今さら離してなんかやらないわよ

「のぞみちゃん、離さないで……わたしのこと、離さないで」


 いつも「ウチ」と称してコッテコテの関西弁で愉快がる調子で喋る小雪の口から「わたし」という一人称と、標準語。

 わたしは思わず立ち止まる。しばらく待っても聴こえてくるのは寝息ばかり。

 いつもの関西弁は演技なのか、今のすがりつくような弱々しい弱音が彼女の本音なのか。それともいつもわたしをからかっている彼女の悪趣味の延長なのか。わたしの反応を見て内心笑ってるのか。

 どちらなのか、わたしにはわからない。

 わからないけど……


「……アンタがわたしを巻き込んだんでしょ」


 春が来ればわたしたちは三回生。そろそろ進路を考えなけれぱならない時期だ。

 けれどこの無軌道でむちゃくちゃで謎ばかりの趣味の悪い女が、リクルートスーツを着て真面目に就職活動をしてまっとうな社会人になるとはとても思えない。各方面の専門家に繋がる謎の人脈といいどこから出てくるのかわからない活動資金といい、卒業したらしれっと「のぞみちゃ~ん、ウチらでベンチャー立ち上げたから一緒にやろ~」などとのたまわってくるほうが説得力がある。それも、わたしには一言も相談なく。

 だけど……悔しいことに、そうなったとしてもわたしは……


「今さら離してなんかやらないわよバカ。

だから……」


 アンタもわたしを離さないで。

 囁き声で呟くと、肩を揺すって小雪の体を担ぎ直して歩き出した。

 首筋に寄せられた唇から幽かな笑みが漏れた気がしたけど、わたしは確かめなかった。




 

 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こゆきとのぞみのお悩み相談室 地崎守 晶  @kararu11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ