気になる物音
若奈ちさ
気になる物音
静かであればあるほど物音が気になっちゃう時ってあるじゃないですか。
張り詰めた会議室に響く空調の作動音とか、寝ようとしているときに聞こえてくる時計の秒針とか。
そんな話を友人としていたら、もっと気にかかる音があるっていうんですよね。
彼は今年のお盆に父方の実家に帰ったらしいんです。
周りを田んぼに囲まれた、田園風景そのものってかんじの田舎で。
都会の喧噪から離れて、時間をかけてやってきた甲斐があったと、ある意味非日常的な空間を久しぶりに味わったようです。
家の中まで自然を感じる。
和風造りの広い平屋で、部屋を仕切っているふすまをすべて開ければ風通しも良く、冷房も必要ないくらいだったと。
そんな居心地のいいお宅だけども、住んでみれば買い物も大変だし、最近では野生動物に畑は荒らされるし、大変だよっておばあさんは愚痴っていたそうです。
それは夜、寝ているときに実感したといいます。
彼に用意された部屋は家の奥の方で、掃き出し窓から出たすぐそこは手入れのされていない山裾だった。
笹が迫ってきていて、そのうち家まで浸食するんじゃないかってくらいの勢いで広がっている。
風に揺れてサラサラと音を立てているけれど、それが雨音に似ていてかえって心地よかったといいます。
彼は夜も窓を開けっぱなしで、薄っぺらな布団に転がっていました。
テレビもないし、せっかくだからスマホの電源も落として静けさに身をゆだねた。
ところが、完全に静かというわけではなかった。
都会では人々の生活が隣り合っているが、田舎は田舎でなにかが生息している気配を感じる。
よく聞けば虫の音色も数種類あって、どこかしこで鳴いていた。
ときおり遠くで鳴いてる犬の声や、なんの動物かわからない鳴き声が聞こえてくる。
鳥かな、猿かな。
桃太郎が出会った動物も決して奇抜じゃないなとか、普段は考えないようなことを空想したりして。
田舎も結構騒がしいなと、聞き慣れぬ音を耳にしながらも、ウトウトと眠気が差してきた。
すると、ガサガサッと物音がした。
風で揺れる音よりももっと激しくて、なに者かが強引に笹を揺らしながら通っているような音。
彼は半分身を起こして窓の外を見やりました。
よく目をこらして見たけど、藪の奥の方は暗くて、手前に生えている笹しか見えない。
彼はスマホの明かりを藪に向けました。
もしもそれが人とか泥棒であるなら逃げていくだろうと思ったからです。
左右に明かりを向けてみたが、やはり暗くてなにも見えない。
身じろぎしている様子もない。
どうやら人間ではなさそうだ。
草陰に身を隠せる小動物なのか、それとも光の届かぬもっと奥の方にいるのか。
ともかく、祖母が話していた野生動物がうろついているのだろうと、そのまま眠ることにしました。
それから何度もガサガサ、ガサガサッて音がして。
なんとなく不安で、ずっと落ち着かない気分だったといいます。
翌朝、祖母に尋ねました。
「家の近くまでなにかが来ていたよね」
すると、「きのうは静かだった」と言うんです。
まぁ、高齢ですからね。耳が遠いとか、すっかり寝入っていたとか、寝ていた部屋によって聞こえにくいとか。
あるいは、すっかり聞き慣れた音で気にもとめなかったのかもしれないですし。
だから、気にかかるっていうのは、帰ってきてからなんですよね。
自宅に帰ってきてからも聞こえてくるっていうんです。
ガサガサッて。
マンションの八階だというのに。
たしかに、エントランス付近には植え込みはあるけど、猫が通ったとしてもここまで聞こえるはずもないし。
ベランダに出て隣人の観葉植物が揺れてるのかなとか、部屋のあちこちで確認したみたいなんですけど、どこから聞こえてくるのかわからないと。
空耳なのかな。気にしすぎなのかな。
あれからささいな音が耳につくっていうか。
だからね、さっきから気になって仕方ないっていうんですよ。
すぐそこから。
あなたのすぐそこから、ガサガサって。
気になる物音 若奈ちさ @wakana_s
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