町外れにある墓地

青空野光

第1話

 私の家は人口十数万人の大きな自治体と数万人の小さな自治体の、ちょうど境界ほどに位置している。

 その立地ゆえにどちらの市の中心部からも適度に遠く、お陰で竹林たけばやしいけといったような、現代のおいて急速に失われつつある田舎の景色がかろうじて残っている。


 コロナ禍の二〇二二年四月から運動不足を解消するために始めた散歩はやがて趣味になり、暇を見つけては近所をそぞろ歩くという日々を送っていた。

 散歩コースは幾つかあるが、そのいずれもで必ず通る場所があった。

 そこは三十数基からの墓石が立ち並ぶ小さな墓地で、私の祖父と祖母も一番奥の区画で眠っている。


 その日もいつもと同じように、耳にワイヤレスイヤホンを詰め込むと家を出た。

 人の営みをほとんど予感させない町外れの堤防を歩いていると、やがて先に述べた墓地のある三叉路さんさろに至った。

 時刻は十九時を少し回っていたが、夏も盛りの季節だったこともあり、西の空にはまだあかね色が見て取れた。

 墓参者のために用意された、五台ほどの車が止められる駐車スペースの脇を通り過ぎようとした、その時。

 半分ほどの広さだけを残して夏の草に侵食されつつある一番奥の駐車スペースに、私は妙なものを見つけてしまった。

 それは――入浴剤だった。

 円筒形の容器に、計量カップの役割もあるプラスティック製の蓋がはめられた、大手メーカー製のメジャーなブランドの入浴剤だ。

 ここがスーパーマーケットやドラッグストアであったなら、私であっても一瞥いちべつしただけで通り過ぎたことだろう。

 しかし、ここはスーパーやドラッグストアではなく、町外れの墓地なのであった。


 近づいてよく観てみると、草臥くたびれたふうではないにせよ開封された形跡がある。

 墓参りに入浴剤を持参した変わり者がいたのであれば、それはそれでどういった意図からなのかを問いたい気持ちだったが、残念なことに持ち主と思しき人物をその場に見つけることは出来なかった。

 もの好きの類であると自他ともに認める私をして、薄暗い墓地の駐車スペースに捨て置かれている得体のしれない入浴剤を手にする気持ちは起きず、数秒後にはポケットに忍ばせていたライトに明かりを灯すとその場をあとにした。


 その二日後。

 やはり日暮れのあとに散歩に出掛けた私は、くだんの墓地の前を通り掛ると駐車スペースに目をやった。

 そこには同じ入浴剤がポツネンと置かれていたのだが、ただ一点だけ二日前と異なっていたのは、その存在している座標であった。

 以前は確か駐車スペースの一番手前の、ほとんど道路に近い位置に置かれていたはずなのに、いま目の前にあるそれは五〇センチかそのくらい墓地側に移動していた。

 普通に考えれば誰かが動かしただけなのだろうが。


 そのまた翌日。

 三度みたび目にした入浴剤の容器は、さらに墓地側に五〇センチ動いていた。

 狐につままれたような――とは、まさにこのことであろう。

 私は人気ひとけのない薄暗い墓地の前の道路で一分ほど腕組みをし、そして入浴剤の前まで歩みを進めた。

 前かがみになり右手を伸ばすと、ネコの首根っこを掴むように入浴剤を右手で持ち上げる。

 それはとても重く、蓋のすぐ下にまで内容物が詰まっていることを想像させた。

 私にはこの入浴剤の容器を初めて目にした時に感じていた、一種の予感めいたものがあった。

 この紙製の筒の中に入っているのは黄色や緑色の顆粒かりゅうではなく、本来であればセラミック製の容器に収められて然るべき、白色や灰色の破片なのではないだろうか?

 腰の高さまで持ち上げたそれを手にしたまま、四日前に目にした時に置かれていた場所まで移動させ、その日はそのまま踵を返すと急ぎ家へと戻った。

 その日の夜遅く、私は風呂場で足を滑らせて右手を打撲した。


 それが昨日の土曜日のことである。

 明後日は盆の入りなので墓地に足を運ぶつもりでいるが、果たしてあの入浴剤は大人しく置かれた場所に居てくれているだろうか?

 それとも、また――。

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町外れにある墓地 青空野光 @aozorano

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