第2話 俺はミジンコ


 

「う、嘘だろ…」

 

「ま、まあ、春。昼休みはそっちに行くからさ」

「そ、そうよ。春。そんなに落ち込む必要ないわ」




 3人で通学路を歩き、たどり着いた我らが柚子三原高校。

 各学年の口箱の前に張り出されているクラス表。


 そのクラス表を見て、俺は絶望していた。


「な、なんで…、こんな目に…」

「そんな悲観しなくても、また友達作れば…」

「うるさい! お前には分からないさ! この気持ちはな!」


 誰にも分かるわけがない。この俺の絶望感。この先一年間の学生生活が音を立てて崩れる音。まるでジェンガが崩れるみたいな。……いや、違うか。


「まあ、仕方ないわ。俊也。春はあまり人付き合い得意な方じゃないから…」

「うるさい! 美咲! うるさい!」

「は? 誰に向かって言ってんの?」

「……大変申し訳ありませんでした」


 また睨まれた。


 一応、なんで俺がこんなに絶望しているのかと言うと。

 ”同じクラスに友達が居ない”からである。

 違う。勘違いしないで欲しい。俺に友達が居ないのではない。クラスに居ないのだ。俺は友達は居る。同じバレー部の山田と田中。あと去年同じクラスで仲良くなった、伊藤。全員違うクラスだった。

 つまり、同じクラスにしゃべれる人がいない!


「はあ、いつまでも見てないで、さっさとクラスに行くわよ」


 しびれを切らしたのか、膝をついておいおいと泣く俺を引き上げるようにして美咲は言った。それによって俺は、しっかりと両足で立たされる。

 

 …え? 今こいつ俺のこと持ち上げたよな? どんな力してんだよ…


「何?」

「いえ」


 まるで化け物を見るような目で、美咲を見ていると見下された。身長の低い俺は、美咲よりも目線が下なのだ。だから、いつも見下ろされる。イライラしてきた。


 俺が、美咲をどうやって懲らしめてやるか考えて居ると周囲が突如、騒がしくなる。

 

 

「あ、おはよ! 桜ちゃん!」

「おはよ~桜さん」


 

 学年を問わず、声をかけられる生徒。

 まるで本物の女王の様に皆が道を開けていく。


「おはようございます、みんな」


 彼女がそう言って微笑むと周りの男子達はだらしのない顔をし、女子達はなぜか黄色い悲鳴を上げる。


「来たな…小野桜…」


  小野桜。大きな目に、すらりと通った鼻、綺麗に手入れがされているサラサラ髪。そして芸能人顔負けのスタイルと小顔。出るところは出て、しまるところはしまっていて、美少女。そしてみんなに優しい。誰もが認める学校の姫であり、この学校の生徒の頂点である。

 

「あら、春。面識あるの?」

「もちろん」

「え、意外ね」

「いや、もちろん、ない!」

「……」


 痛い痛い痛い痛い!

 無言で首を掴むな! 力を入れるな! やめてくれ! そんなゴミを見る目で見ないで!

 俊也! 止めて! 彼女を止めて!


「あっはっはっはっはっは!!」


 俊也はこちらを見ながら笑っている。楽しげにケラケラとどこまでも脳天気な奴だ。

 いつかぶっ殺してやる。


「紛らわしい言い方をしないこと。良いわね」

「はい……」


 やっと離してくれた。あのまま全力で捕まれていたら俺の首はもげていた。間違いなくもげていた。この化け物め。


「……何を考えているかくらいは分かるのよ」

「…すみませんでした」


 サイコパスかこいつは。なぜ分かるんだ。なぜ、睨んでくるんだ。あれ、もしかしてこれもバレている?


「あ、そう言えば小野さんは春と同じクラスだっけか」

「ん、その通り。あの美少女は俺と同じクラスだ。それだけがこのクラスの取り柄」

「ひどい言い草だな」

「ふっ、これからは俺は姫と同じクラスだ。さながら騎士だ。騎士と言えば貴族階級だ。愚民、頭を下げろ」

「…お前、立ち直り早くない? さっきあれだけへこんでいたのに」


 うるさい。それはもう良いのだ。よく考えたら田中も山田も伊藤もそんなに仲良くない。そもそも、俺は一人を好んでいる。うん、そう。一人好き。


「おはようございます。春さん。これから同じクラスだそうですね。よろしくお願いしますね?」

「聞いてきいていなかったのか? 頭が高いぞ愚民。俺は騎士だ…ぞ、誰に、向かって…」


 声をかけられたので、すっかりその場のノリで振り返りながら返事をする。

 目の前には小野桜。

 

 周りの生徒は固まっている。俺も固まっている。というか空気が凍っている。

 目だけ動かして俊也の方を見ると、笑いをこらえて震えている。ぶっ飛ばす。

 俊也の隣に居るはずの美咲を見ると、…居ない!? 逃げるのはやっ!?

 


 …終わった。俺の学生生活。さらば、俺の高校生活。これからはミジンコの様に生きていきます。





 


「ふふっ」


 笑った! 姫が笑った! 


「も、もうしわけ」

「謝らないで大丈夫ですよ、面白いですね、春さん。これから楽しくなりそうですっ」


 笑いながら姫が言う。

 …良かった、許されたようだ。命拾いしたぜ。


「では、同じクラスですし、一緒に行きましょうか?」

「……え」


 姫が恐ろしい提案をしてくる。

 

 一緒に? 誰が? 春さん? 春だからって頭がおかしくなったのか? 誰だよ春さん。

 ………俺だよ。俺だよ春さん。


 周りの目がきつい。女子はともかく、男子の目が恐い。とんでもない表情で見てきている。ハンカチを噛んでいる奴もいる。穴空くぞ、やめなさい。



「あ、もしかして、他の方と一緒に…?」


 …そうだ。俺には俊也がいる。誰よりも先に逃げた美咲とは違い、真の友である俊也が!


「しゅ」

「あれ? 美咲? 美咲~」

「……」


 俺と目が合った瞬間、咄嗟に目をそらし、美咲を探し始める俊也。そして逃げるように、校舎の中へと消えていった。


「…あの、大丈夫ですか?」


 伸ばした手を落とし、がっくりとした俺を見て、姫、いや小野さんが優しげに声をかけてくる。

 こうなったらもうやけだ。どうにでもなれ。


「い、いや、大丈夫。えっと一緒にクラスまでだっけ?」

「え、ええ。同じクラスなのでご一緒しようかと…」

「じゃ、行こうか。死地…、いや同じクラスに」

「しち…?」

「いや、気にしないで」


 俺は小野さんを靴箱に促し、校舎の中へと向かった。

 その間、ものすごい視線が突き刺さるが、知らない顔をした。

 ……いや、嘘。少し泣きそうになった。恐い。











「へえ~、春さんはバレー部なんですね」

「中学校からやってて、その流れでって感じでね」

「なら、私の部活は分かりますか?」


 廊下を小野さんと歩く。周囲の目が突き刺さり痛い。男子は露骨に舌打ちをしているし、女子はあり得ない者を見る目で見てくる。なんでこいつが!?みたいな。

 正直、膝がガクガクである。平常を保って会話をしながら歩いているだけでも国民栄誉賞を貰っても良いレベルだ。…国民栄誉賞…ほしいな。


「小野さんの部活か~」

「ええ、私も部活をやっているので!」

「バスケ部でしょ?」

「正解です!」

「そりゃ、たまに一緒に体育館で練習してるしね~」


 そう、小野さんは意外にもバスケ部なのだ。勉学も優秀だが、運動面でも優れているのだ。バスケをしている小野さんの様子を見に、体育館前にやってくる生徒もいるくらいだ。邪魔すぎてわざと扉を閉めたやったこともある。

 

 それよりも、同じ体育館で練習することもあるのに、覚えられていない俺は何なのだろうか。もしかし、既にミジンコなのだろうか。いや、ミジンコはある意味有名な生物だ。と言う事は俺は有名と言う事になる。胸を張っても良いのかも知れない。


「あ、確かにバレー部と一緒にやってるときもありますね。すみません、集中しすぎて他の部活まで見ていないもので…」

「ん、いや、気にしないで。俺も小野さん以外のバスケ部の顔、あんまり把握出来てないし」

「お気遣いありがとうございます」


 ホントに気にしなくて良いのに、小野さんは少し申し訳なさそうだ。この優しすぎるところが人気の理由の一つなのだろう。


「そう言えば、小野さんってよく、残って練習してるよね」

「あ、ええ。バスケは大好きなので」

「いいことだね~。それだけ熱中できるものがあるのって」


 バスケを話している時の小野さんは本当ににこやかだ。

 …いや、いつもか。表情の違いとかあんまりわかんねぇや。


「春さんもバレーは好きなのでは?」

「ん~、好きではあるけど、残って練習するほどじゃないかな~」

「そうなんですね、でも良いと思います! 好きには個人差がありますしね!」

「だね。お、そろそろクラス見えてきたね」


 目の前にクラス名が書かれた札がかけてある。

 

「2-A! 私達のクラスですね!」



 クラスについたので俺たちはクラスに入った。

 その時のクラスメイトの目線は言うまでもない。


 

 




 









 

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