おかしな人々
坂本 光陽
おかしな人々
世の中には、〈おかしな人〉がいっぱいいる。
十人いれば一人はいるかもしれない。エキセントリックというか、常識やマナーがないというか、とにかく、自分勝手で協調性に欠けているのだ。
厄介なことに、〈おかしな人〉は引き合うらしい。周囲に迷惑をかけている〈おかしな人〉に対して、別の〈おかしな人〉が腹を立てて突っかかる、という具合である。〈おかしな人〉同士の化学反応が起こってしまうのだ。
通勤の満員電車の中では、この手の乗客同士がトラブルを起こす。駅員の方から聞いたことがあるのだが、一両の車両の中には一人か二人、〈おかしな人〉がいるらしい。毎日、通勤電車にゆられている方々は、こうした人にぶつかる確率が多いことだろう。
僕も電車通勤をしていた頃、〈おかしな人〉を何人も見た。定番なのは、大声でスマホを使っていたり大音量で音楽を聴いていたりする人。僕は元々短気なので、トラブルを避けるために、こうした人とは距離をとるようにしている。
誰かの悪口を独り言で喚き散らしたり、昼間から酔っぱらって他の乗客にからんだりする人もいる。僕の体調が万全で、気持ちに余裕があるときはよいのだが、そうではないときには、つい反射的に注意してしまう。
一人で悪口を喚いていた中年女性に、「静かにしてください」と注意をしたら、悪口の矛先がこちらに向いてきた。周囲の乗客の助けを借りて、中年女性には次の駅で一緒に降りてもらい、駅員さんを交えて話し合った。
もちろん、円満解決とはいかない。女性は途中で逃げてしまった。
中年の酔っぱらい男性にからまれた時も、うんざりさせられた。
僕の隣に座って、携帯電話の相手に大声で話していたので、つい注意をしてしまったのだ。電話は切ってくれたものの、若い男に叱られたことに我慢できなかったのだろう。中年男性はあれこれと難癖をつけてきた。
仕方なく、周囲の乗客に助けを求めて、次の駅で一緒に降りてもらい、駅長室で話し合うことにした。僕は冷静沈着だけど、あちらは支離滅裂な酔っぱらい。どちらが正しいのかは一目瞭然だったと思う。
さて、僕はほとんど酒を口にしないのに、酔っぱらいのトラブルに巻き込まれることが少なくない。酔っぱらいがらみで、奇妙な体験をしたことがある。
居酒屋での仕事の打ち上げ中に、いきなり、酔っぱらいから声をかけられたのである。大学生らしい男なのだが、顔に見覚えはなかった。
「あんた、この前、ポスティングをしてたやろ? 不動産チラシを配布しているのを見かけたで」
ポスティングというのは、チラシをマンションや一軒家の郵便受けに配布する仕事のことだが、僕は未経験だし、心当たりもない。
「すいません。人違いじゃないですか?」
「なんでやねん。俺のマンションに来とったやん。チラシをまいとったやん」
執拗にからんでくるので、僕は店員さんを呼んで対応をしてもらった。
しばらくしてから、パチンコ屋の前で、また若い男から声をかけられた。
「あのな、いいかげん会費を払ってくれや。俺が立て替えて、ずっと迷惑しとんねん」
この男も少し酒が入っていて、誰かと僕を間違えているようだった。
「今もってる分だけでも払ってくれんか? なんなら一緒にATMにいくで」
まったく、わけがわからない。僕は走って逃げるしかなかった。
彼らが知っている男は、そんなに僕に似ているのだろうか?
二度あることは三度ある。駅のプラットホームで中年男性から、またもや妙なことを言われたのだ。
「何や、おまえ、日本に帰っとったんか。何で、連絡してくれへんねん。病気の方は、すっかり治ったんか?」
この人も酔っていて、呂律が回っていなかった。
要するに、その僕に似た人は、ポスティングの仕事をしていて、他人に借金をしている。どこか外国に行っていたし、何らかの病気でもあったらしい。あと、酒好きの友人が少なくても3人いる。
いや、彼らが脳裏に思い描いているのが一人の人間だとは限らない。それぞれが別々の人間を指していることも、充分に考えられる。
世間には自分に似た人間が3人いるというが、僕の場合はそれが30人か、300人なのかもしれない。もっとも、僕自身は自分そっくりの人に会ったことはないし、それほど、ありふれた顔だとは思わないのだが。
もしかしたら、ドッペルゲンガーというやつなのだろうか?
ドッペルゲンガーとは、ドイツ語で「二重に出歩くもの」という意味である。自分とそっくりの人間を見てしまう不思議な現象を指し、芥川龍之介やリンカーンが体験したという記録が残っている。
ドッペルゲンガーを見てしまった者は命を落としてしまうというのも、よく知られた話だ。
つまり、普通の人の十倍か百倍かわからないが、自分にそっくりの人間が多い僕は、他人よりも十倍か百倍、ドッペルゲンガーに出会う確率が高いことになる。
(蛇足になるが、同時に複数の場所で目撃されるのなら、バイロケーションという現象の方が近いのかもしれない)
ふと、思い出したことがある。中学生の時だが、他のクラスに僕そっくりの男がいたのである。僕自身は少しも似ているとは思わないが、クラスメイトは皆そっくりだと口を揃えていた。
幸い、それによって命を落とすことはなかったが、これから先のことはわからない。明日、どこかでばったり、ドッペルゲンガーに出くわすかもしれないのだ。
ここまで書いてきて、思わず笑ってしまった。こんなことを真面目に考えている僕も、端から見れば〈おかしな人〉にちがいない。
了
おかしな人々 坂本 光陽 @GLSFLS23
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