そういう日だから

かにかま

第1話

急に思い出してしまった。

「上京しようと思ってるんだよね」

もう忘れたはずの君の顔、声、仕草が息を吹き返した。

蜩の産声でかき消してほしかった。

これで終わりかと思うと僕は幽霊にでもなったみたいに声も出せず、ゆらゆらと見えていた手は透けていくだけ。あーあ、さよならだ。


引き止めたかったけど僕1人の言葉じゃ誰も動かすことはできなくて、なおさら君に言うのだから振り向きもしない。

仕方ないことなのが余計嫌になる。

立ち尽くしていた。


19歳の頃の夢。



思い出すつもりなどなかったよ君のことなんて。

どうでもよかったさ。でもこれは嘘。

本当はずっと考えている、多分この先もずっと。

ただ僕は大人になったから、子供の頃の話なんてほんの1部にすぎないと手放そうとしていただけ。


僕もここに来たよ。空は汚いけどなぜか眺めてしまう。夏の暑さはあの場所より涼しいかもしれない。



今日も東京の空は明るすぎて月は一向に顔を出そうとしない。人間はたくさんいるのに、僕は1人だった。辛いのだろうか僕は。ずっと泣きたかったのだろうか。

寂しかったからうっすら残る記憶の中の君に手を振って眠りについた。

そういう日だと思い込んで少しばかり楽になる夜。


8/10


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