第二十八話 大丈夫だよ
大急ぎで待機室に戻ったら、公演時間ぴったり!
待っててくれた先輩たちは私たちを見て、すっごく安心したみたいだった。
「ギリギリだね。間に合ってよかった」
「心配かけてすみません!」
すかさず謝る友梨奈ちゃんに続いて、私と春日井くんも「「すみませんでした!」」と頭を下げる。
ギリギリすぎるけど間に合ってよかった……。
「安心しているところ悪いが、今から本番だぞ」
「そうねぇ、集中しなくちゃ」
妃華先輩に言われて、机の上に放置されてた台本を手に取った。
吹奏楽部の片づけが終わった舞台袖に、みんなで移動する。
本当は、演奏はとっくに終わってるはずなんだけど……皇先輩が吹奏楽部の人にお願いして、ちょっと時間を伸ばしてくれたんだって。
もう声劇部の劇が始まってるはずの時間だけど、おかげでまだ間の休憩中みたい。
「まだ少し時間はあるから、部長から一言どうぞ」
薄く笑った皇先輩が石黒先輩の方を向く。
軽い無茶ぶりだけど、石黒先輩は余裕の笑みを浮かべた。
「緊張していると思うが、観客を楽しませるためには、まず俺たちが楽しまなければならない。自信を持って楽しく、好きなように演じよう!」
ビシッと言った石黒先輩は頼もしくて、さすが部長! って感じだ。
すごく緊張してるみたいだったけど、もう全然そんな感じしない。
「「はい!」」
みんなが気合の入った大きな声で返事をすると、ブーっと、会場のブザーが鳴った。
こういう舞台では、これが始まりの合図なんだって。
「頑張ろうな!」
真っ先に飛び出した石黒先輩に続いて、舞台の真ん中へ。
太陽みたいに眩しいライトに照らされて、思わず目を閉じちゃいそうだった。
ぱちぱちと瞬きをして、目を慣らす。
学校の体育館とは比べ物にならない、広い広い会場。
数えきれないくらいある客席。そこに座ってる、お客さんたち。
舞台の上から客席を見て――急に、頭が真っ白になっちゃった。
石黒先輩の合図に合わせて、揃って一礼。
『――あるところに、貧しい四人家族がいました』
もう何度も聞いた春日井くんの言葉から、劇が始まる。
最初の方は、妃華先輩と皇先輩の番。
いつも通り――ううん、いつもより感情が乗ってて、すっごく上手。
私、本番に弱いタイプなのかな?
さっきまで平気だったのに、体が震えてきた。
客席は遠いし、みんな静かに見てる。
だから声は聞こえないけど――注目されて、怖くなっちゃったのかも。
失敗したら、どうしようって。
『翌日――』
どうしよう、私が、グレーテルが出る場面になっちゃった。
石黒先輩が、皇先輩が喋って、また石黒先輩。
そして、次。次が、私のセリフ。
なのに、声が出なくて――まるで、喉に何かがつまったみたい。
あんなにいっぱい練習して、少し、演技ができるようになって。
成長できたと思ったのに……あの時から、何も変わってない。
「――さとちゃん」
もやもや考え込んでた頭に、すっと入って来た。
マイクに入らないようにかな。小さな小さな、春日井くんの私を呼ぶ声。
「さとちゃん、大丈夫だよ」
消えちゃいそうな、短い一言。
だけど――その一言が頭に、心にしみ込んで、前を向かせてくれた。
大丈夫。だって、みんながいるから。
大丈夫。だって、いっぱい練習したから。
大丈夫。だって、声劇が、声劇部が、大好きだから!
『――お兄ちゃん、本当に帰って来られるの?』
すっと息を吸って、まっすぐに客席を向いて。
グレーテルのセリフを、ちゃんと言えた。
ちゃんと、声が出た。
『大丈夫。僕にまかせて、いい考えがある』
『……わかった』
その先もするする、言えてる。
グレーテルの気持ちも考えて、演じられてる!
『夜になったよ、どうやって帰るの?』
ドキドキと胸が高鳴る音が、うるさく聞こえる。
でも、嫌な感じはしない。
緊張なんて忘れたみたいに、気持ちが軽い。
――楽しい。
演技をするって、楽しい。
声劇って、楽しい。
舞台って、楽しい!
楽しいって私の気持ちと、怖いってグレーテルの気持ち。
二つが混ざり合って、頭の中はごちゃごちゃ。
でも、それだって楽しくて、楽しくて仕方がなかった。
散らかった気持ちはどんどん膨らんでいって、自分でもなんだかわからなくなる。
だけど、声劇部に入れてよかった! 今日の舞台に立てて、嬉しい!!
って気持ちが、一番大きくて。
心の真ん中で、一番星みたいに輝いてた。
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