第17話 手紙の在処

 翌朝は大変だった。

 使用人の皆無となった屋敷に、動ける人間は三人だけ。

 しかもそのうちの二人は家事がまるきりできないときている。

 だから、ディアーナひとりが一手に食事作りを引き受けねばならなかった。

 だが、そのおかげで、頭を悩ませる諸々のあれこれから目を逸らすことができ、ディアーナとしては有難かった。


「ごめんね~ディア」


「何か手伝うよ、ディア」


 調理場であくせく働くディアーナの後ろでのほほんとお茶を飲むルカと、おろおろとするユーリ。

 ユーリとルカは何事もなかったような顔をしてはいるが、気まずげな空気を隠せていない。けれど、表向きふたりがそういう態度なら、ディアーナだって平然としていないといけない。敢えて何か言おうものなら、自分の首を絞めかねない。

 朝一番にユーリから「ごめん」と謝罪を受けたが、それにすら答えられなかった。


「大丈夫! 簡単なものなら作れるから」


 料理をする上で幸いだったのは、食料貯蔵庫に食材が溢れていたこと。


「ふたりは食堂で待っていてください!」


 男二人を調理場から追い出し、ディアーナは食材と格闘した。

 何とか食事を作り、それをあっという間に平らげてから、今度は後片づけ。

 それから、気になるところの清掃に取りかかり——ようやく一息ついたのは、昼食の支度が間近に迫った頃。

 衣服から埃をはたいて調理場に入ると、ルカが椅子に腰を下ろし、お茶を飲んでいた。


「お疲れ様」


 殊勝な態度のユーリも掃除を手伝っていたというのに、ルカは一切手を出さない。

 まるでユーリへの当てつけのような気がして、ディアーナは何も言えなかった。


「あのね、手紙の在処、目星はついているのだけれど」


 食品貯蔵庫から持ってきた食材を角卓に並べていたところだったので、ルカの言葉にディアーナはピタリと手を止めた。


「え?」


 ルカはカップを角卓に置くと、わずかに首を傾げる。


「おそらく、あの書庫にはないよ」


「え⁉」


 ディアーナが身を乗り出すと、ルカは苦笑いを浮かべた。


「大事な手紙って言ってたんだろう? ユーリが大事な手紙をあんな埃っぽい書庫に置いているとは思えない。おそらくは、ユーリの自室に並んでいる本の中だと思うよ?」


 悠然と述べるルカに、ディアーナは眉を寄せる。


「ま、待ってください! だって、ユーリは——」


 書庫の本の中に栞代わりで挟んであると言っていた。しかも、それはルカがしでかしたことだと。

 疑問符の浮かぶ頭を振って、ディアーナはルカに詰め寄る。


「ルカさんが栞代わりにしたんじゃないんですか⁉」


ディアーナの迫力に、ルカは少々面食らったようだったが、すぐに表情を繕い、微笑んで見せる。


「言ってなかった? 僕がここへ来たのは今回が初めてだよ。書庫に入ったのも、君が懸命に本を捲っていたときが初めてだ」


「う……うそ」


 頭を殴られたような衝撃が襲い、ディアーナはよろめいた。

 支えようと腰を浮かしかけたルカを手で制し、ディアーナは角卓の縁に手をつくと、体勢を立て直す。


(うそだった……?)


 頭がくらっとした。


「あの子がいろいろ計画していることだからと口を出したくはなかった。けれど、これじゃあ、あまりにディア、君が可哀そうだ。僕がユーリを連れ出すから、その間にユーリの部屋を調べてごらん。そうだ、昼ご飯になるものを村で見繕ってくるよ。朝は君に頑張ってもらったからね」


 気遣わしげな視線をディアーナに向けてから、ルカは立ち上がる。

 そして、扉まで行くと、肩越しに振り返った。


「それで、もし手紙を見つけて、ユーリを許せないと思ったら、この屋敷を出るといい。門は出られるようにしておくから」


 そう言い置くと、ルカは衣服の裾を揺らしながら、調理場を後にした。


「うそ……」


 そんなことあるはずがない。ユーリが嘘をつくなんて有り得ない。

 なぜだろう、そう思いたかった。

 ユーリがそんなひどい嘘をついているなんて、信じたくはなかった。

 ディアーナは目の前の色とりどりの食材に目を落とし、それからルカの消えた扉を見やった。

 それから、幽鬼のような足取りで扉を目指した。


 ルカの話が嘘なのだと証明するために。



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