第3話 未婚の教師


「は~い、お前ら~、席付け~」


 俺たちがクラスにつき、しばらくすると、先生が入ってきた。

 若めの女性教諭だ。


「あ、うちらの担任ささっちなん?」


 俺の前に座る女子生徒が入ってきた先生を見ながら楽しそうにしている。

 この子、見た目は清楚な女子なのに、こんなしゃべり方なのか…。う~ん、減点!


「はいそこ、ささっちじゃなくて、佐々木先生な~。2年生になったんだから佐々木先生と呼ぶように」

「は~い!」


 再び、女子生徒は元気に返事をした。よほど、佐々木先生なのが嬉しいのだろうか。俺は去年も担任だったので、あまり感動はない。でも佐々木は生徒からの人気は高いと聞いている。佐々木のくせに。


「う~ん、お」


 佐々木はクラス全体を見渡しながら俺のところで目をとめた。

 

「……」

「おい、なんで目をそらした。春」


 ちっ。見つかってしまった。


「あまりにも美しいので、照れてしまいました」

「…そういうことは真顔で言うことじゃないな。後で職員室だ」

「なんでっ!」


 あまりにも横暴な処置に慌てて立ち上がってしまう。

 佐々木め。相変わらずの暴君だな。このクラスも牛耳るつもりか。

 ぷっつんと来てしまったよ。俺の中の何かが切れてしまったよ。


「座れ」

「いえ! 納得がいきませんね! なぜ職員室に行かなければならないのか!」

「先生をからかったからだ」

「からかってなどいません! 先生は美しいと思います!」

「…いい加減にしろ」

「いえ、本当に美しいですよ!」


 周りのクラスメイトは、何を言ってるんだこいつはという目で見てくる。特にさっきまで嬉しそうにしていた目の前の減点少女は唖然としている。

 でも、職員室には行きたくない。間違いなく、怒られるか、怒られるか、怒られるかだからだ。恐くはない。恐くはないが遠慮したい。


「座れ。春。それ以上言うと、お前の内申点を下げる」

「なっ! 卑怯ですよ! 内申点を盾に生徒を脅すなど! 教師の風上にも置けない!! 未婚のくせに! …あっ」

「よし。相変わらず勢いで喋るなお前は。職員室だ。始業式が終わったら来い」

「…はい」


 …しまった。未婚のくせにとか言っちゃった。

 佐々木はもうすぐ30歳で彼氏もいない。そのことを気にしてるのは知っていた。この手の話をすると、彼女は機嫌が悪くなるのだ。地雷を踏んでしまった。


 本気で怒らせると、泣いちゃうのでここは大人しく座っておく。


「…はい。新学年になったことで、お前達にも後輩ができた。先輩という自覚を持って行動するようにな。…とまあ、らしいことを言ったが、問題を起こさなければ先生はそれでいい」

「……」


 なぜこちらを向いて言うのだろうか。まるで俺が問題児みたいじゃないか。ふざけるなよ佐々木。未婚ってもう一回言っても良いんだぞ!


「クラスも変わって、初めて話す生徒もいるだろう。交流が広がるのはそれなりに得だからな。うまくやるように」


 ふむ。佐々木にしては良いことを言う。


「じゃ、始業式まで自由にしてくれていい。ただし、他のクラスはまだやってるから騒がないようにな」


 佐々木は話すことは終えたのか、壁に立てかけてあるパイプ椅子を取り出し、座って寝始めた。

 こいつは本当に教員という自覚があるのだろうか。去年から思ってはいたが、ないのではないだろうか?


 ……まあ、いい。今は一先ず、しゃべれる人を作ろう。この先1年間、ボッチは嫌だ。体育でペアとか組まされるときに気を遣われて誰かが声をかけてくれるような感じにはなりたくない。小学校の時みたいにはなりたくない…!


 と言うわけで。


「初めまして。春です」


 目の前の減点女子に話しかけてみる。


「…え?」

「え?」


 何か驚かれたが、変なことをしただろうか?

 彼女は驚いた顔をしながらこちらを見ている。もしかして見惚れているのか? 確かに俺の顔は不細工ではないが見惚れるほどでもないだろう。いや、実はイケメンなのか? 


「あの、春です」

「あ、佐藤南です」


 もう一度名乗ると、彼女は合点がいったように自分の名前を言ってくれた。


 …は! 分かったぞ。こいつ今が春だから、俺が急に季節の話をしたと思ったんだ!


「ぷぷぷ~」

「……」

「あっ、失礼しました。これからどうぞよろしくです」

「うち、あんたのこと知ってるよ」

「え?」


 どうやら、俺のことを知ってるみたいだ。

 俺はこの子のことは知らない。どこかで会ったかな…。


「今日、朝」

「あ、小野さんの…」


 どうやら朝のことみたいだ。

 なら、ほとんど知らないじゃないか。まるで前から知ってましたよみたいな感じを出すのはやめて欲しい。ちょっと戸惑ったじゃないか。

 

「そ、一緒に登校したって噂がたってるよ」

「…誇張されてやがる」

「そうなん?」

「うん。俺、下駄箱から教室まで一緒に来ただけだよ」

「あ、そうなん? でもそれだけでもすごいことだね」

「え? なんで」

「うち、去年も小野さんと同じクラスだったんだけど、誰かと一緒に何かしてるところ見たことないもん」


 どうやら、小野さんは基本一人行動らしい。1年間同じクラスだったという減点女子が言うのだから間違いないのだろう。

 と、言うことはだ。大体、今後起きることは想定できる。多分、校舎裏とかに呼び出されて、「お前、○○のくせになに小野さんと~」とか言われるのだ。殴られるかも知れない。…お、恐ろしい…小野効果。


「…何で震えてんの?」


 自分が痛めつけられる所を想像した俺は少し、震えていたらしい。

 いや、彼女の勘違いだろう。例え、彼女の言うように震えていたのだとしてもそれは武者震いというやつだ。良い度胸じゃないか、かかってこいよってな!


「は? 震えてないし、むしろわくわくしてるし?」

「…何の話…?」


 彼女はどうやら、想像力が乏しいらしい。この先の展開を予測できないとは、愚かな。


「…もっと読書とかしような。多分そうすれば身につくはずだから」


 彼女の方に手を置き、意識して優しげな声を出した。

 人の成長は無限大だ。諦めてはいけない。始めようと思った時が成長の初まりなのだ。




 

「……え? 何で哀れまれてんの…?」
















「あ、もうすぐ始業式だ。減点…佐藤さん、そろそろ行こうか」

「減点…?」

「ほらほら、早くしないと遅れる遅れる」



 っぶね! 内心なんて呼んでるのかバレるところだった。

 



 

 


 













 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の友達は少ないけど、姫の友達は0だったみたい @anaguramu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ