のにきちのなてら

羽間慧

のにきちのなてら

 今日の勤務が終われば、土日とお盆休みを合わせて六連休になるという日の午後です。お盆前最後の駆け込みに来るであろう生徒のために、職員室で待機していました。


 国語の先生に添削をお願いしたいと来る生徒は、少なくありません。手書きで書いた紙か、タブレットを持参して訪ねてきます。


 学校推薦型選抜や総合型選抜入試を利用したい生徒は、出願時に志望理由書を提出しなければいけません。

 大学によって文字数は変わりますが、八百や千五百くらいの文字数を書かされます。書く内容としては、大学・学部を選んだ理由、大学四年間の目標、高校生活で最も力を入れたこと、大学卒業後にどのように社会貢献したいかなどです。

 出願時に提出した志望理由書をもとに、面接で深く質問されます。なあなあで高校生活を過ごしてきた人にとっては、大いに苦しむ受験方法です。文字数を膨らませるために綺麗ごとを並べ立ててしまえば、面接のときに答えられなくなってしまいます。


 大学の先生もゴーストライターの存在は気づいているでしょうから、事実ではないことを盛り込みすぎないように、高校生の文章力を保った状態で添削していきます。


 今日の依頼者はメールを送ってきました。生徒が共同編集として招いてくれた文書ファイルを開き、修正を入れたいところにマウスを動かします。いつも通りキーボードを打つ手元は見ずに、加えたい単語を赤色の文字で入力したはずでした。


 私は目を疑いました。

 画面に表示された羅列は、入力したい文字ではありません。一つや二つの打ち間違いどころか、原形をとどめていませんでした。日本語とは縁遠い響きの言葉だったのです。入力モードや入力言語の設定を変えていないにもかかわらず。


 のにきちのなてら


 困惑する私の顔を嘲笑うように、その羅列は赤く表示されていました。「あ」から「A」に変えたツールバーをもう一度動かし、入力したかった文字を打ってみました。


 のにきちのなてら

 kigakuwo

 のにきちのなてら

 kigakuwo

 のにきちのなてら


 貴学を、と打ちたいだけなのに。

 ひらがなだけが思い通りにいかないのです。


 半角英数字で打ったものは、変換キーを押してもひらがなになりません。ほかのキーはいつも通りの仕事をする中、かなだけが機能してくれません。午前中は異常がなかったパソコンを、呆然と見つめます。


 いくら「N」と「K」のキーが遠くない距離に位置しているからと言って、何度も打ち間違えることがあるのでしょうか。「I」と「O」は隣同士ですけど。


 キーボードに目線を落とした私は、押した場所が間違いではなかったことに気づきました。「K」のキートップには「の」の文字も印字してあったのです。


 かな入力がオフになっていた理由は分からずじまいです。

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のにきちのなてら 羽間慧 @hazamakei

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