天霊戦騎エインヘリアル
九澄アキラ
プロローグ
「ラグナロク」
「ハァ……ハァ……」
白き甲冑を血に染め、鳥の意匠を持つ巨大な騎士が剣を振るう。
黄昏に染まる世界で大切なものを守るため、迫りくる巨人を次々に薙ぎ倒していく。
彼の名はカナリア。
地上の調和を守る神の戦士「エインヘリアル」の1人だ。
――古代より続いてきた天界の神々と巨人族の抗争は、星の世界より飛来した邪竜の討伐を経て大きな転機を迎えた。
神々は戦場で勇敢に戦い死んだ人間達の魂と、様々な動物の因子を用い、巨人に匹敵する大きさの戦士エインヘリアルを創り出した。
巨人を上回る力を持ったエインヘリアルの登場により、戦いは激化。
ついに最終戦争ラグナロクが勃発する。
今、ここより遠く離れたヴィーグリーズの野では、エインヘリアルの本隊を含む神々と巨人の軍勢が互いの総力を持って相手を撃滅せんと決戦を繰り広げている。
そんな中、カナリアは小さな村を守るために孤軍奮闘していた。
兜ごと両断された巨人が、その冷血さを示すかのような青い肌と醜い素顔を晒す。
複数いる巨人の種族の内、この地に侵攻してきたのは氷の巨人ヨトゥン。
カナリアが救援に駆けつけた時点で、人間の戦士達はすでに壊滅状態にあった。
荒れ狂う濁流のごとく迫る巨人達を前に、人の力はあまりに無力だ。
自分が倒れたら村はまたたく間に蹂躙されてしまうだろう。
どんなに敵が多くとも、退くわけにはいかない。
その覚悟がカナリアを奮い立たせる。
己の背後には生まれ育った村が……人であった頃の故郷がある。
家族がいる。
親友だっている。
そして、大切な想い人も……。
「これ以上……お前達の好きにはさせないっ!」
翼を羽ばたかせ、空中から次々と敵を斬り伏せる。
巨人は空を飛べない。
己の優位点を活かし、数で勝る敵に拮抗し続ける。
射掛けられた矢を盾で弾き、斬り裂いて、斬り裂いて、斬り裂いて……。
既に数十人は屠っただろうか。
女神の加護を受けた剣にも次第に刃こぼれが生じ、一刀両断とはいかなくなる。
体力にも余裕がなくなってきた。
だが、敵はまだ数えるのも面倒なほど残っている。
ここで膝をつくわけにはいかない。
「1人ずつ倒しても、埒が明かないか……」
カナリアは剣を鞘に収め、左手にはめた魔術の指輪をかざす。
成るべき事象を想像し、現れた魔法陣に剣を突き入れると剣は鞘ごと巨大化。
彼の身長ほどもある、無骨で黒い刀身を纏ったバスターソードへと変化した。
目の前の隊列に狙いを定め──。
「はああああぁっ!」
跳躍、そして一閃。
長大な鈍器と化した剣は受け止めた巨人の武器、甲冑、肉体をまとめて叩き潰した。
叩き付けた衝撃は波となり、周りの巨人達まで吹き飛ばしていく。
「ひぃっ……」
一瞬で肉塊と化した仲間を見て巨人達がたじろぐ。
その隙を見逃さず別の隊列へ飛び込み――。
「おおりゃあああああ!」
今度は右から左へと扇状に薙ぎ払う。
力強く、水平に振るわれた長大な刀身は複数の巨人を巻き込み、その肉体をもろともに破壊する。
巻き起こされた衝撃波と強大な遠心力によって巨人達は吹き飛び、無数の肉弾となって後方に控える集団にも打撃を与えた。
「おのれえええ!エインヘリアルー!」
敵陣の真ん中へ入り込んだカナリアを左右から挟撃せんと巨人が殺到する。
剣を元の大きさに戻し、カナリアは大地を蹴る。
宙返りするように天高く飛翔したカナリアを巨人達が目で追い、足が止まる。
放物線の頂点で身体を翻したカナリアは再び魔術を発動。
背中から生えた一対の飾り羽根から、クナイのように尖った先端が眼下の巨人達めがけて放たれる。
撃ち出された先端は仕込まれた魔術により無数の光刃に分裂し、巨人達へ雨あられに降り注いだ。
「グアアアアアア!」
甲冑を食い破り、肉体へと突き刺さる光刃。
被弾した巨人達の苦悶の声が響く。
だが、彼らの苦しみはすぐに終わった。
光刃は次々に爆発し、辺り一面が光と熱に包まれる。
爆風で舞い上がった砂埃が黄昏の光に照らされ、風で流れていく。
「ぬうぅ……」
仲間を盾に光刃と爆発を凌いだリーダーらしき巨人が、その屍を無造作に投げ捨てる。
今の攻撃は対集団用のとっておきの技だ。
飾り羽根の再生にはしばらく時間が掛かる。
虎の子の一発を放ったカナリアは巨人達から大きく距離を取った。
しばしの膠着――。
カナリアは左手のブレスレットに見つめ、村の方を振り返った。
この身体になって強化された視力が、山の洞窟に避難している村人達を捉える。
同じ柄のブレスレットを付けたあの娘が手を合わせ、心配そうにこちらを見つめている。
俺は大丈夫だ――。
そう伝えるように拳を握り、絆の証を彼女に示す。
摺り足でじりじりと距離を詰める音が耳に届き、巨人へ向き直る。
剣を構え、息を整える。
消耗具合は五分五分。
この命が尽きるまで、最期まで戦い抜く。
カナリアが改めて覚悟を固めたその時だった。
「ウオオオオオオオオオオォ!」
大地が激しく揺れ、雄叫びのような轟音が彼方から鳴り響いた。
「なんだ、あれは……!?」
巨人達の背後、遙か遠方に現れたのは天を衝くほど巨大な炎の魔人。
一対の大きな角が生えた頭部。
身の丈ほどもある巨大な燃え盛る剣。
その肉体は煮えたぎる溶岩のように煌々とし、表情は怒りと憎しみに染まっている。
カナリアは魔人の姿に見覚えがあった。
あれは巨人の王、スルトル。
だが、以前に見た時は自分の3倍ほどの大きさだった。
あれほど巨大になるとは聞いたことがない。
魔人の出現に巨人達も目を奪われている。
魔人が剣を振るう度に大地が割れ、空が斬り裂かれてゆく。
吹き飛ばされた瓦礫が遥か空を駆け、村の周辺にまで降りそそいで来る。
今ここで起きている戦いとは次元の違う破壊に皆が呆然とする中、魔人に抗うかのように金色の光が集まり、光り輝く龍へと姿を変えた。
現れた龍は巨人達の空飛ぶ帆船を次々に破壊し、スルトルへと向かっていく。
龍と魔人が激しくぶつかり合う。
これまでより更に激しい破壊、激突する光と炎。
世界の終わり――。
そう形容するに足る光景が広がっている。
やがて龍は魔人を締め上げるように絡みついていく。
『息子よ……』
「父さん!?」
突然、声が聞こえた。
父の声だ。
光の龍から父の……エインヘリアル軍団長である父の声が聞こえてくる。
そこには仲間達の存在も感じられた。
光の龍の正体――それはエインヘリアル達が姿を変えたものだった。
『後を頼んだ。お前は……生きろ!』
魔人と龍が互いに激しい光を放ち始める。
『生き抜いて、我らの戦いを語り継ぐんだ……!』
「父さん!みんな!」
際限なく強まる光。
父が、仲間達が何をしようとしているのかを察し、咄嗟に光の龍へ手を伸ばす。
かざした手の中で一際大きな閃光が走り、龍と魔人が爆発の中に消えていく。
空を、大地を、世界を覆う程の爆炎が迫り、巨人達が次々に呑み込まれていく。
「まずい!」
このままでは村もやられてしまう。
一瞬だけ村へ振り返ったカナリアは迫る爆炎に対して剣を構える。
翼を目いっぱいに広げ、魔術を込めると巨大化した白い翼のバリアが村を包み込む。
「うおおおおおおおおおおぉ!」
爆炎が凄まじい勢いでバリアに吹きつける。
その衝撃の強さにズルズルと脚が後退し、剣を持つ手が焼けるように熱くなる。
バリアの外では巨人たちが業火に身を焼かれ、骨も残さず塵になっていく。
後ろを振り返る余裕はない。
村が守れているのかすらわからない。
広げた翼から羽根が千切れ始め、今にも身体がバラバラになりそうな苦痛の中、それでも守れていると信じて防ぎ続ける。
なんとしても守りたかった。
生まれ育った故郷を、母さんが居た故郷を……。
そして、こんな姿になった自分にも変わらず優しくしてくれたあの娘を……。
だから父や仲間と別れ、たった1人でここに来た。
あの娘からもらった左手のブレスレットがそれを思い出させてくれる。
この痛みに耐える力をくれる。
飛びそうになる意識を繋ぎ止めてくれる。
爪先に力を込め、力いっぱい大地を掴む。
腹に、胸に、腕に力を込め、身体全体で剣を前に突き出す。
何十秒か、何分耐えたかはわからない。
やがて視界から熱と閃光が消え、全てを焼き尽くされた荒野が目の前に広がる。
「う……」
バリアを維持する力はもう無い。
全身の力が抜け、膝をつく。
もう一歩も……どころではない。
指の一本すら動かせない。
自分はあの娘を守れたのか?
それを確かめることも出来ない。
希望が残ったことを願い、カナリアの意識は暗闇に呑まれた。
そして、数百年の
失われた絆と希望を紡ぐために……。
次の更新予定
天霊戦騎エインヘリアル 九澄アキラ @zext933
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