第13話
「おーい、そろそろ起きない?」
聞き慣れた相棒の声に引っ張られて、俺の意識は浮かび上がった。
「あー…すまん、ちっと寝過ぎたか」
俺が起き上がると、いつもの相棒の姿があった。相棒は近くでもいできたであろう木の実を齧りながら、俺にも同じものを手渡してきたので、ありがたく受け取った。
「なあ、俺の顔、いつもと同じか?」
夢にしては妙に生々しい感覚が残っていて、ちょっと不安になって訊ねる。
「ん?いつも通りおっかなくてむさ苦しい顔だけど。変な夢でも見た?」
そんな俺に相棒はいつも通りへらへらと笑って返す。
「ん…まあな。疲れる夢だった」
俺は身支度を整えて立ち上がると、相棒と連れ立って歩き出した。
「な…なあ、お前のおっかさんて、今どうしてるんだっけ」
唐突で変に思われようが、俺は気になって仕方ないことを訊かずにはいられなかった。相棒は一瞬きょとんとした後、呆れ声で言った。
「今から会いに行くところでしょ。昨日話してたのもう忘れたの?」
それを聞いた瞬間、俺の脳裏に突然記憶が蘇った。蘇ったというより、なかった所に書き加えられたような唐突さがあった。だがその違和感はその瞬間だけで、すぐに前からあったものとして俺の中に落ち着くのだった。
「ああ、そうだったな、すまねえ。まだちっと寝ぼけてるらしい」
ただの土の地面だった村への道は、きちんと舗装されていて時の流れを感じさせた。俺の感覚ではさっきまでそこを走ったり歩いたりしていたので、妙な感じだった。
「お久しぶりですね、坊ちゃん」
獣人の村のはずなのに俺たちを出迎えたのは、老年に差し掛かったヒューマンだった。その顔に俺は既視感があった。そう、川の中で覗き込んだ己の顔。
「なあ、この人って・・・」
ほぼほぼ確信めいた気持ちを抱きながら相棒に訊ねる。
「ああ、この人は僕の命の恩人だよ」
や っ ぱ り か !俺のガワの人、実在してたんだ。
「・・・よかった、元気そうで・・・かなり無茶させちまったから・・・」
「お!?猫さん、なに泣いてんの!?気持ち悪っ!」
だって・・・仕方ねえだろ。ま、気持ち悪いのは認める。
「ダンジョンのトラップか何かに引っかかったんでしょうね。記憶を失ってさまよっていたところ、坊ちゃんとお会いできたのは私にとっても幸運でした」
おかげでこの村でずっとご厄介になって、この歳まで無事に暮らせてますからね、と俺の(元)ガワの人は語った。もしかすると元々記憶喪失で自我が不安定だったから俺が中に入れたのかもしれないな。むしろ俺が乗り移ったせいで記憶喪失になったのでは、という一抹の不安もあるが。まあ、今幸せそうだからよかったということにしておこう。
「坊ちゃん。母上に会いにいらしたのでしょう?ご案内しますよ」
ガワの人(元)は俺たちの先に立って歩き出した。
「さあ、着きましたよ」
俺たちの目の前には、ポツンと建てられた小さな墓がひとつ。
―というビジョンが一瞬見えたが、それはすぐに消えた。
俺たちの目の前には、上品なたたずまいのご婦人が立っていた。
「立派になりましたね」
「はい。友人であり、師でもある彼のおかげです」
俺は相棒が見たことのないようなパリッとした態度でご婦人に答えているのを目の当たりにして、呆気にとられていた。考えてみれば元王子なんだからそれくらいの芸当できるはずなんだが、普段とのギャップがあまりにも、その。
俺は相当なマヌケ面をしていたのだろう、ご婦人から(・・・え、コイツが?)というような怪訝な目を一瞬向けられてしまった。しかしさすがは元王子の母、すぐに気を取り直して、俺の方に向き直った。
「王位継承権を捨てて冒険者になるといいだした時には、どうなることかと思っていましたが、どうやら杞憂だったようです。これからも息子をどうか、お願いいたします」
俺はその言葉に頷きながら強烈な違和感を覚えていた。俺の記憶では、相棒は王位を捨てたのではなく、計略にかかって命を狙われたのを利用して、王子としての自分を葬ったはずだ。これは間違いない。なぜならその時に俺たちは出会ったのだから。
しかしその記憶の上に、別な形での新しい情報が重なってくる。
俺は過去を変えてしまったようだ。
この日はそのまま村で歓待を受けた。俺は賑やかな接待に少し疲れて、この村名物の七色に輝く毛玉たちのパレードを少し離れたところから一人で眺めていた。
現在が変わってよかったじゃないか。
亡くなっていたはずの相棒のお袋さんは今も元気で、相棒ともこうして会うことができている。相棒も側近に裏切られて国を追われるなんて目に遭うこともなく、自らの意思で自由を手に入れた。
今の方がいいに決まっている。
それなのに、こんな寂しい気持ちになるのはおかしいだろう。
俺の覚えている過去を、相棒が覚えていないことを残念に思っている。
俺はなんて身勝手なんだ。相棒に合わせる顔がない。
「どしたの」
気が付くと、相棒が隣に座っていた。
「飲みすぎたみたいでな。少し酔いを醒ましてた」
俯いたまま答える。
「ふーん。酔ったにしては辛気臭いねえ。酔い覚ましにウカレポンチキノコでもたべる?」
思わず顔を上げると、俺と視線の合った相棒はニヤリと笑った。
「ね、子どもの頃助けてくれたのってさ、実は猫さんでしょ」
「んなわけねえだろ。当時俺だってガキだったんだから。なんでそう思うんだ」
「いや、見た目はあの人だったけど、振る舞いはどう考えても猫さんだったよ。その後のあの人はなんとかする男、なんて一度も言わなかった」
「・・・夢だと思ったんだがなあ」
俺は頭を抱えた。
「知らないうちに過去を変えるなんて、とんでもないことしちまった」
「僕ね、あの時の猫さんに憧れて冒険者になろうと思ったんだ。だから斧使いになったんだし」
「・・・まじか」
ええ・・・めっちゃ照れる。おもはゆい、ってこんな気分か。
相棒はいつになく穏やかで優しい口調で続ける。
「猫さん。いつもなんとかしてくれて、ありがとう。子どもの時も、家臣に嵌められて一緒に初めて闘ってくれた時も」
「おい!それって・・・」
「忘れるわけないじゃない、僕の世界が一気に開けたあの時のことを」
こんなこと、あっていいのかよ、と俺はつぶやいた。
いろんなことが、なんとかなりすぎでこわいくらいだ。
時空を超えて迷子になったはなし エンプティ・オーブン @empty0VEN
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