最終話 ハイエナ村と花畑
歩き続けて、どれだけ経っただろうか。
ようやく『死の砂漠』を抜けた。
ゴールにたどり着いた。
だけど、ここで終わりじゃない。街まで行って、食料などを手に入れないといけない。
それなのに、体が動かない。
少し頭を動かすだけで目眩がする。
少しずつ、体が倒れていく。
自分の意思では止めることが出来ない。
脳内では『死ぬぞ!』と警告音が鳴り響いているけど、どうしようもない。
「え、余所者!? って、ハイエナ獣人!? どういうこと!?!?」
若い女性の声。
一体どういう状況だろうか。
気になるけど、俺の意識は勝手に落ちていった。
「ど、どうしよう!? お父さ――――ん」
◇◆◇◆
目を覚ますと、ベッドの上にいた。
知らない天井。
知らない家。
それに、知らないハイエナ獣人の少女。
ハイエナ獣人……?
「あ、起きた!?」
少女は満面の笑みで笑ったけど、俺の頭の中はハテナマークでいっぱいだ。
「少し待ってて。お父さんを呼んでくるから」
彼女が部屋から出ていったと思ったら、大人のハイエナ獣人を連れてきた。
かなり神経質そうな人だけど、彼女の父親だろうか。
「ふん。起きたか」
「えっと……助けて頂き、ありがとうございます」
「礼は娘に言ってくれ」
少女に向けて頭を下げると、彼女は顔を赤くして手をぶんぶんと振った。
「あの、ここはどこなんですか?」
俺は困惑しながらも
「何も知らずに来たのか? 土の国から逃げてきたわけではなく」
「土の国から逃げてきたのはそうですけど、この村のことは知りませんでした」
「逃げてきた……か。まあ、ハイエナ獣人なら当然だろうな。あそこは俺達にとっては地獄そのものだ」
何も言い返せなかった。
地獄の側面も、天国の側面も知っているから。
「ここはハイエナ獣人の村だ」
「ハイエナ獣人の……村?」
想像したことも無かった。
「土の国で迫害されてきた者達が『死の砂漠』を越えて、自然と集まって出来た村だ」
「そう……なん、ですか」
それ以上何も言えずにいると、少女の父親は「はあ」とため息をついた。
「まあいい。娘の頼みだから、回復するまで面倒は見てやる。その代わり、動けるようになったら働いてもらうからな」
「承知しました」
それから、少女は毎日ご飯を持ってきてくれた。
いつも彼女は顔がほんのり赤かったのは不思議だったけど。
彼女のおかげで体力はみるみると回復していき、2日後には歩けるようになった。
そして初めて村に出て、衝撃を受けた。
ハイエナ獣人の子供がたくさんいて、のびのびと遊んでいた。
(まるで、昔の俺の家族みたいだ……)
花畑を出す俺を、周囲は気味悪がっていた。
でも仕事を手伝っていくうちに打ち解けいって、俺は受け入れられていった。
子供たちに遊んでとせがまれて、近所の人に声を掛けられて、執事スキルを活かして褒めてもらえる。
そんな毎日。
だけど、同時に焦りを感じていた。
俺はここにいていいのだろうか。
ここの人達は不幸にならないだろうか。
だって、俺はロコスに嫌われないために父親を殺すようなやつだ。
3日3晩、考え続けて――
そして、決断した。
「すみません。明朝、この村を出ようと思うんです」
「そうか。娘にはもう言ったのか?」
「いえ、何も言わない方がいいと思いまして」
「そうだな。その方がいい」
そして次の日、日が昇る前に準備を整えて旅立とうとした。
だけど――
村の出口には、ハイエナ獣人の少女が立っていた。
「なんでですか?」
「ごめんなさい。盗み聞きしちゃいました」
少女は悪戯っぽく舌を出した後、真剣な表情になった。
「私、あなたのことが好きです。ずっと一緒にいたいです」
なんとなく察していたから、驚きはなかった。
「すみません。俺には心に決めた相手がいるんです」
「その方は、今どこに?」
「すごく遠い場所です。お星様よりも遠い場所」
「……そう、ですか」
少女は少し
「私では、代わりになりませんか?」
「それは……」
彼女にとって、あまりに残酷なことだ。
「その人のこと、いっぱい教えて。私、頑張ってその人を演じるから。そうすれば、あなたの心の穴をほんのちょっとだけ埋められるかもしれない」
「…………」
彼女の瞳は、全く曇っていなかった。
本気でバカげたことを言っている。
「すみません、代わりではダメなんです。俺が好きなのは、彼女そのものなんです」
「……そう、ですか」
しばらく、無言の時間が続いた。
こういう時どうしたらいいのか、全くわからない。
「あの、知ってる? 聖女様が蘇ったという伝説」
「蘇った……?」
俺は自分の耳を疑った。
「うん。火の聖女様の伝説の一つなんだけど、火の中から蘇ったという伝説があって」
「聖女……蘇り……」
「すみせん、これ以上は詳しくて知らなくて……」
「いや、すごい情報です!」
俺の花畑を出す力を『土の大精霊』の力と知っていた?
いや、そんな疑問はどうでもいい。
とんでもない情報だ。
心臓が高鳴って、血液が躍るように流れていくのを感じた。
勢いのままに手を握りしめると、彼女は顔を真っ赤にして退いた。
かわいらしい反応だけど、ロコスの方が可愛かった。
「えっと、最後に近くの花畑に寄ってみてください。私のお気に入りの場所なんです」
「ありがとうございます」
深々とお辞儀をすると、少女は切なげに手を振って見送ってくれる。
「さようなら」
「お世話になりました」
早速、少女が言っていた花畑に向かった。
村からはそこまで遠くなかった。
一面に咲く青々しい花畑。
たしかにキレイだけど、心は踊らない。
彼女と一緒に見られれば、とっても色鮮やかに見えただろう。
「さて、行くか」
次に行く場所は決まった。
火の国の王都。
そこで『火の聖女の蘇り伝説』を調べる。
もしかしたら、同じ聖女のロコスも蘇るかもしれない。
そうだ。
死んだぐらいで諦めてたまるか。
俺はまだまだ満足していない。
キスをしたい。
火の国に着いたらもっとすごいことをする約束も残っている。
それに。
「責任をもって、子供を10人は産んでもらわないといけないんだから」
「さすがに10人は多いかなー。すごく頑張っても6人かも」
声が聞こえた。
すごく懐かしい声が。
「え?」
横を向くと、いつの間にかロコスの土人形が現れていた。
色がついていて、まるで本物みたいに動いている。
「え?」
土人形は不思議そうに小首を傾げた。
俺、動かしてないんだけど……。
それに、驚き方もまるで本物のロコスで――。
「「え?」」
昇り始めた朝日。
初々しいつぼみを撫でる、柔らかい風。
小鳥が巣から飛び立ち、移ろう雲へと羽ばたいていく。
最高の旅立ち日和。
2人の情けない声が、花畑に
――――――――――――――――――――――――――――――――
最後まで読んで頂き、ありがとうございます
ロコスとペリットの溺愛と苦悩の先にある結末、いかがだったでしょうか
『その溺愛、過剰です!?』コンテストに参加作品ですので
フォロー
レビュー
☆評価
♡応援 を頂けると嬉しいです!
パワー系オタクな悪役令嬢は激重ハイエナ獣人に誘拐されたい ほづみエイサク @urusod
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます