24 内緒の収穫祭

 王都に二度目の雪が降った日に、地下農場は初の収穫を迎えた。

 働かざる者食うべからずと、先輩たちも動員し、更には、この為の筋肉だろうとロボス導師も混じっている。

 野次馬として、大師匠はもちろん、カバーナ導師や、メイビィ導師も参加。

 珍しい穀物の実りを見に来たついでに、後日の試食も担当するらしい。


「この紐からこちらの種籾は、別扱いしてくださいませね」


 色付きの紐で稲の列を区分しながら、メロディが指示する。

 粒が大きく実っているそうで、次期栽培の種籾候補だそうな。こういう選別も、品種の改良につながるのだと、大師匠が言っていた。


 ブーケットさんの前に、『季節外れ』という言葉はない。

 ニース製の脱穀機や選別機などの置かれた部屋は、環境を調整されて、乾燥室になっている。

 他人の事は言えないけれど、ブーケットさんもかなりの規格外だと思う。

 ここは自然のまま、一週間の乾燥期間をおいた。


「王都の雪は、めったに積もらないから良いわね……」


 しみじみと、メロディが言う。

 クラビオン伯爵領は、冬になると雪に覆われてしまうそうな。

 ニースと雪仕様の車椅子の改造を話していたら、


「ソリにでも、しなさい。でも、冬場は外に出るものじゃないわね」


 と、笑った。

 建物の一階が、すっぽりと雪に沈んでしまうそうな。

 私の車椅子なんて、雪に埋まってしまう……。

 王国の領土とはいえ、いろいろな土地が有る。びっくりだ。

 そういった環境の違いも、作物に影響するのだとか。麦の栽培を諦めるくらいだから、かなり特殊な気候のはずだよ。


「おっ……順調に動いてるっす」


 ニース製作の脱穀の魔道具……だね。魔法は回転させてるだけだから。は、快調に動作して、ガリガリと稲穂を落としてくれている。

 今日食べる分だけ、精米しちゃいます。

 選別機も無事に動いたし、籾摺り、精米は石臼と、杵と臼の手作業だからオーケー。


 あとは調理の邪魔にならないように、試食会場になる教室の丸テーブルに移動する。

 モルディブ教室全員と、大師匠に、カバーナ導師、ロボス導師、メイビィ導師も参加。

 メニューは、ペナン男爵領で提供されたものと同じ。

 木皿に盛られたのは、今回地下農場で栽培されたお米。銀皿に盛られたのが、ペナン男爵領で入手したお米だそうな。比較はバッチリ。

 まだお酒までは作れていないけど、折角の機会だからと、師匠が購入してきたお楽しみの瓶を開けた。


「さて……出来の方を確かめるか」


 何となく、メロディが最初に口をつけるのを、みんなで待ってしまう。

 そのお嬢様は、ひとくち食べて眉を曇らせた。


「……少し水っぽい? 炊く時の水のが違うわけじゃないわよね?」


 私も試してみたけど、粒感が薄いと言うか……少しベチャッとしてる?

 何でだろう?


「クラビオン伯爵領は、ペナン男爵領に比べて、雨や雪が多いせいだと思うわ」


 一匙掬った大師匠が、確かめるように咀嚼する。

 小麦作りを諦めて、稲作に移行しようとしてるのは、それが原因だものね。

 でも、稲でも水分量が多くなるのでは……。


「その辺りが、品種改良の最初の目的ね……」


 おお、メロディが燃えている。

 男性陣は試食と言うより、食事になってますね。

 ラッピングサラダの皮は、少しもっちりした、こっちの方が美味しいかな? 麺は微妙に好みの差かなぁってなる。

 意外にメイビィ導師は辛党なのか、結構な量のタレを付けて食べてる。

 カバーナ導師は私同様に、麺がお好みのようです。

 ロボス導師は、お米が気に入ったみたい。残念ながら、ペナン男爵領産の方だけど。

 今回の出来では、足元にも及んでないから仕方がないか……。

 ところで、品種改良はどんな風にするの?


「水分量の調整? ……粒の大き目の籾を増やす?」

「短米種との配合を、進めてみた方が良さそうね。短米種は水分を多く含むから、配合でバランスの良い所を探しましょう」

「水分量が多くなると、味って変わってきませんか?」

「変わるわね。でも、まずは地域に合った品種を作る方が先。味わいは、そこから整えていきましょう」


 大師匠と、メロディの会話が真剣。

 明日から始める次回の稲作の方針としては、今回得られた大きめの籾を使って、同時に栽培する短米種の花粉を長米種に、長米種の花粉を短米種に受粉させてみるそうな。

 受粉そのものは、メロディが魔法を使う事もあって、確率は高まるはず。

 残り日数を考えると、次か、その次かをクラビオン領に送って、自然の田圃で栽培することになる。……のだから、少し良いものができて欲しい。

 フォルテ君を、がっかりさせたくないものね。


「このフォーっていうのは、結構いける。これから寒くなると、熱いスープが嬉しいかも」

「賄い飯で、これからも出して欲しいよな」


 先輩方は気楽に、美味しいものとして受け入れてくれたのは安堵できる。

 貴族相手となると、そう簡単にはいかないのだろうけど。

 そんな中で、炊いた米を頬張っていたジョルジュが、不思議そうに首を傾げた。


「これって、味付けみたいなことは考えてないの?」

「どういうこと?」

「シンプルに塩コショウと生姜……後は鶏の出汁だと思うんだけど、俺の専門のスパイスで味をつけたりしてみたくなるかな?」


 向こうでの収穫祭では、平民料理ながら、様々な工夫が凝らされていた。

 パン代わりのつもりだから、あまり調理には拘って来なかったけど……それも有り?


「そうですね。ジョルジュの研究の邪魔にならない程度でなら、協力をお願いしたいかしら。いろいろ、可能性は試してみたいわ」

「何だよ、ジョルジュもこっちに就職希望か?」


 メロディの好反応に、すでにこっち側にいる先輩たちが茶々を入れた。

 ジョルジュは悪びれることなく、肩を竦める。


「僕の研究も地味だから。それに、クラビオン伯爵家が本気で流行を狙うなら、そこに一枚噛ませてもらった方が、将来安泰かなと」

「まあ、今更スパイスで既成の料理に絡むよりは、やりやすいか」


 師匠も「しょうがねえな」と顔を顰める。

 私も含めて、モルディブ教室の総掛かりになってきたよ。


「失敗作の米をもらえると、リスたちの餌代が浮くかな?」


 さすがに余ると思うけど、リックとしても助かるみたいね。

 一人蚊帳の外なのは、攻撃魔法の集中を研究しているエンツォだけど……。


「いや、一人くらいは、目眩ましになってくれねえと困るぜ。来年の『星月祭』はエンツォの発表で乗り切らねえと、代わりがいねえ……」


 師匠の懇願に、苦笑して頷いてくれる。

 他はスパイスのジョルジュと、リスの知能向上のリックだものね。

 どちらも決して発表向きとは言えない。


 ……待て。


 再来年は、どうなるんだろう?

 メロディか、私か……。

 稲作については、あまり大々的な発表はできないはず。貴族間の流行を作るために、クラビオン伯爵家がタイミングを見計らうはずだもの。

 となると、私?

 急に焦りだした私を見透かしたように、ブーケットさんが微笑んだ。


「しっかりお勉強して、何か魔導機を製造して発表しましょうね」

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