第三話『メールの内容』
ご飯を食べた後、風呂に入ることすらせず部屋に戻り布団に潜る。今日はもう何もしたくなんてなかった。
仰向けになりながら目を瞑るが中々眠気がこない。僕はむずむずとしてきた頭を掻く。さっきから頭の中に後悔の念が渦巻いていた。
告白をしたこと自体には後悔がない。でも、もっと言い方があったんじゃないだろうか、とそればかりを考えている。
世の中のカップルはすごい、彼らはこんなイベントをこなしてから付き合っているんだから。普段は付き合っているカップルを羨むばかりだったが、今日からは見る目が変わりそうだ。
──日和、今頃は何をしてるんだろうな。
もしかすると、どうやって断ろうと考えていないだろうか? もし、OKならばその場で返事をくれるはずだ。いや、そういうこともないのか? 経験がないからまったくわからん!
ぼりぼりと掻いていた頭が熱くなってきた気がして、僕は頭を掻くのをやめた。
「……起きるか」
昨日もあまり眠れなかったが、今日も寝られそうになかった。それなら、何かをして気分を紛らわせていた方がいいだろう。
──あ、そういえば母さんが携帯を充電しておけって言ってたよな。
そう思い、僕は部屋のどこかに置いてあるはずの携帯を探した。床には読みっぱなしの本が散乱している。本棚は既に一杯で置き場所がなかった。
──また、父さんの部屋に返しにいかないとな。
そう思いながら探していると、『シラノ・ド・ベルジュラック』の下に置かれていた携帯を見つけた。そうだ、床に寝転がりながら『シラノ』を読んでいる時にこの作者の他の本が気になり携帯で検索をかけていたんだった。
そのまま日和との約束の時間になり、『シャイファン』をしていた。それが、確か夏休み前のできごとだ。夏休みに入ってからは一回も携帯に触ってない証拠である。
携帯を充電機に繋ぎ、充電をし始めたのを見て一息つく。一応、誰かから連絡がきてないか確認をしたが、母さんからの鬼のような連絡コールと、レインに何件かの連絡が入っていた。誰からなのか確認したが、別に放置してもよさそうなのでそのままにしておく。
『おい、気づけよ!』と通知には書かれていたが、既に三日も前の話だ。そこから連絡がないところを見るに、諦めたのだろう。今から返したところで面倒だし見なかったことにしておこう。
既読もつけずに僕はラインを閉じ、次は何をするか考える。パソコンが視界に入るが『シャイファン』にログインをするかどうか迷ってしまう。もし、日和が居たらどんな顔をして会えばいいのだろうか。
パソコンと十分ほどにらめっこをした末、僕は『シャイファン』にログインをすることに決めた。
日和と会うのが怖くて仕方がない。もし、断られたらどうしよう。もし、逃げられたらどうしよう。もし、ブロックされてたらどうしよう。いくつもの『もし』が頭に浮かぶが、日和との連絡手段がシャイファンにしかない以上、シャイファンにログインしなければいけない。
「ええい、ままよ!」
気合を入れた言葉を発しながら、僕はシャンフロのアイコンをダブルクリックした。IDとパスワードを入れて、いつものサーバーに入りこむ。その間、僕の心臓は高鳴りっぱなしだった。
「⋯⋯日和はいるかな?」
シャイファンにログインをした僕は、いつもの癖で真っ先にフレンド欄へと触れる。するといつもとは違うものが見えた。
「──メール?」
そこには赤い丸に囲まれてメールが一件来ていますと書いてあった。僕は何気なくいつものようにメールを開こうとしたが、差出人の名前を見て手を止めた。そのメールは日和からの物だった。どうやら、僕がご飯を食べたり、本を片付けしている間に日和はシャイファンにログインをしていたらしい。
日和からのメール。それは紛れもなくパンドラの箱だった。いきなり強敵が目の前に現れた僕は、一旦メールボックスの画面を閉じる。そして、天井を見上げた。
「⋯⋯メール?」
日和から直接、答えを聞くのとメールを見ること、どちらの方がハードルが高いのだろうか? 考えてみたが、どちらも同じくらいだった
直接会って断るのは怖いし、メールにしておこう。日和がそう思った可能性も大いにある。それならば、もうフレンド欄に日和がいない可能性もある。
そう考えて、フレンド欄を見てみるも、日和の名前はちゃんとそこにあり、僕は大きな息を吐いた。さよならも言えないうちに離れるだなんてそんなのは嫌だった。
でも、フレンド欄から消えていないなら、このメールはそこまで重たい内容じゃないのかもしれない。もしかすると、よろしくお願いします。かもしれないし……。
「⋯⋯開けるか」
気持ちを言葉に出し意思を固め、メールを開き、出だしの一文をじっくりと読む。
『とりあえず、ごめんなさい』⋯⋯死んでいいっすか?
メールを閉じてベッドに突っ伏したくなったが、最後に日和から出されたメールを全部読まないとと思い、続きを読むことにした。
『とりあえず、ごめんなさい。急に落ちてビックリしたよね?』──そこには天使がいた。
「勝手に勘違いをして申し訳ない!!」
日和に聞こえるはずないのに、僕は頭を机に押し付けて誠心誠意を込めて謝罪した。そして、気を取り直して続きの文を読む。一文ごとに一喜一憂をしていたら心が持たないので一気に最後まで読み切ることにして。
『とりあえず、ごめんなさい。急に落ちてビックリしたよね? けどハル君も悪いんだからね。いきなりビックリすること言うんだもん。それでね、ハル君の気持ちは嬉しいんだけど、私はまだハル君に伝えてない事があるの。一回どこかで会って話せないかな? 私が住んでるところ三栄なんだけど、ハル君はどこに住んでるのかな?』
──会う? 日和と? てか三栄? 僕も一緒で嬉しいんだけど?
一気に情報が詰め込まれて頭がパンクしそうになる。とりあえず、これはあれか。日和とどこかで会うということでいいのな?
──そりゃそうだよな⋯⋯付き合うってなったらネットだけの関係じゃいられないもんな。それに、好きな人に会える。このチャンスを逃す手はないよな。
そんな事を思いつつ、すぐさま「もちろん大丈夫です!」と返した。後は日和からの返事待ちだ。日和がいつログインをしてもいいように、今からずっとシャイファンに張り付いておこう。時間を潰すのは⋯⋯そうだな夏休みの課題でもやるか。
そして、僕が鞄の中に入っている手つかずの夏休みの宿題を取り出し、机の上に広げる。だが、シャイファンの画面が気になり中々集中できなかった。
「⋯⋯まだ返ってこないなぁ、日和はいつインをするんだろ?」
僕は時計をチラッと見てみる。今は短針が四を回ったくらいだ。もうすぐ太陽が仄かに世界を照らし始めるだろう。最近シャイファンのやりすぎで寝不足気味な僕は、うつらうつらと船を漕ぎ寝落ちをしそうになってしまう。
「⋯⋯まだだ、まだ寝るわけには」
そう言いながらも頭がフラフラと揺れてしまう。それでも日和の為に頑張る事を決めた。
「日和ぃ、早く来てくれぇ⋯⋯」
──僕がこの先で覚えているのは、太陽が昇りきってまぶしいということだけだった。
小春と日和。 真上誠生 @441
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