【実話怪談】友人宅にて

まちかり

・友人宅にて

 まちかりは大学時代、自主映画を作っていました。


 自主映画と云うのは映画にどっぷりつかった学生が、「自分達でもこのぐらいなら造れるんじゃね?」と身の程もわきまえず、8ミリフィルムを回して劇映画を撮ってしまうという、全く以って身の程をわきまえない趣味でした。


 とはいえ、やっている本人たちは真剣そのもので、約1年をかけて1時間ぐらいの映画を1本仕上げておりました。これはその製作過程で起こったお話です。


   ◇


 自主映画で大変なのは音声はすべて後から入れなければいけないことです。これはアフレコ(アフターレコーディング)と言って、セリフから効果音から音楽まで全て後から録音するのです。足音は靴を持ち込んで歩き、衣擦れの音は実際に動いた音を録り、銃声はテレビから録音したものを再録していました。


 ある日、友人宅で音楽を捜していたところ、友人がまちかりに尋ねました。


「俺、これから兄貴を駅まで迎えに行ってくるけど、お前も行く?」


 音の選定が佳境に入っていたまちかりは、


「いや、俺もう少し音、探しているから行って来いよ」


 と断りました。


「わかった、行ってくる」


 と友人は出かけて行きました。友人の部屋は突き当りに窓があり、天気が良く木々の葉が揺れているのが見えます。


『ああ、いい天気だなぁ』


 気を良くしたまちかりの耳に音が聞こえてきました。食器を洗う音です。その日のお昼も、友人宅でお昼を御馳走になりました。音は突き当りの窓の反対側にあるドアの外から聞こえてきます。友人の家は叔母さんが家事を手伝いに来ているのを知っていたので、心の中で『ご苦労様です』と思って作業を続けておりました。茶碗が当たる音、すすぐ音、衣擦れの音……それ等が閉ざされたドアの向こうから聞こえてきます。しかも一向に終わる気配がありません。


 家族が多いことは知っていました。


『それにしても長くないか?』


 まちかりは少し訝しく思ってきました。しかもだんだん音が派手になってきます。まるで〝私はここに居るし、あんたがそこにいるのも知っているんだからね〟と言わんばかりに感じます。


 まちかり、怖くて後ろを向けません。見上げると晴れ渡った空に、青々とした木々……そのアンバランスさがまちかりの気持ちをより不安にさせます。


『早く、早く帰って来てくれえええええ』


 まちかりは必死に、友人の帰りを祈っておりました。いつの間にか音は消え、扉が開く音と共に、友人が帰ってきました。まちかりはビクビクしながら言いました。


「お前のうち、食器多いなぁ! お前が出てから叔母さん、ずーっと食器洗っていたぞ!」

 友人は顔を曇らせて言います。

「なに言ってるんだ? この家にいたのはお前ひとりだったんだぞ?」

 まちかり、呆気にとられます。

「だ、だって、ずっとお勝手から、食器を洗う音が……水の音とか、食器がぶつかる音とか!」

「ちょっと来いよ」

 友人が手招きします。まちかりが黙ってついていくと、そこには水滴ひとつ付いていないキッチンがあったのです……。




                  了

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