第一話『魂の指輪』
七月二十五日、夏休みも真っ盛り。多くの学生たちが長期休暇を満喫している時期だ。
多分に漏れず、僕『
僕は今、ガンガンにクーラーを効かせた少し肌寒いと感じる部屋でパソコンの画面と向かい合いゲームをしている。
ゲームの名前は『シャイニング・ファンタジー』、通称『シャイファン』。そのゲームは世界中で話題となっているゲームだ。
今はとあるアイテムを手に入れる為、奮闘している最中だった。画面の向こうでは、僕の生き写しかと思えるほど精巧に作られたキャラクターが、画面に収まり切らないほどの大きな敵と戦っている。その敵のあまりの圧力に、寒い部屋なのにも関わらず緊張で手汗が滲んでいる。
敵の体力は既に一割を切っている。ここまで体力を減らすのに、五時間を要している。もし、今ワンミスをしてしまえば、最初からやり直しだ。それだけは絶対に避けたかった。
相手の右手による切り裂き攻撃を避け、その隙に相手の懐へと潜り込み、ジャンプをして脇腹を攻撃する。足を殴ってもダメージが全然通らないのでこうするしかなかった。これはリスクが大きい行動だ。着地の瞬間に攻撃を合わせられたら即死するリスクもある。今回ここまでこれたのは運がよかった。
本来、この敵は一人で戦う敵ではない。八人が集まって戦う敵だ。だけど、僕はこの敵から出るアイテムを独り占めにしたくて無謀な挑戦をしていた。
「ミスるなよ、僕……あと一発なんだから……」
敵の体力ゲージがもう見えない程になって、僕の心臓はバクバクと跳ね回る。恐怖と興奮がごちゃ混ぜになったもののせいでマウスを動かす手がおぼつかなくなる。なんとか相手の攻撃を搔い潜り、そして最後の一撃を叩き込む。その瞬間、ムービーが始まりあれだけ巨大な敵が霧散していく姿が映し出された。
「よっしゃァァァ!!」
無意識に出た雄たけびと共に宙へと拳を突き上げる。溢れ出る嬉しさを噛みしめるように、拳を強く握り締めた。この敵を倒すのに何度リトライしただろう。多分両手では足りないほどに挑戦した。だからこそ、一際感慨深いものがあった。
「⋯⋯ふぅ」
大きく息を吐きながら椅子へ体重を預ける。椅子は訴えるように軽く軋んだ音を立てたが、その音は無視してモニターへと目をやった。
「さて、早く拾わないと」
僕はマウスの右クリックを連打して、アイテムを一気に拾う。取り残しが無いように、注視しながら。頑張ってこの強敵を倒していたのには理由がある、それはこの強敵を倒した時に落とすあるアイテムが絶対に欲しかったからだ。
せっかく苦労して倒したのにこのアイテムの回収を忘れてしまえばまた一からやり直しになる。もう一度やり直すことを少し想像してしまい身体が震える。それはきっとこの部屋で絶賛稼働中のクーラーのせいではない。
アイテムを全て拾った後、ショートカットキーを押してアイテム欄を開く。そして、目当てのアイテムである『魂の指輪』を見て、ほっと一息ついた。ようやくこれで……
「……告白が出来る」
脳裏に、その人と出会ってから今までのことが浮かんできた。
僕には好きな人がいる、その人の名前はお日様の日に平和の和と書いて『日和』。
黒髪で肩まで伸びたショートボブで、いつもその頭にはベレー帽を被っているのが特徴だ。僕はそのキャラクターに一目惚れをしてしまった。
出会ったのが半年前の冬休み、僕がお気に入りにしているスポットへと足を運ぶとそこに日和がいたんだ。
人が誰もいないその場所で日和は空を眺めていた。今にも空にも吸い込まれていきそうなすがたがあまりに鮮烈で今でも鮮明に思い出せるほどに僕の心は揺さぶられてしまった。
そのことに自分でも驚いたのを覚えている、気が付けば僕は声を掛けていた。あまりゲームでは人との関わりを持たないようしようと思っていたはずなのに。
その後、僕達はその場所で風景を見ながら話を始めた。どんな事を話をしたのかは覚えていない、覚えているのは緊張していたということだけ。
そこで僕達はフレンドになり、ずっと二人きりでパーティを組んでゲームをプレイした。日和は優しい人で僕の用事に付き合ったり、自分の時間を削って僕の話を聞いてくれたりしてくれた。
一緒に過ごす時間が増えていくにつれ近づいていく距離感に僕の中に芽生えていた気持ちがどんどん膨れあがっていくのを感じていた。
そして、抑えきれないこの気持ちを伝える為にこの夏に勝負を賭けることを決めたということだ。
昔の僕は、ゲームでの関係なんて現実世界に持ち込めるわけなんかないと笑っている立場の人間だった。でも、その人に出会って考えは百八十度変わってしまっていた。
新しい世界を教えてくれた日和には感謝しかない。でも更にその先を知ってみたい。
その為に『魂の指輪』を手に入れたというわけだ。
これは、このゲームで結婚した人が付き合う前に相手に渡したとされる縁起のいいアイテムで、ゲーム内で告白する時にはこのアイテムをプレゼントするのがお決まりになっている。
このアイテムを手に入れるのに一週間はかかった⋯⋯いや、今は振り返る時ではない。過ぎ去った時間はもう帰ってこない。
このアイテムを手に入れたからには告白を成功させる! 僕は心の中でそう決意した。
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