【番外編】勇者の見る夢
いったいだれが知るのかしら?
涙が雨にまじって
雨か涙かわからなくなってしまうように
わたしたちがこの夢にまじりこんでいることを。
思い出せない夢に
(著者不明『ジェニー』より)
「マイクさん、貨物船からの荷物の搬入終わりました」
ヒイラギが報告に来た。
「ありがとう。パイロットたちによろしく伝えといて」
「はい。それから、お客さんが来てますよ」
「客? そんな予定あったかな」
「貨物船に同乗してたそうです。応接室でピーターが相手をしています」
「わかった。誰だろうね。ちょっといってくるよ」
マイクは管理部を出て、応接室へ足を運んだ。
応接室に入ると、明るいソプラノの声が聞こえた。
「ハロー、マイクさん!」
「はあ!?」
ピーターの向かいに座ってジュースを手にしていたのは、腰まである金色の髪をリボンで束ねた14歳くらいの青い瞳の少女だった。
驚いて固まっているマイクにピーターは訊ねた。
「あの、マイクさん、彼女は?」
「ああ、彼女はジェニー・ソレント。光の天使の二つ名を持つPSDのエース候補生だよ」
「えっ! そんな人物がどうしてここに?」
「そうだぞ。どうして君がここにいるんだ、ジェニー?」
ジェニーは我関せずといった感じで、ジュースに口をつけた。
「えっと…。なんとなく? ここへ来なくちゃいけない気がしたのよ」
「プレコグかい? それじゃあ仕方ないね」
マイクがあっさり納得したので、ピーターはそれ以上何も言わなかった。
ジェニーはよく笑う明るい少女で、ジュースを飲んだあとは、マイクとととりとめのない世間話をしていた。
* * *
ロスト・タワーの南100キロほどいったところに地下コミュニティがあった。
少ない資源をやりくりし、なんとか生き延びた人々の集合体だ。
しかし、環境は日々悪化するばかり。毎日死人が出すぎて、埋葬さえ放棄してしまった。
そんな中で生きていくことは至難の業で、夢野と世良は出産で命を落とした。赤ん坊も産声を上げることは無かった。
一人残された
うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
ふいに身も心も軽くなった。
闇が晴れ、視界が明瞭になった。
力が湧いてくる。無限に湧いてくる。
今ならなんでも出来そうな気がした。
ああ、そうか。
響はすぐに理解した。
これがヒイラギの言っていた、『新たなる力』なのだと。
神はまだ俺を見捨てちゃいなかった。更なる力を与えて、思う存分振るえと言っているのだ。
いいぜ。やってやる。塔の連中の驚く顔が目に浮かぶようだ。
さあ、復讐の時間だ! 待ってろよゴミども。地獄の底から蘇った勇者が今からそこへ行くからな!
地下コミュニティを破壊して、外へ出た。
心は凪いでいた。痛みも喜びも何も感じなかった。
目指すはロスト・タワー。ヒイラギたちがいる塔だ。
ゴオオオオオ!
魔法と超能力を兼ね備えたハイブリッド勇者の力の前に、ロスト・タワーはなす術もなかった。
堅牢を誇る象牙色の塔は真っ二つに折れて、轟音とともに倒壊した。
塔の住人を一人残らず血祭りにあげ、響は瓦礫の中にひとり立っていた。
あっけない幕切れだった。
「どうやら俺は強くなりすぎちまったみてえだな」
「くそっ! もう少し早く力に目覚めてさえいれば」
夢野の姿が目に浮かぶ。
彼女は無条件で響を受け入れてくれた。この先、彼女のような女性は二度と現れないだろうと感じていた。
「今の俺は、日本に帰ることだってできるんだ」
そうつぶやくと、ハイブリッド勇者の力を使って世界の壁を越えた。
目を開けると、見慣れた場所に立っていた。
学校の近くにある公園だ。
「日本だ。俺は帰って来た…」
「夢野、龍、世良、おまえらにももう一度この景色を見せてやりたかった…」
「響!」
自分を呼ぶ声に振り返った。
「
響は自分の見たものが信じられなかった。
声の主は、夢野らみあ。異世界で命を落としたはずの彼女が腕になにかを抱えて走ってきた。
「ゆ、夢野、おまえ、死んだはずじゃ」
「一足先に帰ってきたのよ。向こうの世界で死ぬと、強制的にこっちに戻されるみたいなのよ」
「なんだよ、そうだったのかよ。心配して損しちまったぜ」
「それよりほら、
夢野は腕にかかえたちいさな赤ん坊を見せた。
「ああ、ちっちぇえな。俺パパになっちまったのか、まだ15歳なのに」
「それはあたしだって同じよ!」
そう言って夢野は明るく笑った。
「
「だろうな」
「あっちの世界でもなんとかなったんだし、こっちの世界でもなんとかなるわよ」
「だよな」
今は未来のことだけを考えて歩いていた。
* * *
「ジェニー、どうかしたかい?」
マイクは向かいの席のジェニーに声をかけた。
ジェニーは一瞬ハッとした表情を見せたがすぐにニッコリ笑った。
「なんでもないわ」
「めずらしいね、君がぼんやりするなんて。何かあったのかい?」
「たいしたことじゃないわ。ちょっと夢の中を覗いていただけよ」
「夢の中を?」
「ええ、覚めない夢は現実となんら変わらないって思ったの」
「夢の中にいながら夢だと気づかないわけか。ちょっと恐いな」
「それよりマイクさん、あたしのクラスメートを早く紹介してよ」
「ああいいとも。二人ともなかなかの逸材だと思うよ」
「うわぁ、たのしみ! どんな子たちなんだろう」
ふたりは立ち上がり、応接室から出て行った。
【おわり】
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ここまで読んで下さってありがとうございました。
※勇者は新たなる力に覚醒して復讐に来るだろう。魔法と超能力を兼ね備えたハイブリッド勇者の爆誕です。その力はチェルシーたちをもはるかに凌ぎ、とうてい太刀打ちできるものではりません。勇者に勝る存在が必要だと思い書いたのが、この番外編です。
光の天使はニコニコ笑顔でやってくる残酷な天使でもあります。
※冒頭の引用は読書メモからですが、書籍名が『ジェニー』としか書かれてなくて、最初はポール・ギャリコ著の『ジェニィ』かなと思ったのですが、確証がありませんでした。メモをいくつか見る限り全く別の作品のようでした。
検索して調べた結果『ジェニーのなかの400人』が該当する可能性が高いです。
最後の結婚式~蜜月旅行は異世界で シュンスケ @Simaka-La
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