第2話 面接と逃亡

 ホストになるために、まずは店選びをする必要があった。本当ならば、声をかけてくれたホストが勤めている店を選ぶのが、筋なのだろう。が、僕は違う店を選んだ。どうにも調べてみたところ、そのお店はかなりの大手だったのだ。当然務めるホストも多かった。そして人数が多ければ用意されている椅子も少なく、チャンスが減ってしまう。それに人数が多いという事は、それだけ人間関係も複雑になるという事。派閥争いになんか巻き込まれることを想像しただけで気が滅入ってしまう。

 

 だから申し訳なくはあったが、人数があまり多くなく、かと言って訪れる客が少なくないお店を選ぶことにしたのだ。

 

 もっともそれだけの条件では絞り込むことはできなかった。僕が思っている以上にホストクラブは多かったのだ。ここ最近のホストブームの影響なのか、百以上のホストクラブが歌〇伎町という、あの狭い空間に跋扈していた。そこから自分にあいそうな場所を探すことは容易ではなかった。ソーシャルメディアを使って調べても、素人の僕からすればどれも同じに見えてしまう。バイトならば、自分のやりたい仕事を決めれば、ある程度絞り込めるのに、ホストクラブはそうもいかない。思わぬ落とし穴だった。

 

 結局、僕が選んだのは、〇袋のお店だった。なぜ〇袋にしたのかと言えば、かつて暮らしていたため土地勘があることもそうだが、〇袋にはホストクラブが少なく、選ぶのも簡単だったとことが大きい。何より歌〇伎町は、どこかガツガツとしている印象があって怖かった。

 

 いざ、応募してみると、話しは拍子抜けするほど簡単に進んでいった。やり取りは、一度の電話だけだった。それだけで面接日時も決まった。履歴書も書く必要がないため、面接というよりも、顔合わせのようだった。

 

 当日になっても緊張感はなかった。面接は二十時からで、それまで近くの漫画喫茶でくつろぐことにした。刻々と時刻が迫ってきても、やはり緊張感は少しもなかった。漫画の内容もしっかりと頭に入っていた。


 三十分前になると、漫画喫茶を出た。既に空は暗く染まっていた。近くの家電量販店のトイレで身だしなみの最終チェックを済ませ、店へ向かった。

 

 店は六階にあった。下から見上げると、怪しいネオンのライトに照らされる看板が目についた。どうやらそのビルには、キャバクラなども入っているようだった。見慣れない光に少しだけ目がちかちかとした。


 エレベーターに乗ろうとすると、エレベーターガールのように待ち受けていた黒服を着たガタイのいい男が話しかけてきた。僕をキャバクラに訪れようとしている客と勘違いしていたようだ。軽く会釈をして事情を話すと、申し訳なさそうに頭をかいていた。一応はホストらしい恰好をしたつもりだったが、無駄だったようだ。どんなに外見を取り繕っても、中身が伴っていないと駄目なのは、どの世界も同じなのだろう。


 エレベーターに乗り込むと、遅れて女性が乗り込んできた。押した階を見るとキャバクラだった。見た目は夜職をしている人間には見えなかったため意外だった。ただ少しだけ強い香水の匂いが、夜の世界を想像させた。それは僕に少しだけの緊張を与えた。

 

 六階につき、エレベーターを降りると、別世界が広がっていた。高級感溢れる真っ黒なタイル張りの壁に、白と紫が入り混じった光。想像していたホストクラブよりも、実物はホストクラブという言葉が相応しいほどの豪華絢爛で、なんだか夜の街をそのまま小さな水槽に閉じ込めたようだった。

 

 心臓が早鐘を鳴らすが、気のせいだと言い聞かせる。何でもないような顔を作り、僕は店内に足を踏み入れた。すぐに受付のような場所があり、三十代後半ほどの目つきの鋭い男が椅子に座っていた。男の視線が僕を捉える。それだけで足がすくんだ。それを誤魔化すように、早口で面接に来た旨を伝える。店内には音楽が鳴っているためか、普段よりも少しだけ大きな声を出す必要があり、裏返りそうになった。男は理解したように頷くと、店内にいた別の男を呼んだ。

 呼ばれた男は、ステレオタイプのホストだった。派手な服に昼職では許されないような長い金色の髪。一目でホストとわかる男だった。さっきの目つきの悪い男とは見た目も雰囲気も全然違った。それもそのはずで、目つきの悪い男は、いわゆる内勤と呼ばれる人間で、ホストではないそうだ。そしてホストの男は、この店の代表だそうだ。

 

 ホストの男に促されるように店内を進んでいく。先ほどは気づかなかったが、店内には十人ほどの人間がいた。その全員が一目でホストだとわかった。べつにここがホストクラブだからというわけではない。街中ですれ違ってもそう思うはずだ。なんというか纏っている雰囲気が独特なのだ。僕が同じ格好をしていても、誰もホストだと思わないだろう。そう考えれば、さっきの黒服の男が、僕をキャバクラの客だと勘違いしたのにも納得がいってしまう。

 

 店内には、客はまだいなかった。時間がまだ早いせいなのだろう。ホスト同士で話しており、テレビで見るような男女が入り混じる怪しげな雰囲気はみじんもない。

 

 案内されたのは、客席だった。黒い革張りの長椅子に、その目の前には黒の大理石の机が置かれている。そのせいか今までの面接のようなお堅い雰囲気はなかった。

 

 椅子に座ると、ホストの男が名刺を差し出してきた。今までの面接とは違う行動に少しだけ呆気に取られてしまう。慌てて受け取り、すぐにカバンにしまいそうになるが、昔テレビで見たマナー講座が頭をよぎった。確か受け取った名刺は、すぐにはしまわず机の角に置くんだったか。曖昧な記憶を頼りに名刺を、机の角に置いた。その際にチラッと名刺に目を通すが、昔に貰った不動産屋の名刺とは違っていた。装飾が派手で、名前がでかでかと記されている。その名前も、本名には思えなかった。源氏名というやつなのだろう。ここがホストクラブなのだと改めて認識させられた。心臓の音がうるさくなる。

 

 このまま面接が始まるかに思えたが、そうはならなかった。男は身分証明書の提示を求めてきた。身分証を差し出すと、交換するように一枚の紙を差し出してきた。そしてそれを記入するように言うと、席を離れた。

 

 紙は履歴書のようなものだった。いや、履歴書そのものだった。今まで何度も書いたからわかってしまう。バイトの履歴書と同じだ。一気に嫌な記憶が蘇った。かぶりを振り、記憶をかき消す。ペンを何度も握り、名前や住所を書いていく。不格好な字が自分の心理状態を表しているようで、見たくなかった。

 

 書き進めていくうちに、見慣れない項目が増えていった。趣味やお酒の強さ。また恋人の有無やコミュニケーション能力を問う質問があった。ホストならではの質問なのだろう。

 

 僕は頭をひねりながら、書き進めようとする。目の端に男を捉える。横目で見ると、ホストだった。だが、どうにも様子がおかしかった。僕と同じように席に案内され、座っていた。耳を傾けると、ホストの面接のようだ。つまり僕と同じ。それなのに僕は強い疎外感を覚えた。さっきまでは、ホストの中に馴染めていなくても仕方がないと思っていた。僕は面接で来ているだけなのだから。でも、僕と同じように面接で来ている人は当たり前のように馴染んでいる。僕という人間が場違いなだけだったことを突きつけられたわけだ。

 

 書き進める手は、勢いを失い神経が通っていないように緩慢な動きをしていた。途中途中で代表の男とは違う、別のホストが挨拶をしてきた。彼らはやっぱり名刺を渡してきた。僕は慣れない手つきで受け取るのに、もう一人の面接できた人は慣れた手つきで受け取っていた。それが一層僕の孤立感を強めていた。

 

 なんとか書き進めていくと、志望動機という項目に辿り着いた。そしてその瞬間、僕は軽いめまいに襲われた。

 

 志望動機。他の面接では何度も書いたはずだった。それなのに何も思い浮かばなかった。なぜ僕がホストになりたいかなど考えたことがなかったのだ。なんとなくで今日もここにいるだけに過ぎない。改めて真剣に考えると、急に現実に引き戻されたようだった。自問自答を繰り返すうちに、酔いがさめるような感覚に陥っていた。

 

 思考は正常に戻っているのに、体が強張る。喉が渇く。逃げるように視線を上げると、黒いタイルや光が目に入った。それらから目を逸らしても派手な装飾を施された名刺やその主のホストが目についた。

 

 ここがホストクラブだと否が応でも認めさせられてしまう。そしてそんな場所にいる自分が気持ち悪くて仕方がなかった。突然異世界に迷い込んだような気分だった。

 

 自分が何をしているのかわからなくなった。正常に戻った思考が、ここにいることを拒んでいるのだ。学生時代に部活動をサボったことを思い出していた。

 

 気づけば、僕は立ち上がっていた。ふわふわとした気持ちが消え、自分の体が思い通りに動いた。そのはずなのに、表情はこわばっているのが見なくても分かった。心臓の鼓動も早くなっている。

 

 はっきりとした口調で、目つきの悪い男と話した。でも、内容は覚えていなかった。何を言ったかも、わからない。

 

 ただ一つだけはっきりと覚えているのは。

 僕が逃げ出したという事だ。

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ヒキニート、ホストになる 三秋ルカ @Ky1031

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