悪魔のささやき

船越麻央

進むべきか退くべきかそれが問題だ

「もう諦めろ。お前には才能がないのだ。フフフ」


 わたしのこころに悪魔がささやく。そんな、あんまりだ。このWeb小説サイトの門をたたいて、間もなく二年になる。それなりに書きたいことを書いてきたつもりだ。


「しょせん、現実逃避しているだけだろ? そろそろ潮時だぞ。悪いことは言わん、他の作家さんと明暗が分かれる前に撤退したらどうだ」


「悪魔め。あんたこそ撤退して」


「フフフ。お前のことを思って言っているのだぞ。よく考えてみろ。いったい誰がお前の駄作の山に興味を持つというのだ。くだらん」


「ぶ、無礼な! 駄作の山ですと⁉」


「愚か者! お前はいったいどちらを向いてモノを書いている? 答えられるか?」


「そ、そんな、決まってるでしょ! 読者の方です!」


「そうかな。自信を持って言えるのかね。お前は独りよがりで独善的だ。読者のことなど1ミリも考えていない」


 わたしは言葉に詰まった。たしかに悪魔の言う通りだ。わたしの書いた文章。小説にしてもエッセイにしても、後で読み返すと赤面することが多い。反省はするのだが次に活かすことができないのだ。いつも同じことの繰り返しである。


「どうだ、撤退する気になったか。さっさとアカウントを消去して退会しろ」


 悪魔は冷たく突き放す。アカウントを消去して退会しろと言うのだ。このWeb小説サイトから消えろと。それはあんまりだ。現実逃避と言われればそうかもしれない。だがわたし自身とWeb小説サイトの作家とは別人格と言えるだろう。その別人格を消せということか。

 サイト内で書きたいことを書き、読みたいものを読む。他の作家さんとの交流を楽しむ。理屈ぬきでこころのオアシスである。


「わからん奴だな。お前には才能がないと言っているだろ。自分勝手に書き散らして読者の時間を奪っているのが分からんのか!」


 悪魔に言われたくない。客観的に見て才能がないのは分かっている。だからといって「消えろ」はないだろう。


「どうやら平行線のようだ。よかろう。もう少し悪あがきしてみることだな。フフフ」


 悪魔は言い放つと悠然と去って行った。


 わたしの脳裏に、『……退会……』の二文字が浮かんだ。イヤだ考えたくない。悪魔のささやきの言いなりになどなるものか。サポーター様やフォロワー様に顔向けできないではないか。

 しかし冷静に考えると、悪魔の言う通りかもしれない。わたしは……わたしはいったい誰のために書いているのか。自分のため? 読者のため? わたしの駄作の山に価値はあるのか? 悪魔のささやきが聞こえる。


 今までサイトの運営からお𠮟りを受けたことはない。だからと言ってこのままアグラをかいていて良いものか。


 進むべきか退くべきかそれが問題だ。ハムレットの心境である。


 了


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