第二話、『告白』
──さて、気合を入れたところで日和に連絡を入れようかな。流れに身を任せるのも大事だと何かの本で見た気がするし……。
僕は『シャイファン』にあるメールの機能を使い、日和を呼び出すことにした。どういう文を送ろうか少しだけ迷ったが、いつも通りの簡潔な内容で彼女へとメッセージを飛ばすことにした。
『ちょっといいかな? 時間に余裕があればいつもの場所に来てほしいんだけど』
送った内容が変な文になってないかを確認してから、僕は日和からの返事を待たずに『いつもの場所』へと向かった。既に準備は済ませてある。後は日和を待つだけならば、待ち合わせ場所でずっと待っていてもいいだろう。
この場所から、いつもの待ち合わせ場所に行くまでには十分ほどの時間を要してしまう。日和に来てほしいと言った手前、待たせるのは申し訳ないと思う気持ちもあった。
僕が急いで待ち合わせ場所に向かっている最中、ピロリという音が聞こえて、僕はメールボックスを開いた。一番上のメールには日和という名前が書かれている。その名前を見て、僕は嬉しくなる。
好きな人の名前を見るのはどうしてこんなに嬉しいのだろうか。ずっと目で追いかけていたくなるほどに、僕はその名前が好きだった。
──いや、見とれてる場合じゃない。
僕から連絡をしたのに、待たせるのはダメだ。一秒でも早く返信をしないと。
そう思い、僕は日和のメールに書かれている内容に目を通した。
『わかった! 今から行くね!』
元気のいいその言葉に、僕の胸ははずんだ。いつも彼女の言葉を見るたびに僕の顔はほころんでしまう。単純かもしれないけれど、僕は彼女が好きだということを再認識した。
日和のメールを何度も読み返しながら、僕は山を登っていく。今や、雲を見下ろせる高さの標高まで到達していた。僕が今向かっている先は、誰も知らないような隠れた名スポット。そこは僕と日和の出会った思い出の場所だ。
「あ、ハル君!」突然の声に、体がビクリと震えた。
待ち合わせ場所に着くのと同時にハスキーな声が僕の耳に聞こえてきた。
崖の淵に日和がたたずんでいるのが見えた。初めて出会った日のように、肩まである黒い髪を風にたなびかせている。
僕は急いでマイクのスイッチを入れ、ボイスチャットに変える。日和と話す時はいつもこうしている。こうして直接話しをした方が、より彼女を近くに感じられるような気がするからだ。
「日和、おまたせ。それにおはよう」
「ハル君おはよう! ってもう夕方だよ?」
「いやいや、業界人はどの時間帯でもおはようって言うからさ」
「まさか……今まで知らなかったけど、ハル君、もしかして業界人なの?」
「え、まさか、そんなわけないでしょ」
「じゃあ、なんで業界人のくだりをいれたのさ!?」
日和といつも通りの何気ない掛け合いをしながら二人で笑い合う。ふぅ、よかった。思ったよりも緊張はしていないみたいだ。それにしても──あぁ、やっぱり好きだな。
そんな感情が頭の中で駆けめぐった。日和との会話は心地がいい。できることならずっと話しがしていたい……インターネット越しなんかじゃなく、もっと近くで。
「あ、そういえば、なんで私を呼んだの? もしかして、何かクエストを手伝ってほしいとか?」
僕が話しを切り出すより前に、日和に言われてしまった。思ったタイミングで言えなかったことに、「うん⋯⋯あの⋯⋯」と言葉が喉につっかかってしまう。
首を傾げている日和に向かい、僕はさらっと告白の言葉を出そうとした。何回も何回も頭の中で用意してきた言葉だ。だけど、一向に口からは出てこない。
動悸が激しくなる。息が荒くなる。どう言えばいいのか、頭の中にあったはずのプランが全て消しとんでしまっていることに気付く。そして、僕はようやく気付く。
──僕は、告白することが怖いんだ。
そうだ、この楽しい時間がこれで終わりを迎えるかもしれない。そう思うと恐怖が胸の中を支配する。距離が近ければ近いほど、手放すのが惜しくなるのは当たり前だ。こんな風になるなんて、シミュレーションでわかるはずがないことに今気づいた。
──ああ、日和が僕の言葉を待っている。何か、何か言わないと。でも、何を言えばいいんだろう。
頭の中で言葉を考える。その時、ふとある言葉が頭の中に浮かんだ。それは、ヘレン・ケラーの言葉だ。
『人生はどちらかです。勇気をもって挑むか、棒にふるか』その言葉が僕の心を奮い立たせてくれる。
──このまま、この場を過ごしたっていずれ言わなければいけない時がくる。それに、言わないことで後悔するなんて、人生を棒にふるのと同じだ。それなら勇気をもって挑まなければいけない。
シミュレーションで、告白の言葉は頭の中に叩き込んでいる。なら、後はその言葉を必死に紡ぐだけだ。
「……日和さん、ずっと前から君のことが好きでした! シャイファンだけでなく、僕は君ともっと深く関わりたい。もしよければ、僕と付き合ってください!」
そう一息に言葉を吐き出した後、大きく息を吸う。一息をつき、そしてようやく僕は告白をしたんだという事実が頭の中に染みわたっていった。
身体が震える。日和の顔はもうまともに見れない。後は、答えを待つだけだ。地面を見ながら、僕は日和からの言葉を待った。
「え⋯⋯」
日和が息を飲んだのがわかった。僕の告白は予想外の事だったのだろう、日和の次の言葉はなかなか出てこなかった。一時間にも二時間にも感じられる時間が過ぎ、ようやく日和がふぅっと息を吐いたのがわかった。
「──ごめんなさい、少し考えさせてください」
日和の言葉に、僕はハッと顔をあげる。だけど、そこにはもう日和がいなかった。
後に残された僕は空を見上げ、そしてその場に倒れ込む。口からはハハっと乾いた笑いが漏れた。
「死んだわ、僕」
結果がわからないままで終わってしまった僕は、その場で放心するしかないのであった。
「──小春!」
ドンドンドン! と僕の部屋のドアがけたたましく叩かれているのに気付き僕の意識は現実へと戻ってくる。
日和がログアウトした後、僕はずっと放心状態だった。嫌な想像が頭の中をぐるぐると回って何も考えることが出来なくなっていた。
「大丈夫!?」
母さんは心配そうな声を上げながらドアを叩き続けている。
母さんが帰って来ていたことに全然気付いていなかった。何かに集中すると周りが見えなくなるのは僕の悪い癖だ。
僕は頭を掻きながら母さんに何て言い訳をするか考えようとした。しかし、日和のことが頭をよぎり考えがまとまらない。
その間もドンドン! とまだ扉が叩かれている、早く対応しないとそのまま扉が壊されそうだ。
僕は頭を掻くのを止め、椅子から立ち上がり扉へ向かう。
「そんなに強く叩いたら扉が壊れるよ」
僕は扉の前に立ち、扉の向こうにいるであろう母さんに声を掛けた。
扉を叩く音が止んだのを見て僕は恐る恐る扉を開ける。そこには明らかに怒りを撒き散らしている母さんが仁王立ちしていた。
僕より幾分身長の低い身体が何故か大きく見える。背後からはゴゴゴゴと効果音が聞こえてきそうなのは気のせいではないだろう。
「また集中してたんだろうけど、ご飯くらいは食べなさい。朝と何も変わってなかったら倒れているんじゃないかと思うでしょ!」
──あ、言われてみれば、今日は朝ご飯も食べずにゲームをしてたな。
「それに、携帯も電源を入れておきなさい! どうせ家にずっと居るから充電しなくていいやとか思ってるんでしょ」
「うっ」
まさしくその通りだ。特に連絡する相手がいないからと携帯を放置しぱなっしだった。どうやら知らない間に電池が切れていたらしい。
パソコンがあれば別に困ることもないせいで、僕は携帯をないがしろにする癖がある。それを母さんは知っていた。
「……ごめんなさい」
母さんの言う事はぐうの音が出ないほどに正論だった。完全に僕が悪いので謝る。
僕が頭を下げたのを見てか、母さんは「よし! じゃあ、早くご飯を食べましょ。お腹すいてるでしょ?」と言いながらにっこりと笑ってくれた。
本当に、さっきまで怒っていた人間と同人物か? と思うほど素早い気持ちの切り替えに僕は呆気にとられてしまう。
「う、うん」
僕は、先にダイニングへと向かう母さんの後を追いかけるのだった。
母さんは夕飯を食べると、先に寝ると言い残して寝室へと戻っていった。なんとなく時計を見てみると十時を回っていた。明日の仕事も早いと言っていたし、早く寝たいのだろう。むしろ、こんな時間まで付き合わせてしまったことに罪悪感を覚えた。
──もしかして、今の僕の状況を母さんに相談すれば少しくらいはこの モヤモヤも晴れるのだろうか?
そんなことを考えてはみるものの実際にそれをするとからかわれそうなので頭の中の選択肢から消し、残りのご飯を口にかき込んだ。食べている間も日和のことが頭に浮かんできてご飯の味はよくわからなかった。
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