倶会一処

香久山 ゆみ

倶会一処

 今年の盆踊りはめちゃくちゃ本気。

 毎年、自宅裏の公園で町会主催の盆踊り大会が開かれる。窓を閉め切ってても、ドンドンドンと河内音頭が轟いて、テレビの音も聞こえへん。やから、じっさい盆踊りに参加したことはないけど、そのリズムは沁みついてる。

 学校から帰ると部屋に籠もって、動画サイト見ながら夢中で練習した。夏までに、完璧に盆踊りの輪に入れるようにならんとあかん。

 サンスクリット語の「ウランバーナ」が語源の「盂蘭盆会」期間中には、先祖の霊があの世から戻ってくるとされる。盆踊りは、この世に帰ってきた祖霊を歓迎するための儀式だという。ぐるぐる踊る輪の中にいつの間にか亡くなった人が紛れ込んでいるんだと。

 せやから、私は盆踊りの輪から弾き出されるわけにいかん。もういっぺん母に会うまで。

 急死やった。

 その数日前、母とケンカした。理由はめっちゃしょうもない。母が翌日のお弁当用にけていたおかずを私が食べてしまって、それはそれはありえへんくらいの剣幕で怒られて、それで私も「なんやねん。弟かて食べてるのに何も言わんかったやん。私ばっかり。もうええわ!」と逆切れして、数日臍を曲げていた。母が食事の用意をしてくれても無視してハンストしたり、「食べへんの」と言われたら「なんや食べてええのん」としらこく返事してようやくもそもそ食べたり。我ながら嫌な奴。

 それでも家族やからゆっくり雪解けして、せや来週母の日やし、サプライズでプレゼントしてそれで仲直りしよ。そう思ってたのに。

 日曜の朝、のそのそ起き出したら、母はソファでいつもちょっと休憩する時みたいに横になっててそのまま二度と起きてけえへんかった。テーブルには昼食用のパンと、そのレシートが置いてあって、レシートに印刷された時間はほんの四十分前やった。朝練で早朝に出掛けた弟は、いつも通り母に起こされて朝ごはん食べて弁当受け取ったのにと言うた。

 あまりに突然のことで、妙にハイテンションで通夜葬式を終え、遺品の整理なんかして。一週間程でようやくアドレナリン放出も終わり落ち着いたものの、改めて意味が分かれへん。もう母がいないのだということを脳も心も理解できんくて、呆然と抜け殻みたいになってもうて。母にやってもらったことと、私がやってあげられへんかったことばかりが頭に浮かんで。もう「ごめん」も「ありがとう」も「大好き」も伝えられへんねや。

 けど、いつまでもめそめそしてるわけにもいかん。お姉ちゃんやから。それで、盆踊りに賭けることにした。

 なのに、会われへんのやと言う。

 浄土真宗では「往生即成仏」で、御本尊の力により亡くなったらすぐ極楽浄土へ行きはるらしい。だから、四十九日にも初盆にもそこに故人はおらんのやて。えー、胡瓜の馬乗ってきて、茄子の牛で帰らはるんちゃうの。

 はなはだショックを受けたものの、思い直す。いや、一応うちは葬式は浄土真宗でやるものの、正月は神社行くしクリスマスケーキ食べるし、まあ無宗教みたいなもんや。イベント好きな母やったし、帰ってくるやろ。そう信じて、稽古に励んだ。

 盆踊りの日、浴衣で裏の公園に行く。

 日も暮れて薄闇の中、提灯が灯る。ドンドンドン。櫓の上から太鼓と河内音頭が響く。

 ヨーホホイホイ

 ア、エンヤコラセードッコイセ

 櫓を囲んで三重の踊りの輪ができている。一番内側は跳ねるように猛スピードで進む。真ん中の輪はゆっくり。一番外側の輪が、動画と同じノーマルタイプで、最も人が多い。ドキドキと輪に加わるタイミングを見計らう。年配の人から、お母さんに手を引かれた子どもまで、老若男女が踊る。くるくる。上手な人もいれば、ぎこちない人もいる。――あ。

 思わず二度見した。そのために来たはずやのに。他人の空似やと思った。けど。違う。母や。見慣れた服を着た母が踊っている。真面目な顔してくるくると。

 母を追いかけるようにして、輪に加わった。母の、

 じっと母の姿を見ていたいと思ったけど、この賑わいやと後ろから声掛けてもきっと聞こえへん。やから、母の前に入った。最初はおたおたしたものの、輪のスピードに慣れると真剣に手足を動かす。盆踊りなんて、幼稚園でアラレちゃん音頭を踊って以来や。大きなったなって思ってくれるやろか。私らがずっと子どものままでおれば、母もずっと母のままでいてくれると思っていたのに。盆踊りの輪と同じように、時間はくるくる廻る。なあ、私こんなにしっかり踊れるくらい大きなったで。ぜんぶ母のお陰やで、ありがとう。だから弟のことも家のことも任せといて。

 最後まで夢中で踊り続けて、ぱらぱらと輪が散会する時にはすでに母の姿は見つからなかった。帰宅すると、作り置きしておいた夕飯を部活から帰った弟が食べていて、「母の味に似てる」としんみり笑った。

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