ヒキニート、ホストになる

三秋ルカ

第1話プロローグ

 大学を初日で中退して、二十五歳まで引きこもった。


 僕の成人後の人生は、この一文で説明が出来てしまう。異性との交際もなければ、働いたこともない。あるのは、鬱に苛まれる夜と、自分はきっと凄いことを成し遂げるという具体性のない自信に夢想をして一時の安心を得る日々だけだった。

 

 そのことに対して卑屈になることはあったが、現状を変化させようとは考えなかった。働かなくても生きていけるなら、それで良いと思っていたのだ。


 そんな僕の人生に転機が訪れたのは、ある一本の電話だった。

 生きるにはお金が必要で、お金を稼ぐには働く必要がある。だから働かなくても生きていける人間というのは、その働かない分を別の誰かに肩代わりしてもらって生かされているにすぎない。僕の場合は、父親によって生かしてもらえていた。中学時代に両親が離婚をし、以降養育費が毎月払われ、それは僕が二十五歳になるまでも続いた。成人してからの養育費って何だと思うが、僕はそれを当たり前のように享受して、快適な引きこもり生活を続けていたのだ。

 

 ただある日、それは終わりを告げた。今でも覚えているが、昼間にかかってきた電話だった。天気は曇りで、蒸し暑かった。電話の内容は父が警察に捕まったというものだった。罪状は詐欺罪。どうやら父はお金に困窮していたようだ。間接的に僕は、父が罪を犯す遠因になっていたわけだが、罪悪感はなかった。

 それは父が詐欺を働いた相手が銀行で、明確な被害者がいなかったり、僕自身が父に対して家族愛というものを持っていなかったこともあるが、一番はそれ以上にショックな出来事が直後に起きたからだった。


「働きなさい」

 

 母の言葉だった。今までも言われたことはあった。でも、その日は違った。有無を許さない口調だった。

 

 当然無視することも出来ずに、僕は頷くしかできなかった。だけど、心の中では全然納得してなかった。

 自室に戻ると、ネットで『働く』と検索をした。すると一番上には転職サイトが出てきた。画像検索に切り替えると、人が働いている写真が多数出てきた。それを見ているだけで、吐き気を覚えた。毎朝目覚まし時計に起こされ、満員電車に揺られ、職場の人間と挨拶を交わし、仕事を行い、帰宅をする。今までの怠惰な生活とは正反対だ。想像もしたくなかった。このままニートを続けたいと何度も願った。

 だけど、僕が望まなくても明日は来てしまう。気づけば、働かなければいけないギリギリまで来ていた。


 だから仕方なしにバイトをしようと考えた。バイトなら出来ると思ったのだ。

 今の時代、ネットで調べればいくらでも求人が出ていた。より良い条件を見つけようと、たくさん調べた。眠る前に調べて、仕事をした気になるのが日課になっていた。そうしているうちに僕は、選ばれる立場ではなく、自分が選ぶべき立場にあると勘違いするようになっていた。


 結果は不合格だった。初めはまあ落ちても次がある、ここには採用されなくてべつに良かったと思っていた。でも、五回目辺りから面接の準備をすることすら億劫になっており、十回目になると履歴書の使い回しで挑むようになっていた。そんないい加減な態度や、たかがバイト程度、誰でもできるだろという舐めた性根が面接官にはバレていたに違いない。

 

 気づけば、僕は面接を受けることを辞めていた。面接で不合格を突きつけられるたびに、自分自身を否定されていると感じるようになっていた。眠る前に見ていた求人サイトも、楽に死ねる方法などの希死念慮を想起させる検索ワードに変わっていた。

 

 いっそこのまま消えてしまおうと思い、いつものように自殺方法を調べている時だった。

『ホスト』ここ数日は自殺関連の検索しかしていなかったためか、検索履歴に残っていたその三文字は異質で自然と目についた。

 

 自分自身とは縁遠い単語だったが、すぐに心当たりはついた。七回目の面接帰りに、街中で声をかけてきた人が『ホスト』だったのだ。そしてそんな彼曰く、僕は『ホスト』に向いているそうだ。

 

 確かに昔から、容姿を褒められることはあった。でもここ数年それによって得をしたことはなかった。むしろ僕は他の引きこもりとは違う、恋人がいないのは興味がないだけだと己惚れる要因の一つになっていた。それに学生時代は喋らなくても教室では上手くやれていたため、コミュニケーション能力の低さの原因にもなっていた。

 

 だからその時は、興味がわかなかった。『ホスト』は、人と話すことが仕事と言ってもいい職業だ。つまり僕のような人と話すことが苦手な人種からすれば最も忌避すべき職業ということになる。なにより、異性に媚びを売ってお金を稼ぐという構造が気持ち悪くて仕方がなく、僕の無駄兄高いプライドがそれを許せなかったのだ。

 

 でも、何度も面接に落ちたことで、僕の無駄に高いプライドは粉々にへし折られており、声をかけられた時ほどの忌避感はなくなっていた。加えて自分を必要としてくれているという事実が、一時の安心を与えてくれていた。

 

 どうせ死ぬなら、その前に挑戦だけはしてみよう。そんな厭世的な前向き思考が、深夜のテンションに拍車をかけて、僕の中には生まれていた。


 なにはともあれ、僕はホストになってみようと思ったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る