第二十五話 秘密の特訓

 入部してから毎日、お昼休みは春日井くんと台本の確認をしてるの。

 私の席で台本を広げて小さな声で読んでみたり、お互いの思ったことを言い合ったり。

 部活と変わらないけど、これはこれで違った楽しさがあるんだよ。


「――失礼します」


 今日も二人でわいわいしてたら、ドアの方からよく通る声が聞こえた。

 声の持ち主は、真っ直ぐに私たちの方へ歩いてくる。


「友梨奈ちゃん!」


「ゆりちゃんー、三組へようこそ!」


 実は友梨奈ちゃんも、お昼休みに一緒に練習してくれることになったの!

 他の用事はないのかなって思ったけど……いつも一人で台本を読んでたから大丈夫だって。


「何ニヤけてんのよ」


 いけないいけない、嬉しいって気持ちが顔に出ちゃってたみたい。


「なんでもないよ」


 むっと眉を寄せた友梨奈ちゃんだけど……声は優しい。

 私の前に春日井くんが座ってるのを見て、友梨奈ちゃんは隣に座った。


「……それで、いつもはどんな風にしてるの?」


 机に台本を置いた友梨奈ちゃんが、さっそく本題を切り出す。

 キリッとした顔は真剣そのもので、さすが……。


「グレーテルってこんな子だよね、とか、ここはこんなシーンだよねって言い合ったり、小さな声で音読してみたりしてるよ!」


 にこっと笑った春日井くんが、すぐに答える。

 腕を組んで考えた友梨奈ちゃんは、はぁっと溜息をついた。


「それじゃダメね。本番くらい大きな声でやるわよ」


「ええっ、恥ずかしいよ……」


「恥ずかしくない!」


 つい身を縮めちゃった私に、友梨奈ちゃんはビシッと言った。

 とんと手が机を叩く音が鳴る。友梨奈ちゃん、ちょっと怖い。


「こんなに騒がしいんだもの、誰も聞いてないわよ」


 お昼休みだから外に遊びに行ってる子もいるけど……友梨奈ちゃんみたいに他のクラスから遊びに来てる子もして、教室の中は人がいっぱい。

 みんな大きな声で騒いでて、色んな話をしてる。


「誰が何の話してるかとか、あんまり聞こえないもんね」


 春日井くんの言う通り、誰が何話してるかは集中して聞かないとわからないかも。


「あんたが声張れないの、自信がないせいだと思ってたけど。これも原因かもね」


「普段声を抑えてるから、癖になってるってこと?」


「そう」


 また腕を組んだ友梨奈ちゃんは、満足そうにうなずいた。


「晴斗を見習いなさい? 馬鹿みたいに声大きいわよ」


「そこがおれのいいところだから!」


 すっと指を差されて、春日井くんは得意そうに胸を張った。

 春日井くんの声は大きくて、よく通るんだよね。

 こうやって話すようになる前から、元気そうな声が印象に残ってた。


「うん、私も春日井くんの声、すっごく好き! なんだか耳に残るよね」


 自然と笑顔になっちゃう口で答えると、春日井くんはびっくりしたみたいに笑みを消す。

 きょとんとした顔で目を瞬いてから、また白い歯を見せて笑った。


「――すっごく嬉しい! ありがと!」


 いつも以上に眩しい笑顔を見たら、ドキッと心臓が跳ねた。

 何でだろう、なんて考えてたら、とんと友梨奈ちゃんに肩を叩かれる。

 びっくりして隣を見ると、友梨奈ちゃんはニヤって笑ってた。


「ほら、聡美も頑張りなさい? 他の役は全部私がやるから、早速練習しましょ」


「わ、わかった」


 なぜか楽しそうな友梨奈ちゃんに急かされて、台本を持つ。

 友梨奈ちゃんの希望で、昨日友梨奈ちゃんが練習してたところをやったんだけど――。


「――前の方がよかったわ」


 むっと眉を寄せた友梨奈ちゃんが不思議そうに私を見た。


「私の練習に勝手に入ってきた時、すごくいいって思ったの」


「ありがとう……?」


「下手になったわけじゃないんだけど……今はそうでもないのよね」


 どうしてかしら? と友梨奈ちゃんは難しい顔をする。


「おれもその時の演技、聴きたかったなー」


 考えてる友梨奈ちゃんを見ながら、春日井くんは残念そうに言った。

 あの時と今、何が違うんだろ。

 どうして、あの時の方がよかったのかな。


「……聡美、もっと自信持ちなさい」


「え、自信?」


 友梨奈ちゃんも同じように考えてたみたいで、真っ直ぐに私を見た。

 自信を持ったら、いい演技になるのかな。


「そう。本当にこれで合ってるかなって心配しながら演じてるんじゃないの?」


 言われてみれば、不安に思ってたかも。

 アドバイス通りにできてるかなとか、ちゃんと上手くなれてるかなって。


「だから声も小さくなるのかも。あの時はそうじゃなかったでしょ」


 あの時のことを思いだしてみるけど――確かに、そうじゃなかった。

 声劇が大好き。友梨奈ちゃんと一緒にやりたい。って、それだけを考えてた。

 不安もあったけど……友梨奈ちゃんの演技を聴いてたら、どっかいっちゃったんだよね。


「――特訓しましょ? 三人で」


 私がうなずくと、友梨奈ちゃんはきりっとした顔で言った。


「特訓?」


「楽しそう!」


 私が首をかしげる一方で、春日井くんは嬉しそうに顔を輝かせる。

 特訓って、何……?


「何度も練習して上手くなれば、自然と自信はついてくるわ。部活以外の時間もこうして頑張れば、少しはよくなるんじゃない?」


「確かに……!」


 さっき自信がないって言われちゃったけど、最初よりは、かなりついてるもんね。

 演技はまだまだでも、スラスラ読めるようになったとか、ちゃんと考えられるようになったことが自信につながってるのかも。


「何の心配もなさそうなバカもいるし、見本に丁度いいでしょ。それに……」


 澄ました顔で言っていた友梨奈ちゃんが、少し言葉を詰まらせる。

 気まずそうに俯いてから、きゅっと結んだ唇を開いた。


「――楽しいでしょ。こうやって三人でやるのも」


「……そうだね!」


 恥ずかしそうだけど、友梨奈ちゃんも楽しいって思ってくれてるってことだよね。

 そう考えると、ますます楽しくなっちゃうよ。


「上達して、先輩たちを驚かせましょ!」


 やる気満々! って感じの友梨奈ちゃん。

 その言葉を聞いて――私と春日井くんは、いっせいに吹き出した。


「え、ちょっと、何が面白の!?」


「ゆりちゃん、部長と同じこと言ってるよ!」


 むっとした友梨奈ちゃんに、春日井くんが笑いながら返す。

 石黒先輩も上手くなって友梨奈ちゃんを驚かせようって言ってたんだよね。


「えー、ちょっと嫌ね」


 嫌、なんて言いながら、友梨奈ちゃんも楽しそうに笑ってた。

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