キモい推理

暗闇坂九死郎

第1話

 ――七月某日。


 わたし、頗羅堕はらだソニアは危機に瀕していた。


 体育の授業中、女子更衣室にあったロレックスの腕時計をこっそり盗んだ容疑をかけられているのである。


 折しもその日、わたしは水泳の授業を見学していた。退屈な授業を見ているのに飽き飽きしていたわたしは、こっそりプールを抜け出してスマホで漫画を読んでいた。


 そのこと自体は教師や他の生徒にバレていなかったものの、誰もわたしの行動を知らないということは、わたしにはアリバイがないということになる。


 加えて、親のロレックスを自慢する為に持ってきていた山田やまだ紗耶香さやかによれば、そのことを知るのはウチのクラス、1年3組の生徒だけなのだという。


「……というわけで、犯人は頗羅堕さん、あなたよ」


 山田の友人の栗山くりやま果歩かほが鬼の首を取ったように言う。


「違う、わたしじゃない!!」


「いいえ、あなたはロレックスを盗む為に水泳の授業を休んで更衣室に忍び込んだ」


「違う!!」


「授業を見学していて誰からも見られていなかったのはあなた一人だけ。もはや言い逃れはできないわよ」


「だから違うって言ってるじゃない!!」


「いいよなァ、女子は自由に体育サボれて」


 男子の誰かがそう言う声が聞こえた。わたしは思わず声のした方を睨みつける。


「……うーん、僕にはどうしてもソニアたんが嘘ついてるとは思えませんねェ」


 そこへ突如現れたのは、頭に赤いバンダナを巻いた黒縁眼鏡の男子。


 ――肝川きもかわ拓哉たくやだった。


「ソニアたんの場合、周期は比較的安定しているから女の子の日は昨日か今日あたりでしょうし、水泳の授業をズル休みしたという推理は的外れでしょう。論理的に言って」


「…………!?」


 ――全身に怖気が走った。


 何だコイツ。何でわたしの生理の周期知ってんだ?


「……ズル休みではなかったとしても人間、魔が差すということもあるから」


「それから更衣室への侵入経路はドア上部の通気用窓のようですけど、その幅は僅か80センチ。確かにソニアたんはバスト69のAカップと超ド貧乳ですが、尻と肩幅だけはデカいのでここを通り抜けることは絶対に不可能です」


「おい、さっきから何なんだよテメェは!! 何で私の機密情報トップシークレット知ってんだよ!! キモいキモい、マジ無理なんだけど!!」


 肝川は私のそんな罵倒を聞いても眉一つ動かさない。いや、よく見ると微妙に鼻息が荒くなっている。キモッ!!


「これでソニアたんの無実は証明されましたよね」


 肝川はそう言って満足そうにニチャアっと笑う。


「……だ、だったら誰が犯人なのよ!?」


「ふふん、犯行が可能な人間なら他にも一人いるではありませんか。栗山果歩さん、あなたは授業中一度だけ先生の許可を貰ってトイレに行きましたよね?」


「……なッ!? まさか私が犯人だって言うつもり!?」


「更衣室まで戻って腕時計を自分のプールバックの底に隠すだけなら、五分もあれば実行可能です。それに新体操部のあなたなら、通気用窓の幅を難なく通過できるのでは?」


「……でもそれだと私は濡れた水着のまま通気用窓を通ったことになる。それなのに壁に貼られた掲示物が少しも濡れていないのは変じゃない?」


「そんなことはありません。最近のスク水は競泳用水着と同じく撥水性に優れた素材が使われていますからね。プールに入った後でギュッと搾ったとしても殆ど水は出てきません」


「……キモッ!! 何でいちいち推理がキモいの、お前?」


 わたしは助けて貰った恩も忘れて思わずツッコミを入れる。


「デュフフフ」


「…………」


 石のように固まっている栗山の隣で、山田が鬼の形相をしていた。

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キモい推理 暗闇坂九死郎 @kurayamizaka

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