第二十九話 一歩の先に

 三十分くらいの劇だけど。体感時間は、五分くらいかも。

 ただ楽しくて、演じるのに夢中で、あっという間に終わっちゃった。


 今はもう待機室に戻ってきて、お疲れ様ーってみんなで言い合ってる。

 なのに頬に溜まった熱も、耳に残った拍手の音も消えない。

 舞台の上で感じた全部が私の中に残ってて、ぼうっとしちゃう。


「さとちゃん、お疲れ様!」


「あっ春日井くん!」


 春日井くんが隣に座って、にこっと笑いかけてくれた。

 びっくりして、ドキッと心臓が跳ねちゃった。


「さとちゃん、練習より上手になっててびっくりした! すごいね!」


「ありがとう。舞台に立ったら怖くなっちゃって、どうなるかと思ったけど……春日井くんが、大丈夫って言ってくれたから」


 あの時声が聞こえなかったら、私は何もできないままだったかもしれない。

 春日井くんのおかげで、できたんだよ。


「聞こえてたんだ。よかった、さとちゃんに届いて」


 春日井くんはほっとしたように、優しい顔で笑った。

 春日井くんのおかげで入部できて、春日井くんのおかげで、演じきれた。

 私、春日井くんに助けられてばっかりだね。


「やるじゃない。今までで一番よかったわよ!」


「本当!? 友梨奈ちゃんがいっぱいアドバイスしてくれたおかげかも」


 友梨奈ちゃんもこっちに来て、笑ってほめてくれた。

 そうだ、春日井くんだけじゃない。

 友梨奈ちゃんにも、助けてもらった。


 まだまだ下手な私を受け入れてくれて、いっぱい練習に付き合ってくれた。

 さっきだって、一緒に春日井くんを探してくれた。


「早く私くらい上手くなりなさいよね!」


「この調子で頑張ってたら、すぐにもっと上達すると思うよ」


 すごいねって、皇先輩も笑ってくれる。


 二人だけじゃない。先輩たちにも、助けてもらった。

 皇先輩は、大切なことに気づかせてくれたし、妃華先輩はいつも優しく励ましてくれた。

 石黒先輩は部長らしくビシッと、元気の出る言葉をかけてくれたり、落ち込んだりした時は――。


「んじゃー注目! 三波から初舞台の感想!」


 こうやって全体に声をかけて、場を盛り上げてくれたり。

 って、ええええぇぇぇ、私!?


「確かに気になるわねー、どうだった?」


 妃華先輩までそんなこと言いだして、言わないといけない雰囲気。

 何て言ったらいいんだろ? ええっと……。


「……緊張したけど、演じ始めたら、そんなこと気にならなくなって……とにかく、楽しかったです!」


「おれも!」


 大きな声で言うと、春日井くんが嬉しそうな声を出した。

 みんなも同じように賛同してくれる。


「私が楽しめたのは、みんなのおかげです。みんながいっぱい、助けてくれたから。みんなが一緒にいてくれたから、楽しく演技できました」


 幼稚園の時の私とは違って、本番でも演じられた。

 もしもタイムスリップして、声劇部に入る前の私に言ったら……びっくりしすぎて信じてもらえないかも。


「みんながいなかったら、私は、私が嫌いなままでした。でも――今は大好きです! みんなのことも、私のことも!」


 私は、自分の耳が好きじゃなかった。

 普通くらいの耳の良さならこんな思いしなかったのにって、ずっと思ってた。


 だけど耳がいいから、みんなと出会えた。

 耳がいいから声劇を好きになって、耳がいいから春日井くんを見つけられた。

 耳がいいから、春日井くんの言葉から元気を貰えた。


「これからも、みんなといっぱい部活したいです!」


 もっともっと大きな声で、言う。

 耳の中に響く私の声は――すっごく、楽しそうに聞こえた。


「おれももっともっと、さとちゃんと一緒に部活したいな!」


「……私も」


 春日井くんが嬉しそうな笑顔で言ってくれて。

 友梨奈ちゃんは、ちょっと照れたように笑った。


「わたしも聡美ちゃんがいたから、今までで一番楽しかったわ!」


「今日なんてすごかったね。聡美さんが、皆を引っ張ってるみたいだったよ」


 先輩たちの声はすっきりしてて、明るい気持ちが伝わってくる。

 そんな風に言われたら、照れちゃうな……。


「改めて言わなくても当然だ。これからもよろしくな!」


 石黒先輩も、ニカッと明るく笑う。


 みんな、温かくて、優しい声。

 それが嬉しくて嬉しくて、心があったかくなる。



 初めてのことは、誰だって怖い。

 だから小学部の入部率は低いけど……私は、勿体ないと思う。


 だって挑戦してみないと、何も始まらない。

 失敗を怖がってたら、こんな素敵な気持ちも、経験も、味わえない。


 勇気を出して踏み出した一歩が。その一歩で、飛び込んだ世界が。

 自分のクラスや家と同じくらい――大切な、大好きな場所になるかもしれないんだもん!

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聡耳ちゃんと声劇部っ! 天井 萌花 @amaimoca

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