第二十七話 春日井くん捜索隊!
待機室を出て、春日井くんがいないか探してみる。
会場前のスペースには人がほとんどいなくて、残念ながら春日井くんもいない。
「会場から見てみましょ」
「そうだね」
丁度音がやんだタイミングで、そろっと大きなドアを開ける。
ホールの中に入ったら、またびっくりした。
一番向こうに大きなステージがあって、そこから広がる数えきれないくらいの席が――ほとんど埋まってる!
「すごい……」
圧倒されちゃった。
そんな呟きが、ぽろっと漏れるくらい。
イベント自体は毎年あるから、地域の人も来てるって言ってたけど……こんなにいっぱいだなんて、思ってなかったよ。
「感心してないで、晴斗を探して!」
「そうだね、ごめん!」
二人でじーっと客席を見渡すけど、春日井くんっぽい人はいない。
お客さんに紛れてるかと思ったけど、違うみたい。
「いないわね」
すぐにホールから出て、ひとけのない廊下を走り回る。
けど、やっぱりいない。
次は、一階にあるレストラン。いない。
その隣のカフェ。いない。
じゃあ、展示室? いない。
そんなに広くない施設内全部探したけど、見つかる気配すらない。
「どこにいるの……。もう時間ないわよ」
「外かな……?」
外まで全部探してる時間なんてないよ?
見つかることを祈って重いガラス戸を開ける。
ちょっと風が強くて、ぶわっと前髪が大きく揺れた。
「駐車場、意外と広いわね。ここから見えなかったら終わりよ」
手すりから身を乗り出して見回すけど、春日井くんの姿は――ない。
開けた駐車場のどこにもいないってことは、屋根で見えない駐輪場のとこ?
それとも、木や草に隠れてみえない端っこか、建物裏?
まさか道路まで出ちゃってないよね……?
「……戻りましょ」
同じように目を凝らしてた友梨奈ちゃんが、ふっと息をついた。
戻るって……待機室に?
「そろそろ戻らないと、私たちまで出られなくなるわよ」
友梨奈ちゃんは落ち着いた素っ気ない声で言うけど……これは演技だ。
本当は、友梨奈ちゃんだって春日井くんと一緒に出たいと思ってるはず。
「……嫌だ。春日井くんも一緒じゃないと、嫌!」
「そろそろ帰らないと聞きに来てくれた人を待たせるか、先輩たち三人に任せることになるわよ? 晴斗一人いないだけなら私がなんとかできるけど、三人は無理だわ」
ぎゅっと眉を寄せた友梨奈ちゃん。
言ってることはわかる。わかってるけど……。
そんなにすんなり、諦められないよ。
「戻るわよ、聡美」
「でも……待って、友梨奈ちゃん」
語気を強くした友梨奈ちゃんに返そうとしたら――声が、聞こえてきた。
「待たない、行きましょ!」
「そうじゃないの! 声、春日井くんの声がした……!」
「え?」
友梨奈ちゃんはきょとんとした顔で、私と同じように耳をすます。
それからまたむっと眉を寄せて私を見た。
「聞こえないじゃない」
友梨奈ちゃんには、聞こえてないみたい。
でも、私には確かに聞こえる。
「ううん、聞こえるよ」
遠くの声だけど、春日井くんの声。
絶対そう。聞き間違えたりしない。
声劇部に出会ってからずっと聞いてた、ずっと励ましてくれた、大好きな声だもん。
「本当?」
「本当だよ。私、ちょっと人より耳がいいの」
集中して、よーく耳をすます。
――さとちゃーん
って、私の名前を呼んでるみたい。
「……こっちかも!」
声が聞こえる方に向かって走り出す。
友梨奈ちゃんは疑ってるみたいだったけど、ちゃんとついて来てくれてるみたい。
階段を降りて、駐車場とは反対方向へ。
駐輪場の横を通りすぎて、建物の裏側に回る。
「こっちだよ! 絶対そう!」
友梨奈ちゃんに声をかけて、どんどん進んでいく。
さくさくと芝生を踏んで、たくさん植えられた木の間を通って――すぐに、一人の後ろ姿が見えた。
こんな所に入る人なんて、普通は誰もいない。
日曜日に制服を着てる小学生なんて、滅多にいない。
なのにこんなところにいる、お揃いの制服を着た、元気よく跳ねた赤い髪の男の子。
その背中に、大きな声を投げた。
「――春日井くんっ! もう、
「……さとちゃん! ゆりちゃん!」
振り返った春日井くんは――私たちを見て表情を明るくした。
嬉しそうな笑顔でこっちに走ってくる。
「やっと見つけた……! 間に合わないかと思っちゃった」
「あはは、おれも……。こんなに迷うとは思わなかったんだ。ごめん」
走っても息が切れてないのは、基礎練のおかげかも。
頬をかいた春日井くんが、照れたように笑う。
「――でも、こうやって声出してたら、さとちゃんが見つけてくれるって信じてたんだ」
「そのおかげで、見つけられたよ。私なんかを――ううん、私を信じてくれて、ありがとう!」
ほっとしたら、一気に力が抜けたかも。
無事に見つかってよかったぁ……。
「晴斗、人任せすぎ。心配したんだからね」
ゆるみきった空気を絞めるみたいに、友梨奈ちゃんが大きくため息をつく。
「ゆりちゃんも心配してくれたんだ!? 探しに来てくれて嬉しい、ありがと!」
「違う、舞台の心配をしたの!」
春日井くんに嬉しそうに言われて、友梨奈ちゃんはぷいっとあっちを向いちゃった。
確かに、舞台の出来の心配もしてただろうけど……春日井くん自身のことも、ちゃんと心配してたと思う。
じゃないと、こんなに必死になって探したりしないよね。
「どうせ落ちつかなかったとかでしょ。そんな下らない理由で、みんなの努力を台無しにしないで」
「ごめんー!」
顔の前で手を合わせる春日井くんを見て、友梨奈ちゃんはむっと寄せた眉を緩めた。
「ほら、もう時間ないんだから戻るわよ! 走って、晴斗はもうはぐれないで!」
友梨奈ちゃんは言いながら、もう走りだしてる!?
でもそれだけ急がないといけないくらい、ギリギリだよね。
必死に探し回ってたからか、緊張も和らいだ気がする。
春日井くんと一緒に、友梨奈ちゃんを追いかけて。
わくわく、ドキドキしちゃうような舞台に向かって走り出した。
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