夏の空気に乗って
@bajiruyosimura
第1話
君島照は、社畜の如く働くサラリーマンだった。しかし、どんなに過酷な日々を送っても退職届けを出す勇気はなかった。彼が手に入れた僅かな休暇を利用して、生まれ育った故郷へと向かった。
久しぶりに訪れた故郷は、かつての賑わいを失い、今では廃村と言っても差し支えないほどに人々の姿がまばらだった。照が家の扉を開けると、母親がいつもと変わらぬ穏やかな表情で「おかえり」と迎えてくれた。彼女のその笑顔には、照にしか感じ取れない優しいあの頃の雰囲気があった。
照の父親は、愛人を連れて家を出て行ったため、母親は一人で彼を育ててくれた。その強さと優しさが、照の心に深く刻まれている。しかし、照は何故か心にぽっかりと穴が開いたような気持ちを抱えたまま、母親と深く会話を交わす前に家を出て、散歩に出かけた。
真夏の故郷の空気感は、学生時代に過ごしたあの頃と変わらない。照はその暑い空気に溶け込み、消えてしまいたいと思った。その時、真夏の空気の流れに乗って現れた白いワンピースを着た少女の残像を目にした。その美しいシルクのような髪が風に揺れる様子に、心が引かれた。照はその姿を追おうと一歩を踏み出したが、その瞬間、視界が揺らぎ、全てが真っ白に包まれた。
そして、次の瞬間、「君島照」の姿はどこにもなかった。彼は、故郷の夏の空気に溶け込み、消えてしまったのだった。
夏の空気に乗って @bajiruyosimura
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