枢神経系から発せられることが明らかになる。


 それにより人類は、ミラージュ・ビーストの肉体と中枢神経系を利用した向こう側への渡航を思いつく。出来上がったのが、ミラージュ・ビーストの外皮装甲と中枢神経系を残し、人工筋肉で強化されたミラージュ・アーマー。その外見はまるで二足歩行の鎧竜あるいは板皮類。操縦は、ニューラルリンクにより操縦者とアーマーの中枢神経系を直接つなぐことによって行われるのだ。


 かくして、ゲートホールが出現して10年、ようやく向こう側への渡航が可能となった。霧崎拓也は国連の下に編成された、異世界調査のための多国籍軍への参加を志願し、異世界にやってきたのである。





「なあ、アイリス」

「はい、マスター。半径30キロ以内に味方部隊の存在は感知できません。また、地球側との交信不能。あらゆる電子的ネットワーク、人為的な電波等の発信も感知できません」

「まだ何も言ってないけど」

「この超優秀な美少女アンドロイド、アイリスには、マスターが何を聞きたいかなどお見通しです。あ、3サイズは秘密です」

「聞こうと思ってねえし!」


 到着直後、ミラージュ・ビーストとの戦闘になってしまい、今さらながらに状況を確認しようとしたら、おバカな会話になってしまった。だが、アイリスの答えはまさに拓也の聞きたかったこと。拓也の所属していた部隊は6名。アイリスを含めると7機でゲートホールに侵入したはずなのだ。それなのに、こちら側の世界についてみると、拓也とアイリスの二人しかいない。他の部隊員がどうなったか、それを至急に確認する必要があった。だが──


「マスター、おそらく他の部隊員は異なる場所に飛ばされた可能性が高いと判断します。すぐに見つかるとは思えません。部隊員を捜索するより、安全を確保できるセーフティポイントを探す方が優先度が高いと進言いたします」

「そうだな」


 アイリスの進言は正しい。何より、帰還のためのゲートホールが既に消滅している。次にどこに出現するかはわからない。地球側では出現パターンが予想できるようになったが、こちらの世界ではそうでは無い。こちらの世界で長期間生活することを前提に活動方針を決める必要があった。


「アイリス」

「ちょっと待ってください、マスター」


 セーフティポイント探査のための周辺情報を聞き出そうとした拓也の質問は、しかし、アイリスに制止された。アイリスはそのまま、周囲の状況を伺っている。


「マスター、南方5キロほどの地点にてミラージュ・ビーストが何者かを襲撃しているようです。また、意味は判別できませんが、人間、あるいはそれに類する知的生命体らしき存在が発する言語も確認できます」

「人間だって⁉」

「どういたしますか、マスター?」

「助けに行くぞ、当然だろ!」


 そう言うと、拓也の駆るミラージュ・アーマーは脱兎のごとく駆けだした。「ちょっと待って」というアイリスの制止も聞かず。





「あれだな」

「はい、マスター。やはり、こちらの世界にも人間がいるようです。使用している武器等を見るに、文明レベルは我々の中世~近世レベルでしょうか」


 目の前の崖下では、1台の馬車を守るように数名の兵士たちが巨大なミラージュ・ビーストと対峙していた。それは全長10メートル以上もある二首の竜。兵士たちも善戦しているが、力の差はいかんともしがたい状況。


 その二首竜の一つの首が持ち上がり、頬が膨らんでいく。次の瞬間、炎のブレスが部隊を襲った。


 危ない! その拓也の焦りは杞憂だった。ブレスは部隊に届く前に、何か壁にぶつかってでもいるかのようにとどめられている。続いて、もう一つの首から、今度は氷のブレスが吐き出されたが、同じようにとどめられた。


「マスター、ミラージュ・ビーストの魔力と似た精神波を馬車の中から感じます。おそらくですが、この世界の人間の中には、魔力を持つ、いえ、もっと端的に言うと、魔法を使う者がいると思われます」


 ……魔法。つまり魔力を使って障壁を展開し、ブレスを防いでいるというわけである。そんな漫画やアニメのような光景が目の前で展開されていることに驚きを禁じ得ないが、今は悠長に見学をしている場合ではあるまい。


「行くぞ」

「待ってください、マスター」


 助けに入ろうとした拓也の行動はアイリスに制止された。


「この世界の社会がどうなっているか、我々は全く情報を持っていません。あの人たちの立場がどういうものであるかもです。そういう状況でむやみに現地民と接触を持つのは危険と考えますが」

「そんなこと言ってる場合か!」

「しかし」

「情報は助けた後、あいつらに聞けばいいんだよ!」


 そう言うと、拓也は飛び出していた。残されたアイリスは一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、後に続く。「まったく、仕方がないマスターですね」とつぶやきながら。





「あー、警戒されてるな」

「だからむやみに現地民と接触するなって言ったじゃないですか」


 拓也の目の前には、切り落とされた竜の首。崖から飛び降りた勢いそのままに切りつけ、一撃で首を落とした。もう一つの首はアイリスが。


 二人は見事に一行の危機を救ったのである。だが、竜の首を挟んで対峙する兵士たちは拓也たちに対するあからさまな警戒感を隠そうともしない。


 無理もない。ミラージュ・アーマーの装甲は、ミラージュ・ビーストの外皮をそのまま使ったものだ。見た目だけなら、竜を葬った、より強力な怪物が現れたと見えることだろう。


 剣を構えながら、口々に何かを叫んでいる兵士たちの言葉は全く理解できない。当然だ。まったく異なる世界なのだ。言葉が通じる方がおかしい。


 そこに馬車の扉が開いて、女性が姿を現した。豊かな金髪に、少し垂れ目気味の優しそうな瞳。ゆったりとした白いローブの上からもわかる女性的な柔らかさ。


 彼女は押しとどめようとした兵士に何かを答えると、拓也たちの方を向いた。その時、インカムからアイリスの声がする。


「マスター、言語解析完了しました。インカムを通して会話ができます」


 拓也が身に着けているインカムはただの通信機ではない。アイリスの子機である。このインカムを通じて双方向の情報共有が可能。そして、その名が示す通り、情報収集、分析、諜報を主任務とするアイリスはこの短時間に、地球とは全く異なる言語を解析してみせたのだった。


 そのインカムから、アイリスとは別の女性の声がする。


「こんにちは。あなた方はどなたなのでしょうか?」


 気が付くと、白いローブの女性が目の前まで来ている。護衛の兵士たちがおろおろと女性と俺たちを見比べているが、女性はそんな兵士たちの心配をまるで気にしてないかのように拓也たちに話しかける。拓也は胸部ハッチを開いた。インカムから「マスター⁉」というアイリスの焦った声が響くが気にせずに。


「失礼しました。私は霧崎拓也と申します」

「キリ……サ……キタク……ヤ……様?」


 周りの兵士たちは、怪物の中から人間が出てきたことにどよめいているが、女性の方は、それよりも聞きなれない名前に戸惑っているようだった。


「ああ、聞きなれない名前ですよね。それでは拓也とお呼びください。それが個人名です」

「……タクヤ様、ですね。了解しました。私はサリナと申します。王都の神殿で大聖女を務めております。この度は危ないところを誠にありがとうございました」

「いえ、当然のことをしたまでです」

「それで、あの、もうお一方の方は?」


 サリナのその言葉に、アイリスの乗るミラージュ・アーマーのハッチが開いた。降りてきたアイリスの姿を見て、また、どよめきが起きる。


 それは拓也の時のような、怪物の見た目をしたミラージュ・アーマーから人間が出てきたことに対する驚きではない。純粋にアイリスの美しさへの称賛だった。


「サリナ様、アイリスと申します。拓也様の専属メイドにございます」

「おい!」


 拓也の抗議を無視して、アイリスはサリナに挨拶をする。その自己紹介に、周りからの拓也への視線に羨望が混じるようになったのは気のせいだろうか。


「そうなのですね。それではタクヤ様、アイリス様、お礼をさせていただきたいのですが、王都までご一緒いただけないでしょうか」

「もちろんです」

「マスターぁ……」


 相談もせず即決してしまったことへのアイリスの恨み節をインカムから聞きつつ、拓也はサリナ一行と共に王都に向かうのだった。





 王都に到着したのは夜も遅い時間だった。一行は大神殿に向かい、拓也とアイリスも一室を与えられて、今は休んでいるところ。到着が夜遅かったため、歓迎の宴は明日以降となったのは、彼らにとってもありがたかった。


 さて、最低限の打ち合わせのみして、後は就寝というところなのだが、拓也は戸惑っていた。


「アイリス、なんで俺と同じ部屋なんだ? それにベッドが一つしか無いし」

「サリナ様に『拓也様の夜のお世話も専属メイドの大事なお仕事です』と言ったら、顔真っ赤にして、この部屋を用意してくれました」

「おい!」

「もちろん冗談です。拓也様と同室にしてもらうための方便にすぎません」


 どういうことだと視線で問う拓也に、アイリスはそれまでの揶揄うような表情を消した。


「マスターの安全のためです。マスターはサリナ様を信用されたのかもしれませんが、私はまだ、この世界の人々を信用したわけではありません。マスターに十分な休養を取っていただくために、私が寝ずの番をいたします」

「それだと君が大丈夫なのか?」

「私はアンドロイドですから。睡眠は不要です」


 真剣な表情で訴えてくるアイリスを拓也はしばらく見つめていたが、視線を落とす。


「わかった。お前には迷惑かけるな」

「わかっているなら、もっと慎重に行動してください。サリナ様と会った時も、いきなりハッチを開けて。飛び道具を持った伏兵がいたらどうするつもりだったんですか?」

「でも、そういうのはいないと、お前にはわかってたんだろ?」

「もちろんです。ですが、この世界の住人は魔法を使います。どのような攻撃があるかわかりません」

「魔法か……」


 拓也は考え込む。二首竜のブレスを防いでいた魔法障壁。おそらく魔法はあれだけに留まるまい。何より、二人は王都に到着した時、その高度な魔法技術の片鱗を目の当たりにしたのだった。


 それは、王都全体を覆う魔法障壁。あらゆる魔法・物理攻撃を防ぐだけでなく、探知を難しくする効果もあると言う。あれだけの障壁を展開するための魔力をどうやって供給しているのか、拓也たちにはさっぱりわからなかった。


「この世界の文明は、我々の世界より数百年は遅れています。ですが、魔法があることを考慮すると、無力な存在ではありません。十分気を付ける必要があるかと」

「……わかったよ」

「わかっていただければいいのです。それでは、マスターはお休みください。超絶美少女アイリスちゃんが見守ってあげますから」


 美少女アンドロイドから、いつの間にか超絶美少女にランクアップしているが、まあいいか。そう、拓也は苦笑いする。こうして異世界最初の夜を、彼は驚くほど安らかに過ごしたのだった。





 翌朝、拓也が目覚めると目の前にアイリスの顔があった。なぜか一緒の布団にくるまっている。


「何してるの、アイリス?」

「独り身で寂しいマスターのために、朝チュン気分を演出してみました」

「何それ……」


 軽い頭痛を覚えながら拓也が身を起こすと、アイリスも布団から出る。その姿は昨夜までと違っていた。


「えーと、なんでメイド服なんか着てるのかな?」

「私はマスターの専属メイドですから。サリナ様にお願いして神殿の備品を貸してもらいました」

「ええ……」


 いったい何考えてるんだろうな、こいつ……と思わないでは無いが、拓也はその言葉を飲み込む。一方、アイリスからは新たな情報があった。


「マスター、サリナ様から朝食のお誘いが来ています。テラスに行きましょう」


 そう言って、拓也を着替えさせると、ずんずんと手を引っ張っていくのだった。





 テラス席には、サリナの他に、若い男が待っていた。プラチナブロンドの髪に翠の瞳。かなりのイケメンである。


「タクヤ様、紹介いたします。このレスティナ王国の王太子レルクス殿下です」


 サリナの紹介に拓也は驚く。いきなり王族が出てくるとはどういうことかといぶかしむが、まずは非礼にならないように挨拶しようとしたら遮られた。


「よい。社交の場では無いゆえ、堅苦しい挨拶などは抜きだ。タクヤ殿と言ったな。今日は折り入って貴兄に頼みがあるのだ」

「レルクス様、そう急いては失礼ですよ。まずはお食事といたしましょう」


 サリナに取りなされ、食事となったが、アイリスは席に座らない。「自分はメイドだから」と言って、拓也の後ろに控えている。事ここに至って、鈍い拓也でも理解できた。彼女がメイドの格好をした理由を。


 アイリスはアンドロイドである。人間の食事はできない。食事に誘われ、何も食べなければ、相手の不興を買うだろう。だが、自分は従者だから、メイドだからと言っておけば、食事の席に同席しなくともおかしくない。拓也は改めて、ここまで想定していたアイリスの先見の明に感嘆したのだった。


 さて、食事が終わり、レルクスの代わりにサリナが説明を始める。


「タクヤ様は遠い異国からいらっしゃったとのことですので、ご存じないかもしれませんが、我が国は今、魔王軍の脅威にさらされています」

「魔王軍、ですか?」

「はい。北の果てにある『最果ての迷宮』。かつてそこに封じられた魔王が10年ほど前に復活したのです。異界に閉じ込められていた魔王が復活した衝撃はすさまじいものでした。大地に大穴が開くほどの。その衝撃で、当時そこにあった国は滅亡しました。それだけではありません。魔王は異界から次々と自らの眷属を召喚するようになったのです」


 話を聞きながら、拓也は内心穏やかではいられなかった。10年前の魔王復活。国が亡びるほどの衝撃。眷属、おそらくはミラージュ・ビーストの召喚。それらと地球での時空震に始まる一連の事態は関係が無いと言えるだろうか。


「その魔王軍の侵攻に対し、恥ずかしいことに人間側は一枚岩になっていません。魔王軍の配下に入った方が得策だと考える者たちも多いのです。私はレルクス様の名代として、各地の領主たちの説得に回っておりましたが、その帰途、行程を秘密にしていたにも関わらず、魔王軍の襲撃を受けました」

「つまり領主たち、あるいは王宮内に裏切り者がいると言うことですね」


 アイリスが口を挟む。メイドが横から口出しするなど、不敬と言われかねないが、話題が話題だけに、レルクスもサリナも咎めなかった。むしろ二人とも頷いている。


「その通りだ。今や身内の方が信用できない。ついてはタクヤ殿にお願いがある。貴兄の持つ力はかなりのものと聞いている。どうか我々と共に戦っていただけないだろうか」


 サリナから話を引き継いだレルクスは頭を下げた。王族が頭を下げるなど、ただ事では無い。だが、拓也も即承諾……と言うわけにはいかなかった。


 個人的な思いだけで言えばすぐにも同意したい。魔王復活のくだりも地球の事態とリンクしているように思える。魔王を討伐すれば事態は好転するのではないかという予想も立てられる。だが、彼は一兵士に過ぎない。地球側を巻き込む可能性のある決断を下していいのか。だが、迷う暇など無かった。


 ドオオンッという、突如響き渡る大音響。それと共に大きく上がる煙と炎。その爆発に腰を浮かせた王太子と大聖女のもとに兵士が駆け込んできた。


「大変です! 結界の魔道具が破壊されました!」


 結界の魔道具。王都全体を守るように張られた障壁。そのための魔道具が破壊されたと言うことか。そう、推測する拓也の耳元にアイリスが囁いた。


「マスター、手遅れです。この街はもう完全に包囲されています」


 外からの攻撃を防ぐだけでなく、探知をも阻害する障壁。それは同時に中から外の探知も難しくなるということ。アイリスのセンサーすら阻害した障壁が消えた時には、王都は魔王軍の包囲下に置かれていたのである。





「凄いな」


 拓也とアイリスは街の外壁の上に立ち、外を眺める。ミラージュ・アーマーを纏って。その視線の先には、数千のミラージュ・ビーストがひしめいていた。一体一体が精鋭の兵士10人分以上の力を持つ怪物が数千。しかもそれは見える範囲でだ。全体を合わせるとどれほどの数になるのか、見当もつかない。


「魔王軍七将の一人、ヴァレーラの軍ですね」

「七将?」


 横に立つサリナの言に拓也は問い返す。その問いにサリナは頷くと何かを唱えた。すると、目の前の空間が歪み、遠くの風景が間近に見える。まるで望遠鏡を使ったように。そこに見えるのは褐色の肌の妖艶な女性。巨大なミラージュ・ビーストの背に設けられた玉座のような椅子に座りながら、こちらを悠然と見つめている。


「魔王直属の7人の軍団長たちです。ヴァレーラは中でも残忍な性格で知られています。たとえ降伏しても我々は皆殺しでしょう」


 生き残るためには戦うしかない。既に戦いの火ぶたは切られ、味方の魔法使いらしき一団が魔法による攻撃を始めていた。


 その魔法攻撃はかなりの威力。ちょっとした燃料気化爆弾くらいの破壊力がある。だが、いかんせん詠唱に時間がかかり、連射が効かない。圧倒的な敵の数の前に押されがちだ。


 どうすればいい。考え込む拓也の耳元にアイリスの声が響いた。


「マスター、手はあります。ミラージュ・ビーストは主体的な意思を持っていません。指示に従っているだけです。ですから、指揮官であるヴァレーラを倒せばいいのです」

「だけど、どうやってヴァレーラのところまで行く? かなりの距離があるぞ。それまでに何体のミラージュ・ビーストと戦うことになる?」

「それも大丈夫です。ミラージュ・ビーストは、どうやら魔力で敵味方を識別しているようです。サリナ様など人間の魔力も彼らと似てはいますが、微妙に違います。ですが、ミラージュ・アーマーの魔力は、彼らと全く同じ。こちらから攻撃しない限り、彼らはこちらを敵と認識しないでしょう」


 そう言うことか。こちらの世界に来たばかりの時に戦闘になったのは、攻撃を仕掛けてしまったから。ならば攻撃をせず、このミラージュ・ビーストの群れを突っ切る!


 拓也たちは作戦をサリナに伝えると飛び出した。そのまま群れの中を逆走していく。そして、アイリスの読み通り、攻撃は無かった。あっという間に二人はヴァレーラのもとに立つ。


「何者だ、貴様ら」


 さすがに七将ともなると他とは違う。こちらを明確に敵と見定め、睨みつける彼女の姿は一見人間と見まごうもの。しかし、その眼は黒く、瞳は金色。そして瞳孔は猫のように縦長だった。


 先手必勝! 拓也はヴァレーラに斬りつける。しかし、その攻撃は障壁によって防がれた。


「いい度胸だ! 俺様にケンカを売るとはな!」


 次の瞬間、突き出した彼女の手から炎が噴き出した。それは全てを焼き尽くす炎の魔法。やられる! 拓也がそう思った瞬間、目の前にアイリスの乗るミラージュ・アーマーが自らを盾とするかのように割り込んできた。


「アイリスーーっ!」


 炎に包まれるアイリスを幻視して拓也は絶叫する。だが、彼女は無事だった。彼女の前に障壁が展開している。それはおそらくはサリナが遠隔からかけた魔法防御。同時に、拓也の持つ剣が光を帯びる。サリナによる光属性魔法の付与エンチャント。ヴァレーラの障壁を切り裂くための。


 拓也は突貫した。自らの放った炎魔法で視界を塞がれたヴァレーラの不意を突く形で。思い切り振るわれた剣は、障壁ごとヴァレーラの肩から胸までを切り裂いた。彼女の瞳が信じられないものを見るかのように見開かれる。


「おのれ、人間が……。覚えていろよ。撤退、撤退だ!」


 普通の人間なら絶対に生きていないであろう深手を負いながら、彼女は味方部隊に指示し、撤退していった。




 全てが終わった後、緊張から解き放たれた拓也は、ミラージュ・アーマーから降りて、地べたにへたり込んでいた。


「大丈夫ですか、マスター」


 そこに手を伸ばすアイリス。拓也はホッとすると同時に、少しだけ怒ったような表情を見せた。


「アイリス、俺の盾になろうなんて無茶をするな!」

「なぜですか? 私はアンドロイド。マスターを守る義務があります」

「君はただのアンドロイドじゃないよ。君は大切な……なんと言ったか、そうだ、A.M.T.だ。俺にとって君は本当に天使なんだから」

「……」

「アイリス?」


 一瞬フリーズしてしまったアイリスを心配する拓也に、彼女の優しい笑い声が響く。


「マスターの属性に『女たらし』を加えました」

「何だよ、それ?」

「マスターの行動パターンを予測するためのパラメータです。マスターは女たらしと認識して今後の行動計画を立てるようにしますね」

「……」


 最後グダグダになってしまったが、まあいいかと拓也は考える。何より全てはこれからだ。魔王を倒し、ミラージュ・ビーストの脅威を無くす。そして地球に戻る、アイリスと共に。そのための戦いは始まったばかりなのだ。

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