第二十六話 本番前の大ピンチ!?

 昼休みも朝休みも、毎日三人で秘密の特訓。

 短い時間だけど、毎日続けてれば効果はあって。

 上手になってるって、先輩たちをびっくりさせられたんだよ。


 結局近くの子には聞こえてたみたいで……『三波さんって演技できたんだね!』って声をかけられて、すっごく恥ずかしかったけど。


 みんなで練習する日々はすっごく早く感じられて、いよいよ今日は本番!

 今は市民ホールの待機室で、出番を待ってるの。


 今日は部活のイベントじゃなくて、学校が主催なんだって。

 吹奏楽部の演奏の後に、私たちの出番。


 みんな台本を読み込んで、最後の確認中。

 私も集中しすぎて、時々吹奏楽部の楽器の音も聞こえなくなる。


 学校じゃなくて、市民ホール。

 平日じゃなくて、日曜日。

 なのに制服で集まるなんて、何だか不思議な気分。

 最初はいつもより一日多くみんなに会えて嬉しいなーなんて、思ってたんだけど。


「どうしよう……もうすぐ本番だよね……」


 声劇部の番まで、あと十五分くらい。

 なんだか心臓の音が速くなって、落ち着かない。


「緊張してるの?」


 台本から顔をあげた妃華先輩が、心配そうに声をかけてくれた。

 緊張……してるよー!


「はい……不安で」


 どうしよう、手が震えてきた気がする。

 握った台本にいらない力が伝わって、ぎゅっとしわになりそう。


「落ち着いて、リラックスよー」


 席を立った妃華先輩が、私の隣に移動してきた。

 すぐ近くで、にっこりと笑いかけてくる。


「初めての本番だものねぇ。とくに舞台ってやり直せないから、私も緊張しちゃう!」


「ええっ、見えないです!」


 にこにこと優しい笑顔を浮かべてる妃華先輩は、いつも通り落ち着いてるように見える。

 全然緊張してるようには見えない。


「そうよぉ、見せないようにしてるもの」


 驚いた私を見て、妃華先輩は嬉しそうに笑った。

 見せないようにって隠してるってことだよね。何でだろう。


「先輩が頼りないと、不安になっちゃうでしょー。いつも通りでいいのよって、伝えてるつもり」


「……すごいですね。私は全然隠せる気がしません」


 多分顔は強張ってるし、手だってこんなに震えてる。

 そんな私の手を上から包み込むように、そっと妃華先輩の手が触れた。

 綺麗な白い手は、全然震えてない。


「隠さなくてもいいのよ、わたしが勝手にそうしてるだけだから。隠したくても隠せないこともあるし」


 ほら、と、妃華先輩は石黒先輩の方を見た。

 石黒先輩は台本に集中してて、こっちのことは気づいてないみたい。

 小さな声でセリフを声に出してるのが聞こえてくる。


「りっちゃんはいっつもあんな感じなの。何でもないフリしてるけど、お経みたいになってるでしょ。声出してないと落ち着かないのかしらぁ?」


「お経って……」


 くすりと笑った妃華先輩に釣られて、ちょっと笑っちゃった。

 手の震えも、いつの間にか収まったみたい。


「緊張してるのは、聡美ちゃんだけじゃないわ。友梨奈ちゃんも、いつもより眉がぎゅってなってるでしょう?」


「妃華ー、僕は?」


 いつの間に話を聞いてたのか、皇先輩が薄く微笑んで聞いてきた。


「……煌輝くんは、いつも通りねぇ」


 さらりと流した妃華先輩が、呆れたように笑う。


「安心してねぇ聡美ちゃん。煌輝くんがおかしいのよ」


 きっぱり言われた煌輝先輩は、困ったように眉を下げる。


「おかしいわけじゃ……緊張した時は、みんなを見てみるといいよ。なんとなく面白いし、安心できるから」


「そうねぇ」


 こくりとうなずいた妃華先輩は、きゅっと手に力を込めて笑った。

 柔らかい笑顔と手、それからゆったりとした声から、優しい温もりが伝わってくる。


「――ひとりじゃないって、わかるものね」


 ――そうだ。私、ひとりじゃないんだ。

 部活は、みんなで頑張る場所で。

 声劇は、みんなで作り上げるものだもんね。


「――はい!」


 みんなと一緒だから、本番だって大丈夫、だよね?

 顔を上げて、皇先輩の言う通りにみんなの顔を見る。


 気遣い上手で、優しい声をかけてくれる妃華先輩。

 周りをよく見てて、的確なアドバイスをくれる皇先輩。

 部長らしくしっかりしてて、みんなを引っ張ってくれる石黒先輩。

 演技が大好きで、とっても上手な友梨奈ちゃん。

 それに――入る時も入ってからも、私の手を引いてくれた、春日井くん。

 ……って、春日井くんは、どこ?


「あれ……? 春日井くんは?」


 そんなに広くない部屋。

 置いてあるのは、大きな机に椅子、それからみんなのカバン。

 障害物なんて何もないのに、春日井くんの姿が見当たらない。


「さっきはいたけど……本当ね?」


 妃華先輩も気が付いて小さく首をかしげた。

 妃華先輩の言う通り、さっきまではいたと思うんだけど……。


「春日井がいない?」


 友梨奈ちゃんと石黒先輩も気が付いたみたい。

 みんなできょろきょろと見回すけど、やっぱりいない。


「本当にいないじゃない。一人じゃ戻ってこれないクセに、どこ行ったのよあのバカ!」


 友梨奈ちゃんはちょっと言い過ぎだと思うけど、本当にピンチかも?

 もう本番まで時間ないのに、いない。

 帰ってきてないってことは……絶対迷子だ。


「まずい……。どこに行ったのかはわからないが、放送で呼んでも来ないよな」


 石黒先輩も難しい顔で呟く。

 春日井くんには悪いけど、絶対来ないって断言できちゃうよ。


 不安でおろおろしてたら、友梨奈ちゃんと目が合った。

 友梨奈ちゃんも焦ってるはずなのに、私と違って真っ直ぐな目。

 いっぱいの時間を、一緒に過ごしたからかな。何を考えてるかはすぐにわかった。


「「迎えに行こう!!」」


 私と友梨奈ちゃんの声が、ぴったり揃う。


「迎えに行くって……どこに行ったかわかるのか?」


「わかりません」


「でも、春日井くんが行きそうな所なら、わかります」


 石黒先輩が心配そうな顔で見てくるけど、大丈夫。

 私と友梨奈ちゃんと春日井くん、とっても仲良しだもん。


「絶対時間までに戻ってくるので!」


 早口で言った友梨奈ちゃんが、勢いよくドアを開ける。

 そのまま飛び出して行っちゃいそうな流れだったけど――そうじゃない。


「聡美、行くわよ!」


 大きな声で、私に声をかけてくれた。


「うん! 行こう!」


 私も負けじと大きな声で返事。

 それから二人で待機室を飛び出した。


 もう時間は全然ないけど、きっと春日井くんを見つけられる。

 ううん、絶対見つけてみせる!

 だって全員揃ってなくちゃ、声劇部の劇じゃないもんね。

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