離さないで……

 周囲のお客さんの視線も気になってきたので、わたしは放っておくとスカートをずり下げかねない小雪の手を取って彼女の肩を担ぎ上げた。


「お姫様抱っこで連れてって~」

「バカ、さっさと出るわよ!」


 小雪という女はいつもわたしを自分勝手に振り回してくる。思えば入試の時で隣の席になった時からそうだったし、入学式が終わった瞬間人込みの中からわたしの手を取って「のぞみちゃ~ん、ウチとサークル作ろ!」と来たものだ。こっちは講義のシラバスやらバイトやら考えないといけないことが山ほどあるのにグイグイ引っ張られ、気がつけばたった二人のサークルで先輩同期後輩教員果ては大学のご近所様御用達のなんでも屋活動に巻き込まれていた。

 何の経験も資格もない女子大学生二人で何が出来るのかと思いきや、小雪の謎の特技やら謎のコネやらツテやら学生のバイトでは賄えない出所不明の札束やらを使い、大小様々なトラブルを抱えた暗い顔をした依頼人をおおむね笑顔に変えてきた。わたしはと言えば小雪に振り回されるがままにその場その場をなんとか切り抜けてきただけ。けれども依頼人に感謝されるのは悪い気分はしなかった。

 そんなサークル活動を続けて2年経つが、小雪の口から無理とか依頼を投げ出すとか、そういう弱音を聞いたことはなかったし、弱った姿も見たことがない。バカは風邪を引かないということかと勝手に納得していたけれど、とろんとした顔でわたしに身を預けて引きずられる小雪という珍しいものを初めて見て、わたしは少なからず動揺していた。

 街灯が影を映し出す夜中の道を、小雪の部屋まで彼女と寄り添って歩みを続ける。無駄に背が高く胸と腰回りの肉付きが良いせいで一苦労だ。

 頭を肩に預けられているせいで、かぐわしい彼女の熱い吐息と雪のように白い髪の毛が首筋をくすぐって落ち着かない。わざとではないかと睨むと、瞼はぴったり閉じているので本人は半分寝ているようだ。


「全く……世話の焼ける……」


 意識してしかめ面を作っていると、


「のぞみちゃん、離さないで……わたしのこと、離さないで」


 その唇から零れた言葉は、ひどく小さく、そしてすがりつくようで。





 

 

 


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