百物語のひとつめ

七洸軍

百物語のひとつめ


 へぇ、なかなかいい雰囲気じゃないか。思った程暗くもない。

 ……全部灯したかい? じゃあ、みんな中央に集まってくれ。


 日が沈んで随分になる。早速始めようと思うが、さて、ここにいる人達は百物語というこの形式について、どれほど知っているかな? ……そうだ。今から君たちには、怖い、恐ろしい話を順番に語ってもらう。そして話し終えたら、語り部は周りにある蝋燭の火を一本吹き消すんだ。一本ずつだよ。そうして、全ての蝋燭の火が吹き消されるまで、怪談を続けて貰う。蝋燭百本分で百物語だ。一人に何度か順番が回ってくるから、そのつもりで。


 さて、みんなあまり知らないようだから、まず僕が蝋燭にまつわる話を、ひとつめの話として語ろうじゃないか。

 と言っても、僕もどうして百物語がこんなしきたりなのかは分からないのだけどね、ただ有名な話として、百本目の蝋燭の火を吹き消した時に本物のお化けが現れる、だなんて言うね。

 僕の話はそういうのじゃない。正確には怪談ですらないと思うのけども、百物語のひとつめの話には丁度良いと思う。

 みんなは蝋燭と言って何を思い浮かべる? まぁ、今時蝋燭なんてものは停電やらお墓参りくらいにしか使われないな。そういうのじゃない。周りを見てごらん。真っ暗な空間に、無数の蝋燭の火がひしめき合っている。百物語をする以外で、こんな光景を見ることがあるかい? 大きなお寺でなら、こんな光景も見られるかも知れない。だけど、これから話すのはそれとも違う。


 ヒントを上げよう。時間、そして命だ。

 この二つを結びつけるのは、寿命。蝋燭とは、残り時間を想像させるものでもある。

 人の寿命を蝋燭に例えられた話があった。このくらいの太い蝋燭にその人の名前が書いてあり、この世に生まれ落ちたその時から命の火が灯される。火は生きている間じわじわと蝋を溶かし短くなっていく。そして蝋が無くなり火が消えた時、その人の一生は終わるというんだな。人の寿命は生まれ落ちたその時から既に決まっていて、健康で頑丈な体の者は太くて長い。反対にひ弱で病弱な体の者は細く短い。そんな蝋燭が、この世でない何処かに集められていているんだという。何処かの建物や、洞窟のような場所らしい。うっかり誰かがその火を吹き消してしまったら大変だから、死神以外は立ち入ることができない。彼らはそうして人の寿命を知り、命数の尽きた者を迎えに行くんだろうな、きっと。

 勿論全て迷信でフィクションだろうさ。この世の人間全ての寿命をじりじりと溶かす蝋燭が無数にある場所……ちょっと想像もつかないかな?


 みんな、もう一度周りを見渡してごらん。

 勿論あれらは百物語の為に灯した火だ。人の寿命なんてことはあり得ないけども、きっと命の蝋燭の集められたその場所は今僕たちがいるここによく似ているんじゃないかと思うんだ。

 確かめることはできないけどね。誰もその場所に行った人なんか居ない。ただ、その場所に偶然迷い込んでしまった男の物語は、昔からいくつか語られてきたんだ。


 彼がどうやってその場所に行ったのかは分からない。ただ、そこには死神が居てね、男が「この蝋燭は何か」と尋ねれば、死神は答えるんだ。「これは人の寿命の蝋燭でございます」……さっき僕が言った通りだ。長い蝋燭を持つ者はその先も長く生きる。短い蝋燭はその者がもうすぐ死ぬということだ。健康で丈夫な者の蝋燭は太く、火も大きい。反対にひ弱で病などを煩っている者は、蝋燭は細く火もか細い。何かの折りに火が揺れたら、寿命を残して消えてしまうかもしれない。そんな蝋燭が無数に立ち並ぶ場所に、男は迷い込んだ。

 君たちならどうする? 人の命数が無数に並んだその場所で何をする?

 まぁ、大抵何をするかなんて同じだ。まず、自分の蝋燭を探すのさ。そしてそれは程なく見つかる。しかし、何しろこんな場所に迷い込む男の寿命だ。大抵は不自然な程に短かったり、蝋燭は残っていても灯る火は今にも消えてしまいそうな程に小さくなってたりするのさ。死にかけってことだな。まず男はそれに愕然とする。だがそれも人の運命。仕方がないものだ。

 その後は……まぁいろいろだ。ただ、知り合いやら血縁やら、縁のある者は結構近くに纏まって並んでいるらしくてね。自分のか細い火の隣で、よく知る嫌いな男の火がぶっとい蝋燭の上で威勢良く燃えているのを見て、もう一度愕然となったり、あるいは自分の大切な人……例えば妻や子の蝋燭なんかが長く、しっかりと燃えているのを見つけてほっとしたり、逆に母親の蝋燭がもうほとんど残っていないのを見つけて悲しんだり……

 勿論、こんな場所に迷い込んだんだ。ただそのままにして帰るなんてことはないさ。もっとも、死神からは決して触れてはいけないとしっかり釘を刺されるのだけどね。

 そうだな……大抵は、自分の大切な人の蝋燭に、自分の蝋燭を分けてやることが多いのかな。思わずくしゃみして自分の蝋燭の火を吹き消してしまううっかり者もいたな。しかし、嫌いな奴の蝋燭を吹き消すって話だけは無いんだ。まぁ、なんとなく分かるだろう。そんな話だけはあっちゃいけない。


 あと変わったところだと、……おろおろする内に、とんでもなく太くて長い蝋燭を見つけるんだな。そんな蝋燭だからとんでもなく目立つ。「あれは誰のだ?」と男が聞けば、「それは自分の蝋燭にございます」と死神は答える。……死神にも寿命はあるんだな。ただ、その仕事の関係上、寿命はとんでもなく長く、どうやったって消えそうにないようになってるんだな。その後は……死神と寿命の奪い合いだ。「こんなに長いんだから少しくらいいいだろ!」ってね。勿論、物語上男は死神に勝って、死神の寿命をほんの少し分けて貰う。少しと言っても元々の寿命が人ではあり得ない程長い死神の“少し”だ。その後自分の家に戻ってから男は、他の誰よりも長生きしました、って話になるんだ。

 ただ、繰り返すけど誰かのを吹き消すのだけは無しだ。こういう冥い話っていうのは、みんなが幸せにならなきゃいけないよ。死神は寿命の取られ損だけど、それでも命の火を奪うようなことだけはあってはいけない。



(男はそこまで言うと席を立ち、背後の蝋燭の一本を手に取る)



 ……さて、僕の話はこれで終わり。ひとつめがこんな話になっちゃったけど、みんなはきっと幽霊や化物の話をするんだろうね。幽霊って言うことは、つまり命の灯が消えてしまった者のこと。とはいえ、死神にも寿命があるくらいだから、ひょっとしたら、死にきれずこの世で彷徨う幽霊にも火があるのかもしれない。

 あるいは、自分の火が消えてあの場所に迷い込んだ筈の亡者が、諦めきれずに自分の蠟燭の火をくすぶらせたまま現世に留まったのかもしれない。

 不意に誰かに火を吹き消された者が、残された蝋燭にどうにか火を灯して、この世に留まっているのかもしれない。

 吞み込めない理不尽を受け、恨みを抱えて化け物に変じた者の話もあるだろう。彼らは果たして恨みを晴らしたのか、はたまた未だ果たせず多くの道連れを探して彷徨い続けているのか。

 これから怪談を語り終え、蝋燭を吹き消す時には、どうかその幽霊や化物のことを思い浮かべるといい。命数尽きても死にきれずに、この世を彷徨っている可哀相な幽霊達の灯を、怪談話の終わりに吹き消してあげるんだ。ちゃんと成仏できるようにね。こうして語って聞かせ、畏れたり同情してやることもまた一つの供養の形になるんじゃないかなと、僕は思うよ。



 ああ、でも僕の話にはそんな幽霊達なんか出てこないな。……それじゃあ、

 そうだな……そういう場所に迷い込み、誰かの火を吹き消そうとする愚かな……語られることもない愚かな男の蝋燭を―――――



(男はそう言って、蝋燭を吹き消した。ほんの僅かに、辺りは暗くなる。

 残り九十九本の火が、身じろぐように小さく揺れた)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

百物語のひとつめ 七洸軍 @natsuki00fic

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ