第18話 恋文

 けれど、現実は残酷で、主人の居ないがらんとした部屋の中、ディアーナは立ち尽くしていた。


「うそよ……」


 文机の上に開かれた本の中に、白い手紙があった。

 それは栞というより、大切な宝物を隠しているというような入れ方だった。

 簡素な白い封筒には、〈愛するユーリへ〉と書かれている。周りに装飾するような小さな花が描かれているのが可愛らしい。明らかに女の子からのものだ。


恋文ラブレター……」


 おそらくそうなのだろう。

 ユーリに宛てた恋文なのだ。それが、ユーリの宝物で、その宝物は、ルカへと栞代わりに貸すような代物ではない。最初から、この本の中にあったのだ。


「馬鹿みたい……」


 涙が目の縁にせりあがり、ボロボロと零れた。心の中が荒れ狂い、自分でも抑えようのない気持ちが溢れ出てしまう。

 手紙を濡らさないように、さっと本の間に挟み、ばたんと閉じる。これ以上、手紙を見ているのもつらかった。


「馬鹿だ、私」


 嗚咽が漏れた。

 とてもではないが立っていられず、文机に仕舞われた椅子の背凭れに手を置いて、へたりとしゃがみ込む。


 なぜ、泣いているのだろう。

 騙されていたことが悲しい?

 それは当然だ。

 騙された上、無駄な雑務を押し付けられ、その上軟禁されていた。

 悔しいし、馬鹿にしないでと叫びたい。

 けれど、別の感情がある。

 胸の奥がひどく疼く。

 ユーリの手の温もりが、ユーリの微笑みが、自分だけにかけられる優しい言葉が、全て偽りのような気がしてしまったから。

 何もかも嘘だったと知ってしまったから。


 ディアーナは胸の上の衣服をぐしゃりと掴んだ。


「私……ユーリのこと……」


 ああ、そうか。

 いつの間にか、ユーリのことを好ましく思っていたのだ。

 そう、好ましく——


「ここにはいられない……もう、いられない」


 ディアーナはよろよろと立ち上がった。

 そして、ふらつく足で歩き出す。感情が入り乱れて、歩くことも儘ならない。

 この屋敷は空っぽだ。大きな声で泣いても誰も来はしない。思い切り泣いても、誰にも見咎められない。

 だから、泣いていい。今は泣いていい。誰に憚ることもなく。


 その日、ディアーナは黒き森の屋敷を逃げ出した。




◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆

ここまでお読み下さり、ありがとうございます!

こちらは『その溺愛、過剰です!?』コンテストの参加作品になります。

そのため、第1章で区切らせていただきました。

ただ、ハッピーエンドというより、バッドエンド的なところで終わっているので、後味が悪いかと……コンテストが終わり次第、まったり続きを書いてみようと思っております。

お付き合い下されば幸いです!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宵闇の魔術師と囚われの乙女 雨宮こるり @maicodori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画