人間と亜人と殺人鬼


 拠点を建てることに適した場所を見つけた俺達は、本格的な冬が訪れる前にできる限りの準備をした。


 まずは住居。


 当たり前だが、雨風を凌げる家が無ければ人々は暮らしていけない。


 それはオーガも例外ではなく、真っ先に着手された仕事であった。


 本来なら食料問題を真っ先に解消するはずだったのだが、食料問題はエレノトが何とかしてくれる。


 こういう時のエレノトは信頼出来るらしいので、彼女に食料問題は全て丸投げする形となった。


 それから2週間後には、本当に大量の食料を持ち帰ってきたのだから驚きである。


 この拠点から最も近い場所で歩いて3瞬間程かかるはずなんだけどな........一体どうやって移動したんだこの女は。


 どう考えてもありえない速度で食料を調達してくれたおかげで、冬の食料を心配することは無くなった。


 また、建物もオーガ達の並外れた筋力と器用な手先によって作られてあっという間に完成。


 一家族一軒の家は無理だったが、少し詰めれば全員が暮らせるだけの家が完成したのである。


 それと並行して、さらに木で出来た壁も建設。


 火にとても弱いのは明白だが、それでも拠点の周囲を魔物から守ってくれる。


 火を使うのは基本的に人間や亜人が主だからな。魔物を警戒するだけなら、これで十分だろう。


 なお、この壁の建設は俺もかなり多くのことに携わっている。


 昔、未来で難攻不落とされた城の構造をある程度真似るために、設計図を描いたりしたので、かなり守りは強固なものとなっている事だろう。


 問題があるとするならば、やはり火に弱いということぐらいか。


 ちなみに、俺は建築学も多少学んでいる。懐かしいな。冒険者の仕事で建築系の仕事を受けた時に、そこの親方に色々と教わったものだ。


 基礎的な部分しか教わってないのだが、それでも建物の構造を理解することで内部もある程度は把握出来る技術を身につけたものである。


 まぁ、その知識だけを頼りにしていると痛い目を見るのだが。


 こうして、オーガたちの新たな村が出来上がったのであった。


 その間僅か2週間と数日。


 人間達だけで行えばもっと多くの時間が掛かっていただろうから、オーガの身体能力の高さと手先の器用さが伺える。


「これでいいのか?」

「そうだ。そこから腰を大きく落とし、拳を突き出す。拳の打ち方を知っているだけで、本来の倍近い威力が出るんだぞ」

「へぇ。ノワールはなんでも知ってるな」


 村作りが一段落し、オーガ達がそれぞれの生活を安定させようと試行錯誤を始める中、俺は兼ねてよりダレスと約束していた人間の武術を教えていた。


 過去に教えたことがあったのだが、それは炎と共に消え去ってしまっている。


 また一から全てを教える必要があるのだが、これはこれで楽しいので俺としては不満はない。


 ダレスもかなり賢い頭を持っているだけに、物覚えが早くて教える側も楽だしな。


「こうか?」


 パン!!と弾ける音と共に、ダレスが拳を突き出す。


 その拳は俺と最初に喧嘩した時よりも圧倒的に早く、そして圧倒的な破壊力を秘めていた。


 以前の拳は防御すればギリギリ耐えられるであろう威力だったが、今の拳は防御したら俺の腕がへし折れるな。


 しかも、粉々に砕かれる可能性が高い。


 これでダレスが実践を経て相手に攻撃を当てる術を身につけたら、俺なんてあっという間に殺せるだろう。


 今はまだ経験という点で大きく勝っているから俺が勝てるが、その有利も身体能力であっという間に覆されるのが戦いというものだ。


 つくづく自分の弱さに悲しくなってくる。


 戦ってもあまりにも弱すぎるから、斥候役と言う戦闘を必要としない役職を選んだのは正解だった。


「お、ダレスにノワールじゃないか。何をしてるんだ?」

「オーレン。村の仕事はいいの?」


 ダレスに武術を教えていると、暇をしていたのかオーレンが顔を出す。


 最初こそ俺の事を敵視していたオーレンであったが、共に人間と戦う内に仲良くなり今となってはその肩に乗せてもらえるほどになった。


 俺が移動に疲れていると、オーレンは積極的に俺を担いでくれたものだ。


 どこぞの殺人鬼がそれを見て、俺をひったくるまでがワンセットだったが。


 そのためか、オーレンはエレノトのことを少し恐れている。


 そして“お前も大変なんだな........”と同情の視線を向けられた。


 オーレン。分かってくれるか。


 あの頭のネジがぶっ飛んだ殺人鬼に追いかけ回される俺の気持ちが。寝る時になるといつも俺の後ろに回ってきて、抱き枕のようにされる気持ちが。


 エレノトは客観的に見てもかなり美人であるのは間違いない。体つきもかなりのものだし、何も知らない野郎がエレノトを見れば鼻の下を伸ばすことだろう。


 しかし、しかしである。


 そんな相手に12回も殺されてみろ。そんな奴のせいで78回同じ時間を繰り返してみろ。


 当然ながら苦手意識は出てくるし、なんなら殺意すら湧いてくる。


 二回ほど腰のナイフを持って突き刺してやろうかと思ったぐらいだ。どうせ死なないんだし、苦しみだけでも味わえと。


 その後が怖くて結局やらなかったが。


 そんなこんなで、俺はエレノトがあまり得意ではない。


 ........なんの話しをしてたっけ。


「村の仕事は大方片付いたな。どうやら少し森の奥に行くと、動物が多く生息する場所があるみたいでな。魔物もいるから危険なんだが、狩りには適している」

「へぇ。中々当たりの場所を引いたかもな」

「だな。今年の冬は食料の心配をしなくて良さそうだ。エレノト姐さんが持ってきてくれた分だけでも十分な量があるし」

「あれ、1人で持ってきたんだよな?どうやって........?」

「そりゃ、担いできたんじゃないか?........え、あの量を?」


 気がついたかオーレン。


 エレノトは明らかにひとりでは運べないようなレベルの食料を、1人で運んできていたのだ。


 オーガでも持ち上げるのが難しいであろう量の食料を、たった一人で、しかも森の中を汗ひとつ流すことなく持ってきたのである。


 明らかに1人だけ次元が違う。


 オーガよりも肉体的に優れた種族とは聞いていたが、竜人族ってもしかして相当やばい種族なのでは?


「エレノト姐さんって、俺達が思っているよりもやばいのか?」

「だろうな。あいつは皇帝すらも暗殺して見せた生粋の殺し屋だぞ。俺達とは生きている次元が違うんだよ」

「ヤベーなあの人」

「な、に、が、やばいのかしら?私にも聞かせて欲しいわね?」

「「........」」


 オーレンとエレノトの異次元っぷりを話していると、ご本人が登場する。


 当たり前だが、俺とオーレンはだんまり。どこまで会話を聞かれているのか分からないが、少なくともエレノトが軽く怒っているのは感じ取れる。


 まったく気配を感じ取れなかった。いくら村の中とは言っても、最低限の警戒はしていると言うのに........


「エレノト姐さんがすげぇなって話っすよ。な?ノワール」

「そうだな。エレノトが如何にすごいのかを話してた」


 何とか誤魔化そうとする俺達。


 しかし、オーレンはともかく俺には逃げ場がなかった。


「あら?あらあら?私がすごいだなんてそんな恥ずかしい。そんなに私がすごいと思うなら、ほらノワール。おいで」

「なんでだよ」

「凄い私へのご褒美?ちなみに、断ったらオーレンを殴るわ」

「なんで?!」


 理不尽の権化。これが爆殺魔エレノト。


 俺はオーレンの肩に手を置くと、速攻で後ろを向いて逃げ出す。


 済まないオーレン。俺のために犠牲になってくれ!!


「ノワール!!てめぇ!!」

「あら、2人して逃げるの?これはお仕置が必要ね?」


 こうして、村の中で鬼ごっこが始まった。


「なぁ、俺は?」


 ダレスを放置したまま。

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7665回死んでから始まる魔王道 杯 雪乃 @sakazukiyukino

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